第14話 四天王、登場!~事案なんです~
敵は、ボクサー!
僕さー、ボク
鋭利な角度を描き、五度目の閃光が闇を走る。
右頬を捉えた衝撃に俺はたまらず吹き飛ばされた。
「んぎぎ!」
背中だけは!
はっ、にゃ王様……!
顔から壁に突っ込む。
いってぇ。
ぐらぐらと回る頭を押さえ、俺はそれでもなんとか立ち上がった。
うげ、口の中に砂とか小石とか入った。
てか俺のふくよかな頬じゃなきゃ歯とか折れてるからね? これ。
一応、天然の衝撃吸収クッションの役目は果たしてくれてるな俺の肉。
にゃ王様はひょいとジャンプして避けていて、また俺の肩に降りた。
良かった、にゃ王様。
しかし。
こいつ、強い。
この間の鼠も嫌だったが、こいつは、マジで厄介だ。
強いと言う言葉があまりに相応しく思えた。
こいつ一体、何者なんだ。
この谷の門番、にゃ王様達が警戒する相手。
相当の奴だ。
いつの間にか俺は広い場所に出ていた。拳を避けて押し出されたって方が正しいかも。
洞窟みたいな、谷の底だ。
俺は吹き飛ばされてきた通路を振り返り、身構えた。
「来るにゃ」
はい。
崩れた天井から光が数条、静かに落ちている。
その光の中に、敵の影が踏み出す。
特徴的なシルエットが目に飛び込む。
「奴が、この谷の門番――」
えっ
こいつ――
俺は、自分の目を疑った。
そんな馬鹿な。
まさか、そんなはずは。
こんなところにコイツがいるなんて、有り得るのか?
いや、でも、この拳のキレ、破壊力。
それを考えたら、目の前の存在が現実なのだと理解するしかない。
「お前――」
敵はもう一歩、影から踏み出した。
間違いない。
「カ――」
すごい。
こいつは確かに、伝説の、最強の拳闘士に相応しい。
「カンガルー……!!」
光の中に、敵はその威風堂々たる姿を現わした。
「っ」
うおおー!
すげー!
すげーーー!!
めっちゃ筋肉盛り盛り。何あの肩。
痛いよ? あれで殴られたらそりゃ痛いよ?
奴等ボクシングのプロじゃねーか。
「――あの、にゃ王様?」
「何だにゃ」
にゃ王様は俺の肩でくつろいでいる。
ありがとうございます。
で す がー。
「僭越ながら、戦う相手間違えてませんかね」
「間違えてないにゃ。覇道への一歩にゃ」
「カンガルーがですかー」
「お前の左手を使うにゃ。何のためにその左手を与えと思ってるにゃ」
「いやいやいや」
アレ絶対こんな事の為の能力じゃないですよ?
カンガルーあれで消し去ったらYouTuberなら完全炎上だし当然動物愛護団体から長いお手紙くるし俺の故郷の世界のオーストラリアって国から強い遺憾の意を表明される案件なんですがね。
事案ってやつですね。
そうこう言ってる間に空を切り裂いた拳が俺の右頬を捉える。
くっっっそ!
痛えわ! めっちゃずっしり芯に来るわ!
何だよ、お前は動物園じゃ日曜日の暇を持て余したオヤジみたいにゴロゴロしてやがるくせに。
アレでいいじゃねぇか地面に寝転がって何もかもめんどくさそうに腹掻いてるアレで。
アレがお前の姿だよ。
そのままの君でいい、楽に生きろよ。妙な殺る気に満ちないでいいんだよ。
「痛ぇ!」
近い!
インファイター! かなりのインファイター!
腕は短いもんな、そりゃそうだ。
そうか。相手がインファイターならこっちは足を使って間合いを取るアウトボックスに――
「ごふぅッ」
早っ! 踏み込み早っ!
さ、さすがカンガルーだぜ……ジャンプ力ぱねぇ……
足元がふらつく。
そうか。そうだ。
このまま倒れれば、あとはにゃ王様が倒してくれるんじゃないか――
いや、決して逃げるわけじゃないんですよってことを見せなきゃいけない。
前のめりに倒れるんだ。
倒れる時は前のめりだ。
前のめりならちびっ子もしっかり守れるし。
「よしッ!」
俺は倒れることにした。
ここで滅死の黒影っぽいセリフを言うべきかな。
フッ、負けたよ。チャンピオンベルトはお前にくれてやる。
とか。
「ごふぅッ」
尻尾飛んできたー!
尻尾谷ィー!
「左手を使うにゃ」
「いや、それはちょっと! 俺の平穏な人生の為に避けたいです! 外交問題とかちょっと!」
くそっ、こうなったらクリンチしかねぇ。
「ごふぅッ」
蹴り……が……
キック……谷……か……
もうはっきりした。
ボクシングじゃねぇ、こいつ。
こいつのは、総合格闘だ。
格闘王だ。
格闘王――?
「死ぬにゃ! 左手を使うにゃ!」
そうそう、左を制する者は世界を制す――
じゃない。
違う。
それは違うんですにゃ王様。
「こ、こんな時こそ――た……」
「た、何だにゃ?!」
そうだ、俺は何で、最初にそれを思い出さなかったんだ――
彼を。
生物史上に燦然と輝くあの最強の男。
――た
「武井、○――」
もぞもぞ、と背中のフードが動く。
「みぁあ」
「ほぁあ!」
あわわわちびっ子が起きた!
ちびっ子はあろうことかフードをよじ登り、俺の右肩にちっちゃな手を掛けた。
「だめだめだめだー!」
左肩にはにゃ王様がいるし、右肩には今まさにちびっ子がよじ登ろうとしている。
俺は咄嗟に、踏み込んだ。
顔、正面
拳が――
衝撃は無かった。
拳は俺の顔面を捉える前に、横から伸びた手に止められていた。