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第22話 勇者、登場!~最大奥義、対肉~

 

 『魔王を滅ぼして』


「――え?」


 俺は勇者をガン見した。


 え。

 いやいや。

 今聞き捨てならないことを言った。


 誰を滅ぼすって。

 魔王?

 魔王を滅ぼすって。


 まさかにゃ王様のことか。


 にゃ王様のことかーーーー!!!!


「ふざけんなよ」


 怒りの余り知らない人みたいな声が出た。

 さすがに怒りが伝わったのか、勇者以外が顔を強張らせ一歩、後退る。


 そうだ、退がれ。

 帰れ。


 にゃ王様に何かしようなんて絶対に、何があろうと許せん。

 俺は2階への階段入口を背に立った。

 入口は全部塞げる。グッジョブ俺の体形。


 勇者は逆に、左足を深く前に踏み出した。やや身を屈めた姿勢。


 呼吸が、意識が収斂していく。


 両手剣が身体の前でゆらりと揺れる。


「――鳴天円」


 一回転させた勇者の剣が、煌々と輝いた。

 まるで辺りの光を全て吸い寄せるかのようだ。


 全身にオーラを纏い、後ろに残した右足に力を溜め、更に身体を深く沈める。


「勇者の、最大奥義――」


 女の子達が固唾をのみ、手を握りしめて見つめている。

 なんか凄そうな技。いわゆる必殺技だな。

 ていうか最大奥義って、このままだと俺死んじゃうかも。


 え、いや、えっと。

 対抗技というと。

 考えるまでもなく、俺には技は一つしかない。


 俺は左手を持ち上げた。黒の革手袋と、乱雑に巻いた()の包帯。()がミソだ。

 何度見てもな……

 でも仕方ない。アレ、本当にヤバそうな技だし。


 包帯を解き、左手を翳す。

 左腕に黒々と刻まれた模様。


 刺青かぁ。

 もう温泉入れないな俺。


「気を付けて! 何かする!」

「ずごく、重い、気配」

「勇者」

 

 俺もいきなり刺青見せつけられたら因縁つける気たっぷりだって思うよ。


 大人しく帰ってくれれば俺も無駄な恥かかないのになあ。


「……めっさつ」


 ぐう……恥ずか……いやいやいや!


 いや!

 がんばれ俺の心! 俺の愛!

 にゃ王様を守る為じゃないか!

 にゃ王様と、茶トラっ子と、猫兵士たちを守る為だ!


「そうともこの俺が、にゃ王様たちには、指一本――」


 勇者が叫ぶ。


「八円裂霜ッ!」


 来る。

 強烈な何か。

 

 ヤバい。

 死ぬ。


 ――にゃ王様っ


「触れさせない!!」


 左手首から二の腕にかけて、這い上がるような模様が熱を帯びる。

 脳裏に閃いたのは先日の鼠の群れだ。溶けて無くなった。

 うう、メンタル的に良くない。

 

 やらなきゃこれ俺が死ぬ。

 けど人死には避けたい。


「し、四方、灰燼……」


 俺めがけ、八方から光条のように勇者の剣が振り下ろされる。

 八つほぼ同時だ。その目もくらむ速度。


 直後、俺の左手から溢れた白い光が、辺りを染めた。







 魔王の塔(キャットタワー)の下には崖があって川が流れている。

 流れ去っていく6人を見送り、俺はそっと手を合わせた。


「厄介な相手だった」


 マジ死ぬかと思った。


 いや、勇者パーティーのみんなも無事ですよ。溶けたりしてませんよ。

 ただ戸口からお見送りしてやる義理もないって言うか。特に勇者。

 まああのレベルなら流れに揉まれてもちょっと打ち身ができるくらいだと思う。モテモテ勇者は額の真ん中に青あざができるがいい。


 さよなら勇者達。

 いい加減けじめをつけてハーレム解消して一人に絞れよ。

 幸せになれ。


 そしてもう来るなよな。





 瓦礫で埋もれた第一フロアに戻り、思わずため息が溢れた。

 あちこち崩れて、壁が十部屋近くに渡ってぶち抜かれ、ひどい有り様だ。


「――室内向きの技じゃないんだよな。使い勝手悪いと思うよな」


 他の必殺技に変えてくれないかな。

 まあ、天井まで崩れていないのはさすがにゃ王様の塔だ。


 くずれた瓦礫はストーンゴーレムの素材になると思えばいいし。ストーン君創ればあとはストーン君達が勝手に修復してくれるし。

 ところで誰がストーン君創るんだろう。やっぱりにゃ王様だろうか。さすがはにゃ王様、何でもおできになる。


 それよりも!


 ふふふ。俺、勝ちました。にゃ王様。

 えらいにゃ。お前は私の最高の部下だにゃ。誇らしいにゃ。褒美にふみふみしてやるにゃ。

 いやぁそんな、そこまで大それたことなんて望みません。まずは膝に乗って頂ければ俺はそれでうへへ。


 階段を駆け上がる。

 らんららんららん。

 2階。


 らんららん、ららん。

 3階。


 らんら、らんら、ら

 よ、4、か……


 はっふぅぜぇひぃうぐ……っ(自主規制)


 エ、エスカレーターが欲しいです……


 謁見の間がある9階までようやく上がると、俺は息を切らし這いずりながら謁見の間に駆け込んだ。


「にゃ、王、さま……」


 にゃ王様、俺侵入者撃退しました!

