第2話 走馬灯をそう、待とう
俺の人生、28年間ろくなもんじゃなかった。
二つ上の兄貴や一つ下の妹は頭が良くてスポーツもできて成績優秀、ルックスだって良くて小学生の頃からかなりモテた。
一方俺は、頭の出来も悪くてスポーツもできない。走るのと球技が最も苦手だ。
100メートルは18秒かかるしそもそも50メートル地点くらいで倒れそうになる。
バレーボールなんかサーブが相手コートに届かないのでそもそもバレーボールが始まらない。
走るのと球技が苦手じゃ体育の授業はどの辺が救いになるのか。
ダンスだってドジョウ掬いに近い。友人に言われたもんだ、真面目に踊ってYouTubeに上げてみたら受けるかもしれないってやかましいわ。
ルックスだって小学生からどんどん太って高校時代にゃコンマ1トンて呼ばれてた。友人に言われたもんだ、相撲取りになればいいんじゃないかってバカヤロウ。
相撲取りはなぁ、あれはなぁ、筋肉なんだよ。贅肉じゃねぇんだ。筋肉の上にさらに分厚い脂肪という鎧を纏ってんだ。
ただのんべんだらりと生きてきたコンマ1トンが辿り着ける世界じゃねぇんだよ。コンマ1トンなめんな?
まあいいや。
今俺は辛かった人生を回想中だ。走馬灯って奴だ。
あれだぜ、兄妹なんていっそ5こくらい歳が離れてりゃ比べられなくて済むけど、小中とずっと同じ学校にいたら毎日毎日兄妹と比べられて生きてくんだぜ辛いよ?
家に帰りゃ家に帰ったで親が365日比べてくるしな。逃げ場がない。
「お兄ちゃんや妹はあんなに優秀なのに」ってあんたらの遺伝子だからな?
妹は俺を鬱陶しそうに見るだけだったが、兄貴は事あるごとに馬鹿にしてきた。
お前みたいな出来の悪いデブが兄弟と思われるだけで恥ずかしいとか、俺の兄弟は綾乃だけだとか。
何とか三流大学に入って、速攻で家を出た。
生活費のためにバイトにかまけたから三流大学の成績も中の下、百社くらい面接受けて入れた会社に今しがみついてる。
あんだけ足を棒にして企業回りしたのに俺は痩せなかった。
入社してからもあんなに足を棒にして得意先回りして頭を下げ続けたのに俺の腹の肉は豊かだ。
あれ、そろそろまとまんなくなってきたな。
何か「え、まあ親兄弟もアレだけどオマエも悪くない?」て思われてるような気がしてきた。
いや、俺は辛かったから。ほんと。
辛さなんて本人がどう感じるかよ。これ以上が辛くてこれ以下は辛いとは言わないとか、そんな基準なんてないんだよ。
だから今、キツいなとか逃げたいなとか思ってんなら、他人から見たらどんな些細なことだってそりゃその人は今辛いんだよ。
いいじゃねぇか逃げたって。
だから――
まあ俺は、これでいいかな、と、一瞬思ったんだ。
それで、気がついたら、かわいい。
かわいい生物が目の前にいるとしか、どうしても思えなかった。
目の前で黒と金毛のまだらの尻尾がひゅいん、ひゅいんと行ったり来たりしていて、つい首を動かしてその動きを追ってしまう。
ひゅいん、と右へ。ひゅいん、と左へ。
うん、これいつまでだって見てられる。猫の尻尾って何であんなにしなやかなんだろう。
そう。
俺の目の前にいるのは猫だった。
前足は二つ、お行儀良くぴっちり揃えている。
黒の中に散る金色のマーブル模様がとても美しく、毛並みの整った、いかにも猫らしいシュッとしなやかな体躯。
まごうかたなき猫だ。別にサイズが馬鹿でかいとかじゃない。
時々通り見かけては表面上興味のないふりをキープしつつ心の中で『にゃんこ!』と叫んでじりじりと近付き人間相手ならば確実に「きもいんですけど」と言われるだろう視線で凝視し実のところ猫にも確実に不審がられているだろう、あの猫の、一般的な大きさだ。
何の話なのか。
猫だから何なのか。
サイズがどうのこうの何をぶつぶつ言っているのか。猫はさっきまでペットショップで見てただろ。
そう思うだろう。
そう思っている貴方に、今の状況を説明しなくてはなるまい。
いや、俺も実はよくわかっていないんだが、とは言えやはり状況を説明しなくてはこの先、話を進められない。
だってこの猫。
自分を、魔王だって主張してるんだから。
「我は魔王にゃ」