第21話 勇者、登場!~勇者のあかし~
「四天王……」
呟きは俺にも届いた。
四天王ってそれなりに有名なのか。こんなに緊張されるほど。
俺が来てからまだ短い。
今まで何やったのトラミケシマシマさん。
「でも、初めて見る顔ですわ」
勇者が慎重に頷く。
「ああ」
「いやぁ、俺はね、あの」
集中する視線が恥ずかしい。
覚えなくていいですよ。
ていうかそう上から下まで眺められると、ちょっと、あの。
「あのですね」
これ、この格好、黒ずくめの左手に包帯を巻いているこれ、俺の趣味とは違うんですよ。にゃ王様が。
あ、にゃ王様はこの塔の主で俺の最愛の主人でですね。
だから逆らえないっていうか。にゃ王様が着て欲しいっていうもんだから断りきれないっていうか。
つまり愛っていうか。これは愛の具現化であって服に見えて服ではないみたいなやつというか。
いや、今はその話より
「あ、名乗るね、名乗りますね。俺、俺ね」
「みんなも知ってるよな。今まで魔王軍四天王は、三人しかいなかった。でも、つい先週噂が立った」
先週。めっちゃリアルでタイムリーだ。
嫌な予感がする。
いや、もう予感じゃない。
「最後にして最強。第四の四天王が現われたと――そいつの名は」
「あの待って」
待って。
みんな、ちょっと一旦落ち着こ?
そんな10年後振り返ったら黒歴史で悶えそうな言葉を口にするのはみんなの為に良くな
「――滅死の、黒影――!」
室内が水を打ったようにしんと静まり返った。
俺の心だけ荒波だ。
すごい恥ずかしい。すごい恥ずかしい。すごい恥ずかしい。
すごい恥ずかしい。
そもそもさ。
どうせ厨二ネームならいっそもっと突き抜けた名前が良かったんではないだろうか。いや、俺は思い付かないけど。
どうにも微妙というか。
それがまた羞恥心を掻き立てるというか。
いっそ――
いや、俺は思い付かないけどね?
勇者と5人の目が俺を見据えている。
「滅死の――」
「滅死の黒影」
「あの」
「こいつが、そうなの」
え、ちょっと、あのとかこいつがとか、どこまでその名前広がってんの?
嘘だろ。
俺ここに来てからほとんど猫兵士しか愛でてないのに。
猫兵士しか愛でてないのに?!
「はん、虚仮威しのカッコしやがって」
勇者の右隣、ショートボブの黒髪が凛々しい――軽装の革鎧からして多分格闘家かな、が低く言う。
俺は前のめりに踏み出した。
「だよね?! それ、にゃ王――魔王様に」
ぜひ言って欲し
矢が足元に突き立つ。次々と三本。放ったのは後衛、金髪をポニーテールにした子だ。
勇者は剣を倒すと同時に、問答無用で俺に突進した。
右に避けた俺へ、勇者が剣を薙ぐ。鋭い。
一瞬で首元に迫った。
「うわ」
ヤバイヤバイヤバイ!
勇者の剣をどうにか左腕で受けて落とし、更に右にステップしたところへ、蹴りが来る。
格闘家――蹴りから、右裏拳、左膝。流れる動作にひと呼吸の間も無い。
四撃目、上から叩き下されれた左肘が俺の右首筋に入った。
「ぐえっ」
足元から、剣。噴き上がるような勇者の二撃目だ。
咄嗟に蹴って軌道を逸らす。背筋が凍った。
「ひい」
左から細く鋭い光。レイピア。白銀の髪の少女が踏み込んでいる。
懸命に背を逸らす。レイピアの切先が額を掠めた。
「んぎぎ」
正面に矢。首を捻って躱す。
「ちょっ」
死ぬ死ぬ死ぬ
無理無理無
『清冽なる光明の輪』
目の前に光。身体が痛痺れる。
『魔弾乱華』
別の光が幾つも。膨れる。
腹に熱が複数、炸裂した。
衝撃に弾かれ、足が浮く。
俺は吹き飛ばされ、入り口横の壁に目いっぱい叩き付けられた。
「いてて」
思い切りぶつけた背中がジンジンする。
避けきれない。
ていうか無理だよ無理ゲーだよ!
