第17話 ハッピーハロウィン
おはようございます。
昨日は運動したからぐっすり眠れた。
カンガルーに囲まれて360°連打される夢を見たけど、まあ俺の肉は鉄壁だった。
茶トラのちびっ子はまたすやすや眠っているので、フードにそっと入れて部屋を出る。
猫大食堂での朝食を終え、カウンターの呼び鈴を鳴らし続ける猫兵士達を堪能してから、俺は謁見の間に意気揚々と向かった。
にゃ王様と触れ合う大切な朝の日課の時間だ。
「おはようございます」
クール猫が玉座の横に座り、にゃ王様は一番上にいる。
今日もにゃ王様は異世界一美しく可愛い。
ところでにゃ王様が一番先に来てるの、ほっこりするな。
まだ他の四天王来てないし。
そういや、新人ほどやっぱ始業の1時間前に来て机を拭くのが常識なのかと思ったけど、にゃ王様とクール猫が先なのか。
何も言われてないし。
「そういえば、社会人になりたての頃でした」
「いきなり何にゃ」
にゃ王様はキャットタワーから俺を見下ろしている。
見下ろされている。
へへ。
「夜、8時くらいですかね、夜道を駅から家に向かって歩いてたんですよ。肉まん食べながら。駅から家まで徒歩40分かかるんですけど、朝、雨で自転車乗っていかなったから、いつもはそういう時帰りもバス乗るんですけどその日は歩いちゃえって」
「その話はどこへ向かおうとしているにゃ」
「大丈夫です、事件が起きるっぽいけど最終的に無事に家に着きますから。だから植木鉢が頭に当たった俺がこうして今ここにいるんで」
「どうでもいいにゃ」
「その道、ほとんど人がいなかったんですよね……聞こえるのは俺の足音くらいで。だから歩きながら肉まん食ってても恥ずかしくなかったんですが」
「まるで常識人の発言のようだにゃ」
「いやいや俺なんか。前に歩きながらカップラーメン食べてた少年いましたよ。将来大物ですね」
「それで、街頭が点々と灯る道を歩きながら、ふと、とある家を見たんですよね。通り過ぎがてら、ほんと何の気なしにです。玄関に、暗がりがあって。その暗がりに――」
「――」
「いたんです。俺、マジ驚いちゃって」
「――」
「猫が5匹」
「――多いにゃ」
「でしょ? あれ、にゃ王様、瞳孔が丸く」
「気のせいにゃ」
「そうですか? あ、それで、まあ俺、5匹もいるなんてってびっくりしつつもその前を通り過ぎたんです。家まであと、10分もかからないくらいだったかなぁ。
ほんと、もうあと少しだったんですよ。まあ肉まんがあるんでそんな急いで帰るつもりもなかったんですが、ほんの少し、足を早めました。何か、無意識にですかね。気になってたのかもしれません」
「――」
「ずーっと、歩きました。てくてくてくてく、てくてくてくてく、誰もいない道を。少しおかしいですよね、まだ夜の8時で、住宅街で、それなのに誰もいないなんて――」
「――」
「そうやって歩きながら、俺、また気が付いたんです」
「――」
「音が――するんですよ。背後から。小さな音がずっと、聞こえてました。チャッチャッ、チャッチャッて、そんな音でした」
「――」
「変だなぁ、おかしいなぁ、周りに人いないのになぁ、と思って、俺、立ち止まってみました。そしたらその音も、止まるんです。もう一度歩き出して、そうすると音も付いてくる。でも立ち止まると、音は止まる」
「――」
「おかしいなぁ、嫌だなぁ、おかしいなぁって思いながら、それでもしばらく歩いて――でもずっと音がするから、俺、とうとう我慢ができなくなって、理性ではね、駄目だ、やめた方がいい、やめろ、やめろ……と思いながらも――振り返っちゃったんです! そうしたら!」
にゃっ、に濁点がついている声が聞こえた。
「さっきの猫が5匹、いたんです!」
「に"ゃ"っ!!」
「……」
一瞬の空白。にゃ王様がそろりと、引っ込めていた前脚を出す。
「……そ、それでどうなったのにゃ」
「いやあ。びっくりしませんか? あの猫たち、全員俺について来てたんですよ。音っていうのは、猫が歩く時爪がたてる音でした」
「――」
金色の瞳がパチリと瞬く。
「しかも俺が振り向いたら、みんな立ち止まって、そっぽ向いてるんです。ついて来てる訳じゃないよ、みたいな。
いや〜、俺一瞬喰われるのかと思いましたよ。そんなんされたら誰だってそう思いますよね」
「――それだけかにゃ」
「ええ」
「……お前なんか喰っても旨くないにゃ」
「ですよねぇ。今思えば肉まん欲しかったんでしょうね。でもずっとついて来て、振り向いたらそっぽ向くとか、ほんと猫可愛いなって――」
「稲川淳二禁止条例を制定したにゃ」
「条例ですか。法律じゃなくて条例ってところがまだ国家樹立してない現実味が出てていいですよね。俺も怖いの嫌いですしね。
以前コタツでうたた寝してて夜中に起きたら付けっぱなしにしてたテレビでうっかり稲川淳二観ちゃって。あの時は稲川淳二を滅茶苦茶恨みした」
「逆恨みも甚だしいにゃ」
「あれ、にゃ王様、毛が逆立って」
「無いにゃ!」
猫キックをいただいた。
肉球可愛い。うへへ。
「ご褒美みたいなモノローグするにゃ!」
楽しんでもらえましたか。
今日はハロウィンですし。
ハッピーハロウィン