「へ、へへ、褒めて、くだ、さい……っ!」


 あ、口に出すの逆だった。

 まあいっか。


「気持ちの悪い入り方をするのは止めるにゃ」


 にゃ王様はいつも通り、キャットタワーの上から俺を見下ろしている。

 しゅっと持ち上げられた頭と、見下ろす金色の瞳。キャットタワーの台からちょこっとだけ見える前脚の肉球。

 今日もほんと、この瞬間もほんと、神々しくも可愛らしい。

 きゃーきゃー


「なんか褒めたくないにゃ」


 にゃ王様がほっそーい目で俺を見ている。

 にゃ王様は相変わらずツンデレだ。

 でもさっきのツンデレヒロインちゃんは勇者を好きなのが俺にさえバレバレだった。ふふ。


 いいんですよ、にゃ王様、素直になって。


「すりすりしてください」

「却下にゃ」

「膝に乗ってください」

「嫌にゃ」


 にゃ王様は長い優美な尾で、したっ、と足元を打った。


「すぐに出動しなかったから今日の夕食は部屋で食うるにゃ。猫食堂は使わせないにゃ」

「えええ!」


 吐きながら(主に階段)がんばったのに!

 猫兵士達に囲まれてご飯を食べる何重もの俺の幸せ。


「だが一つ、勇者パーティーを撃退した仕事は認めてやるにゃ。奴等は大陸冒険者ギルドのなかでも高位のパーティーにゃ」


 にゃ王様は重々しく、威厳に満ちて告げた。


「褒美に、部屋にちゅーるを届けてやるにゃ」

「――ちゅーる……!」


 それすごいのでは?!

 俺食べられないけど。

 茶トラっ子にあげよう。まだちいさいけどちゅーる食べられるのかな?


「10日分にゃ」

「なっ」


 ちゅーるを……10日分……!?

 それって織田信長から茶碗貰うくらいの価値があるのでは?!


「にゃ王様……!」


 ぽよん。

 おなかに猫キックが入った。


「にゃ王じゃにゃい、魔王にゃ」


 ああ。

 有難き幸せ。








 どれほど流されたのか、勇者は近づいた岸の岩をようやく掴み、身を引き上げた。

 左腕にずっと抱えていた弓兵の少女をまず岩の上に押し上げる。


「くっ――」


 右手に握りしめていた剣を岩の上に置き、流れに身を返す。

 もう一人、格闘家の少女の腕を掴み、岸へ押し上げる。

 信じがたい気合と動きで、勇者は5人を次々と流れの中から抱え上げた。


 それぞれの呼吸を確認し、ほっと息を吐く。


「みんな無事で、良かった」


 錫杖に似た杖を着き、僧侶の少女が身を起こす。


「回復、させる……っ」

「頼むよ。君も辛いと思うけど」


 小さな身体もガタガタ震えているが、奥歯をぐっと噛み、頷いた。


「平気」


 勇者は口元でそっと笑った。


「勇者……」


 弓兵の少女が声を震わせる。

 長い金髪は濡れて肩や背に張り付き、岸辺にしゃがみ込んだ身体はやはり細かく震えている。

 ただそれは、寒さからだけでは無い。


「滅死の黒影――あいつ、あの技、何なの――あの破壊力。信じられない」


 両腕で自分の身体を抱え込む。

 その背に、勇者はそっと手を当てた。


 黒い双眸が空を見上げる。


「奴の一番の脅威はそれじゃない」


 勇者が首を振ると、黒髪から水滴が滴る。


「え?」

「あいつ――、何なんだ、あれ」


 それは独り言に近かった。


「勇者――?」


 視線には答えず、勇者はただ虚空を睨むように見据えた。


「俺の鳴天円が全く、効かなかった――」


 その場から束の間、呼吸が消えた。

 身を震わせたのは、弓兵の少女だ。

 頭の上に高く括った金の髪を揺らす。


「そんな……勇者の鳴天円……鉄をも一刀に断つ絶技が――」

「嘘です。勘違いでは。あの光の中で、目も眩んで状況が良くわかりませんでしたし」

「いや」


 勇者はもう一度首を振った。


「感覚で分かった。剣は確かにあいつを捉えた。けど」


 剣技鳴天円、八円裂霜。

 攻防一体の絶技と言われ、防いだ相手は未だかつて無い。


「四天王、滅死の黒影――」


 低い呟きだ。


「くそっ」


 拳が二度、地面を打ちつけた。

 地面が拳ひとつの深さほど、陥没する。

 土煙が遅れて上がった。


「まだ俺は全然、力不足だ――」

「勇者……」

「落ち込んでる暇なんて無い」


 そう言って立ち上がった格闘家の少女は、自分の手足が思い通りに動くか、二、三の技を繰り出した。

 キレは充分。


「四天王、滅死の黒影。それから他の3人もいる。あのレベルがまだ3人もいるなんて、ゾッとするけど」

「魔王はもっと、邪悪で恐ろしいのかな」

「そうだよ、きっと」

「あたしたち、勝てるの……?」


 パーティーメンバーの不安を払拭するのもリーダーとしての勇者の役割だ。

 けれど勇者は自分の中にまだ、その答えが見出せないでいた。


「四天王であれだけの強さだ。やっぱり魔王は、脅威――」


 ふと、口を閉ざす。


「勇者? どうかした……?」


 弓兵の少女は金髪を揺らして俯く顔を覗き込んだ。


「あいつ、全然、敵意が」

「え?」

「しかも魔王じゃなくてにゃおうとかなんとか」

「勇者?」


『にゃおうさまには指一本、触れさせない』


(にゃおう……? 何のことだ……)


 何かわあわあ言っていた気がする。

 と言うよりあわあわ言っていた、ような気がする。


(まさか。あれだけの四天王だ。俺達を揶揄っていたんだ)


「いや。何でもない」


 勇者は首を振り、まだ雫の滴る顔を上げ、魔王の塔がある上流を見据えた。


「魔王を倒すのが、俺たちの任務だ」


 握り込んだ拳に、力を込める。


「次は必ず、あいつを倒す――!」




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