第20話 勇者、登場!~ウエルカム トウ ザ ダンジョン~
「これで、終わりだ」
ちん。剣を鞘に戻す音。
駆け寄る足音。
「良かった、勇者ぁ……っ」
「ちょっ」
あ、これ抱きついたな。
「私も……」
「お、俺も」
一転してきゃあきゃあと賑やかになった。
「わたくしも……その……」
「いい加減にしなって! 遊びじゃないんだからね! ようやくフロアの中央まで来たんだから」
「さっきっから。ゴーレムばっかり。張り合いがない」
「この塔、本当に伝説の魔王がいると思うか? 罠とかゴーレムとか、確かに普通のパーティーじゃきついレベルだけどさ」
「手前の村で確認したんだ、間違いない」
にゃ王様、伝説級?
さすが俺のにゃ王様。
そのにゃ王様、俺のにゃ王様ですよって、出て行って自慢したい。うずうず。
「それより、ねぇ、宝箱ないの、宝箱」
ツンデレちゃん。
「塔内で、何も手に入ってないですものね」
お嬢様。
「えっと、そんなに多くはいらないの。でも、綺麗な宝石のついたアクセサリーとかあれば」
ふわふわ系。
「回復ポーション」
幼い系。
「新しい魔導書とか、マジックアイテムとか、あると良いですわね」
お嬢様。
「剣か鎧が入ってると嬉しい」
武闘派系。
「贅沢言わない。路銀が欲しい」
勇者。
いや、贅沢ですよ?
まあ冒険者らしくいい感じに欲に塗れてますね皆さん。
冒険者ってのは須らく、他人のダンジョンに押し込んで金品強奪するものですからね。
「ねぇねぇ、マジックアイテムでさ、ゆ、指輪とかあったらどうする?」
「えっ」
指輪、という言葉のトーンが妙に高かった。
何やら様子を伺い合っているようだ。
「それはま、まずは、パーティーの代表の、勇者に渡すとして……」
再び様子を伺い合う空気。
これはあれだ。ハーレムパーティーでたった一つ見つかった指輪(想定)を、誰が、どういうシチュエーションで指にはめるか。
つまり勇者が誰に渡すか。
ごくり。
俺は壁に張り付いた。
誰なんだ? 誰に渡すんだ?
メインヒロインはツンデレちゃんぽいけど、勇者の心の中は――
「マジックアイテムなんだからぁ、魔法使いがもらうべきだと思いまぁす」
ふわふわ系の子は魔法使いか。
「回復強化」
「魔法強化とは限りませんわ。空を飛べるとかかもしれませんし。であれば前衛でも」
お嬢様前衛?
意外ー
「強化系。強化系一択。肉体か武具か」
「一番似合う人にぃ、渡せばいいと思うのぉ」
ふわふわちゃん、と勝手に呼ぶことにしたが、ふわふわちゃん自信ありそうだな。
まあふわふわちゃんと言えば一番は俺の茶トラっ子だけど。
俺の茶トラっ子、見る? 見る?
「あ、あたしは、勇者が決めればいいと思う」
「なら俺、自分でしよっと」
えっ、と室内が静まり返った。
少しの間の後、スカし……朗らかな笑い声が響く。
「ははは、嘘だよ。いや、ほんとかな」
「何、どっちよっ」
「うーん、――ほんと? だって誰か一人なんて選べないよ。みんな大切だし」
「勇者ァ……」
勇者ァ……(低音)
あいつ殴っていいですか? いや、殴りに来たんだけどさ。
「ははは。まあ指輪が手に入ったわけじゃ無いんだし」
爽やか。
に有耶無耶にする系かぁ。
「ほら、行こう。ここが多分1階最後の部屋だ。これからもみんなで力を合わせよう」
「はぁいっ!」
「わかった!」
「ああ」
「承知いたしました」
「しょうがないわねっ」
朗らかに笑い声が弾ける。
俺の怒りも弾けそうだ。
しかし、しかしだ。
やっぱさ、ほんと何度も言うけどつくづく冒険者って押し込み強盗みたいなもんだと思う。
勝手に入って(不法侵入)あちこち開けて中荒らして(器物破損)住人ぶっ殺して(殺人)金品強奪(窃盗)して、生前俺も楽しくゲームしてたけど荒らされる側になると腹立たしい。特に勇者。
そろそろお帰り頂こう。特に勇者。
咳払いを一つ。
「君たち、ちょおっといいかな?」
職質みたいな口調になった。
「誰だ!」
勇者が剣を俺に向けて素早く構える。ロングソードより長い、いわゆるトゥーハンデットってやつだな。
他のパーティーメンバーが2人、さっと勇者の横に並んで身構え、3人は後ろに下がった。
先ほどと打って変わった、張り詰めた空気だ。
「出てこい!」
それは俺のセリフだけどね。
暗い階段室から彼等の待つ部屋へ踏み出す。室内は壁に掛けられたランタンが揺れてそこそこ明るい。
俺はようやく、勇者パーティーの顔ぶれを見ることができた。
うっわ。勇者以外ほんとに全員女の子じゃん。しかもみんなそれぞれタイプの違う美少女が5人。なにそれうらやまふざけん――いやいや。
気にしてないですよ、俺。絶許。
しかしこれはアレでは。5人となると異世界転生ハーレム勇者ものだとそれなりに物語が佳境の段階なんでは?
この後は勇者を巡って5人のヒロインが恋の鞘当てラストスパートか、或いは誰も選ばないけどみんな一緒に幸せになるか。
この世界って多重婚オッケーなのだろうか。修羅場にならないか心配だ。
別に期待している訳じゃない。心配だ。
俺は何歩か前に出て立ち止まった。
勇者達とは5メートルくらいの距離を保つ。顔が良く見えた。
勇者――17、18歳くらいだろうか。
おお。イケメンじゃないか。短めの黒髪でいて、目の上に前髪がかかっているところが憂いも帯びた感じで。絶許。
俺は努めてにこやかに笑いかけた。絶許。
「ちょっと聞きたいんだけど、君たち、侵入者かな?」
きゃあ、と女の子達から声が上がった。
「ちょっと」
「あなただって」
視線を向けたらさっと黙る。
いいよ、皆まで言わなくて。言われ慣れてるし、厨二病スタイルだし。
勇者が俺を睨んだ。俺が睨みたいんですが。
「お前は何者だ」
警戒心が剣先から伝わってくる。
俺はその剣先をじっと見据えた。
うん。
名乗りたくない。
「俺のことはどうでもいいでしょ。ここの住人ってだけで、俺には君らを問い質す義務と権利がある」
「住人……? 魔王の配下か――!」
パーティーの間に更なる緊張がさっと走った。
「うそ、魔王の配下で、人型って」
「勇者」
「この方」
「解ってる――」
勇者が構えた剣先が、僅かに上がる。
「魔王軍、四天王――」




