第3話 ここは異世界
どう見ても猫だ。
黒と金色の尻尾がぱたりと床を叩く。猫に相応しい孤高で高貴な仕草だ。
「我は魔王にゃ」
ほら。聞いたよね?
「魔王にゃ」
ほらほらほら。ほら。
どう思いますか。
目の前の猫が自分は魔王だって名乗ってるんですけど、もう魔王でいいですか? 貴方なら頷きますか?
うん。
猫が魔王。魔王が猫。
中国語だっけか、マオって発音するの。
猫がマオ。
まあ間違ってないんじゃないか。
ぱたり。
俺ははっとして、正面を見上げた。可愛い。
彼――あるいは彼女か? は、このかなり広いホールの、真ん中にある高さ2メートルくらいの柱の、その柱に段違いに三つ四つ張り出した台の一番上に、前脚を揃えて腰を下ろしている。お座りしている。
俺は柱の前に立っているから、ちょうど俺の顔より30センチくらい高い位置に猫がいる形だ。可愛い。
じゃなくて。
ふと気付いたらこの状態だったんだ。
でも俺は、ついさっきまで通りのペットショップで猫を堪能していたはずだった。
JKにキモがられたのは残念ながらはっきり覚えている。
それがいきなりここにいる理由が分からなかった。
何だかこのホール、改めて見回すと、ちょっとしたファンタジーに出てくるお城みたいな場所だ。
でっかいシャンデリアがいくつも天井からぶら下がってて、その上の天井は石造りの見事なアーチ状。
窓も上が半円のいわゆるドーマー窓っていのがある、縦長の立派なものが右側の壁にずらっと並んでいる。
複雑な格子模様で、あの硝子、割ったら弁償幾らくらいになるのかな。
それから、壁紙がすごく立派で。ヨーロッパの城みたいな、ベルベットを張ったみたいな深い赤だ。
この建物の造り自体、城というか、全体が今じゃ費用的に困難な立派な石で建てられているようだ。
でも古い、歴史的建造物ってわけじゃなくて、現役ピカピカ。
うーん。
それで目の前の、何というか美しく可愛い猫が座ってる台――うん、はっきり言おう。
目の前のキャットタワー。
この部屋のテイストと合わせた豪華で、繊細な模様が金細工で描かれている、けど確実にキャットタワー。
それに鎮座している猫。
まっっっっったく、身に覚えが無い。
夢か?
もしかして昨日の酒残ってたのかな。
昨日、家でサッポ◯クラッシック麦芽100%生ビールをかっくらったんだ。
しかもONLY HOKKAIDOのゴールデン◯ムイ缶だ。あっ、アニメ第3期(※初稿当時)おめでとう!
昨年行った北海道旅行のお土産で買ってずっと後生大事に取って置いたものをついに開けたのだ。
何故なら昨日も弊社――親愛なる我がブラック企業ランキングに載るほどでもない泡沫企業にして親愛なる我がブラック企業――重要なので2回言いました――
そのブラックでとてつもなく腹が立つ事があって、夜中の3時に家に帰って来て朝8時に出社しなくちゃいけないっていうのに、どうにも飲まずにいられなかったからだ。
それと言うのもブラック経理が今年度うちの部の予算をガリガリ削りやがって外注業務の人工回らないくらいにしやがった癖に成果だけは求めてきて達成できない理由を出せ予算が削られたは理由にならないとか抜かしやがるからだ。
社の方針にあるから予算くれって言っても社の方針と予算は別だとか言って、そのくせ社の方針を達成できないのは何故か説明しろと詰めてきたからだ。山のような言い訳資料を求められた。
全く予算がないなら仕方ない、そりゃ俺達だって工夫の一つや二つや三つするさ。アイデアで乗り越えようとも思うさ。
けどうちの三代目ブラックぼんぼん社長、俺達を無能呼ばわりしつつ自分だけは給料を増やし続けてほとんど休みばかりで会社に来ず社是は「社員こそ宝」とか掲げながら支所の社員に年一回も顔も見せず経費であちこち行って女にマンション買い与えてんだぜ?
おまけに今度自社ビル買うとか言ってんだまだ早ぇよ。
やってられるかっつーの!
昨年から大事に取っといたゴー◯デンカムイ缶開けちゃったじゃねぇかもう一度北海道行かせてくれ!
うっ、思い出したらまた腹立って来た。
今のは序の口だ、これ以上思い出すと血管切れる。せっかくペットショップで癒されたのに台無しだ。
ペットショップ。
――
――――
あれ?
ペットショップで、俺、上から落ちてきた植木鉢がヘッドショットしなかったか?
ペットショップでヘッドショット。
韻を踏んでなくも無い。
「ひざまずくにゃ」
あ、そうだ、猫の話だった。
この猫、喋るんだよ。
「さっさとひざまずくにゃ」
俺は当然跪いた。抵抗なんてしない。可愛すぎて唯々諾々だ。余りに可愛い。
膝をつくとまた、段の上に座って俺を見下ろす猫の愛らしい威厳が増大するんだよな。可愛い。
さて。
改めて、これは現実じゃ無いと思う。
だって俺、猫アレルギーだし。
昔さ、猫飼いの友人が猫アレルギーに気を使ってくれて、家にお邪魔する前に部屋を徹底的に掃除してくれてもなお、くしゃみと涙目に悩まされるくらいの猫アレルギーなんだよ惜しむらくは。
おかげで猫大好きなのに飼うなんてもってのほか、もう治ってるかもしれないけど試しに飼ってみるなんて、いざ引き取って駄目だった時に無責任なことできないから、生まれてこの方今まで28年間、猫を飼うことはできなかった。
こんな俺にお世話できるかな。にゃ王様。いや、魔王様。
じゃない。
そうじゃない。
俺は気がついたんだ。これはとても重要なことだ。
そう。
俺はさっきも言ったように、かなりな猫アレルギーだ。
なのに今、アレルギー反応が全く出ていない。
くしゃみの気配もないし、目のかゆみも全然ない。
だからこれは現実じゃない。夢だ。
植木鉢がヘッドショットしたから、運ばれた病院辺りで幸せな夢を見ているに違いない。
ひゅいんと尻尾が動いて、反対側の床をぱたりと叩く。ワイパーみたいだな。
「お前は急性アルコール中毒で死んだのにゃ」
ええ……俺余裕こいて猫アレルギーの話ししてたんですけど。
死んだ? マジ?
死因急性アルコール中毒? マジ?
え、あの、昨日のゴールデンカ◯イ缶一本で? ゴールデ◯カムイ缶一本で?
不死身の杉元に全くあやかってなくないか。
「そして今、お前は復活を果たしたのにゃ」
あ、何か不死身っぽいわ。十分あやかってるわ杉元。
「魔王様、恐れながらその死因はその者ではございません。第一の四天王です」
キャットタワーの足元にもう1匹灰色の毛並みの猫がいて、同じく喋った。
この子も可愛い。
ブルーの瞳がジロリと俺に向く。クールだ。
「そうかにゃ」
「その者は頭に植木鉢が落ちてきたことによる死です」
やっぱ植木鉢か。
しかも死んでる。
結局あやかってるとは言い難いな杉元。
けど急性アルコール中毒じゃなくてほっとした。
第一の四天王って奴は、急性アルコール中毒で死んだみたいだけど。
辛いことあったのかな。
俺で良ければ話聞くよ。
まあでも、なんか……死んだのか……俺――
そうか。
何となく俺は遠くを生暖かく見つめる目になった。