複数対人戦とか、こないだのカンガルー戦よりハードモードだよ。俺まだ経験値ほとんど貯めてないんだよ。レベル2か3くらいじゃないか?
このままじゃ俺死んじゃうよ。ひどくない?
相手見て相手。勇者パーティーのすることと違いますよ。
ていうか社会人――じゃない、職業人たるものまず話し合いが基本ではないでしょうか!
「ちょっとみなさん、ここは俺達の住居だしまずは話を」
「効いてない!?」
聞いてないね。
「嘘でしょ。私たちの最高位技連携が――」
えぇ。
いきなりみんなで最高位技連携叩き込まないでくれますか。
会ったばかりなのに。
「なんて硬いの」
「攻撃が、全部吸われてる感じ」
肉に?
肉にかな?
もしかして本当に俺の肉、役に立っている……?
なんか、今までの人生を振り返り、じわりと目の奥が熱くなってきた。
今。
俺の肉が。
役に立っている……!!
「こいつは、尋常じゃない」
勇者は俺を睨み据えたまま、すっと左手を横に伸べた。
「みんな、退がれ。俺一人で行く」
「でも!」
「四天王は神位の下、竜位よ! その四人の中でもこいつは――っ。一人でなんて無茶よ!」
「そうだ」
「駄目。みんなで」
「承服いたしかねます」
いいな。
助け合い。いいな。
俺は四天王の姿を思い浮かべた。
トラ……は無いか、ミケ……は置いとこう。
シマさん!
俺をクロと呼んで温かく迎え入れてくれたシマさん!
「聞いてくれ」
勇者は凛として声を張った。
右手の剣の剣先を俺に据えたまま、一歩踏み出す。
「これは、勇者としての俺の役割だ」
引き締まった面はいかにも勇者、物語の主人公という感じだ。
技が効かない状況の中、自分が前面に出ようとか、モテるのもわかる気がする。……絶許。
だいたい感動的なシーンのところ悪いんだけど、俺としては帰ってくれればいいんだよね。攻撃かなり痛いし怖いし、早く茶トラっ子のところに戻りたいし。
お腹空かせてるんじゃないかなぁ。
俺がいないのに気づいたら心細くて不安だろうなあ。
見回してもどこにもいなくって、みぃみぃ鳴いてるかもしれない。
うう、涙出てきた。
「こいつを倒さなきゃ魔王まで辿り着けない。でも魔王はもっと強大だ。ここで負けるなら、俺はそこまでだったってことだよ」
「勇者ぁ……」
勇者の悲壮な決意を感じ取り、じわりと涙を滲ませるパーティーメンバー達。
格闘家がぎゅっと唇を噛む。
整った面を苦渋に染め、言葉を押し出した。
「――みんな、退がろう」
帰れ。
ほんとさっさと追い返したいんだけど、でも俺、特技例のアレ一つしかないっていうか、100ゼロなんだよなぁ。
ミケは俺を使えない奴呼ばわりするし。シマさんに何か格闘術教わった方がいいのかなあ。
「でも」
「いいから! 勇者の言う通りにしよう!」
苦悩混りに叫んだのはツンデレっ子だ。彼女はええと、弓使いっぽい。長い金髪をポニーテールに結っって、瞳は綺麗な青。
この子やっぱ正ヒロインかな。ツンデレだし。
まだ納得していなかった3人も、しぶしぶながらも距離を取った。
勇者は5人に微笑み、それから口元を引き締めるともう一度俺に向き直った。
その身体全体を、淡く赤いオーラのようなものが取り巻く。
「四天王、滅死の黒影――悪いが俺に付き合ってもらうぞ」
思うんだけど。
良く映画とか漫画とかで主人公達が緊迫した会話交わしてる間、敵が攻撃しなかったりするじゃないか。
アレ、何で待ってんの、って思ったりしてたけど、実際つい待っちゃうもんだな。敵も色々考えてるんだろうな。
「世界の為、お前にはここで死んでもらう」
物騒。
いろいろ感動的なこと言ってるけど、君達不法侵入だからね?
そこんとこ解ってほし
「俺たちはみんなで魔王を滅ぼして、必ず国に帰るんだ!」




