第16話 四天王、登場!~ナマ……エ……?~
……
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………………
ナ……
ナマ……エ……?
「なに記憶喪失みたいな顔してんだ。え、まさかマジで覚えてねぇのか? 殴られ過ぎちまったか?」
「あ、いや」
忘れたくても忘れられません。
「はい、俺は。俺の、名前、名前は……」
ああ。
俺は目を細めた。
あの超大ヒット映画のワンシーンが脳裏に鮮やかに蘇る。
名前を忘れていくシーンはもどかしく切なかったし、二人がもう一度会えた時は心が踊った。
「名前は?」
「俺の」
いっそ名前が消えてきゃいいのにな。
はあ。
「俺の――」
ええい、言ってやる!
「――俺の、名前は!」
3人の視線の集中砲火。
俺は腹を括った。
旅の恥はかき捨てっていうしね。
旅じゃ無い?
いや、俺はまさに人生という旅路の途中だ。
「滅死の黒影です」
メッシのコックじゃないですよ?
俺に調理能力は求めないでくださいね?
おやつにプリンくらいなら作れますけど。バケツプリンとか最高ですね。抱えて食べるのがコンマ1トンの嗜みです。
「――」
3人ともキョトンとしている。
プリンじゃなくてケーキが良かったですか。高難易度だなぁ。
あ、ミケの顔見えた。めっちゃ可愛い。
にゃ王様のお世話係の清楚S系美少女アーレちゃんと同格じゃないか?
ちょっと勝気っぽいけど。
いや、俺は心変わりなんかしませんよ。
アーレちゃん一筋です。
まあでも、最大の愛と忠誠心を捧げてるのはにゃ王様ですけどね。
はっ、そうだ。
いくら四天王と言えど、にゃ王様の次期お世話係は譲りませんよ。
しかしみんなまだキョトンとしている。
ですよね。
俺は一つ咳払いした。
やっぱ漢字が分からないかなー。
――
「えー、滅亡の滅に死亡の死。黒いに影と書いて、滅死の黒影です」
改めてすげぇな。
さあ! 笑いたければ笑うがいい。
俺は胸を張った。
ていうかどうか笑って欲しい。
僕に笑ってくれないか。
トラが細面に細い目を更に細める。
「引きますね」
本心からドン引きな声で言われた。
勝気美少女ミケは可愛らしい顔をとっても分かりやすく歪めた。
「ダサッ」
勝気美少女に一刀のもとに切り捨てられた。
笑ってもくれなかった……。
ネタとしても使えないじゃないか。どうするんですかにゃ王様。
このメンバーの中で俺、この先やっていけるんでしょうか。自信がありません。
「――」
絶望に打ちのめされる俺に、救世主は現れた。
シマシマは顎を持ち上げ、まじまじと俺を見た。
「滅死の黒影? へー、ごつい名前だけどまあいんじゃねえか? けどちょい長いな。なら、お前クロな」
――シマシマさん!!
いや。
シマさんーーー!!!
「トラ、ミケ、シマシマ、クロ。らしくていーじゃねーか。全員揃った感じがするぜ」
いい人!
いい人!
「マジで言ってんの、シマシマ。ダサすぎ。良く名乗れると思う」
「全くです。厨二病全開過ぎて、同じ四天王を名乗って欲しくないですね。何を考えているのだか」
勝気ぃー! 糸目ぇー!
今いい雰囲気になりかけてたじゃねぇかぁあ!
「私がつけたにゃ」
「えっ」
低い声にトラとミケがさっと顔を強張らせる。
にゃ王様の尻尾がひゅいんとしなり、岩を叩いた。
岩が砕け散る。
尻尾の一撃で――にゃ王様。
「私がつけたにゃ。一生懸命考えたにゃ」
トラとミケはガバッと平伏した。
「最高です!」
ミケが顔を跳ね上げ、力いっぱい言い切る。
「素敵なセンスです、さすが魔王様! 滅死の黒影、何度口にしてもうっとりします!」
変わり身はえぇな。
つーか一度たりとも口にしないで欲しいは欲しい。
「そう言うと思ったにゃ。さすがお前たち、ものが良くわかっているにゃ」
にゃ王様は満足げにゴロゴロ喉を鳴らし尻尾をしならせている。
もしかしてにゃ王様、この名前気に入ってるのか。
一生懸命考えたって言ってたし。
一生懸命考えたとか、にゃ王様かわいいなぁ。
そうか。
にゃ王様のお気に入りの名前なのか。それを俺なんかに。
そうか。
なら、なら、俺、もうこの名前でも――
俺は手の中のちびっこを起こさないよう気をつけつつ、すくっと立ち上がった。
「皆さん、改めてよろしくお願いします」
ばっと身体を90度に伏せる。
いいかもしれない。
皆さん、俺のことは。
……
…………
……………………
うん。
「クロって呼んでください!」
だってアーレちゃんの時は、にゃ王様そう言ってくれなかったし。
にゃ王様の猫キックが俺の頬に飛んだ。