第13話 四天王、登場!~暗がりピクニック~
「あ、ここは岩壁が屋根みたいになってるんですねえ」
「おー、すごい地層ですよにゃ王様。この壁のシマシマ、シマ猫に次ぐ美しい縞模様ですねー。そういえば第3の四天王のシマシマってシマ猫なんですか?」
「ちびっ子、ずっとすやすや寝てますよー、かわいいですねぇ」
「にゃ王様と、ちびっ子と、俺。幸せです」
「帰ったらミルクあげなくちゃなぁ〜ふふふ」
いつの間にか、俺は暗い地下の道に入り込んでいた。
ついさっきまで上空は、聳り立つ岩壁に遮られつつも、ジグゾーパズルのピースみたいな形に切り取られた青空がそれでも見えていた。
それが気付いたら、周囲がすっかり暗くなっていたのだ。
乾いた、冷たい風が奥から吹いてくる。
灯りの用意も無いし、慌てて引き返そうとしたのだが、振り返ったら背後の道が幾つにも分かれていて、自分がどこから来たのかさっぱり分からなくなっていた。
まずい。
「こ、こっちですかねー、にゃ王様。俺は迷ってません、迷ってませんよー」
え?
これもしかして、迷子とか?
いやいや。
平気平気。
「常に左の壁に沿って進みましょうねー。いやぁ、実に立派な自然の造形ですねー。ここをにゃ王国の観光スポットにしてはどうでしょうかー」
ていうかまたトンネルですか。
俺トンネルに良い思い出ないんですけ――いや、マイエンジェルS系美少女アーレちゃんに出会った――けど速攻振られたから――良い思い出ないんですけど。
ま、気になるのはそこで道じゃないですからね。
平気平気。
「迷ってませんからねーにゃ王様、大丈夫ですからねー。そう言えばにゃ王様の好きなものは何ですかー? 俺? 俺はにゃ王様です!」
にゃ王様を安心させるため、そう声をかけながら俺は進んだ。
平気平気。
「俺を信じてくださいねー」
うーん。
ズンズン迷っている。
困ったな。
そんなふうに道に集中していたから、俺は気付いていなかったのだ。
唐突に、にゃ王様のしっぽがひゅいんと回転し、俺の肩を叩いた。
ぱしん。
「な、何ですか、にゃ王様? 決して迷っていませんよ?」
「前を見るにゃ」
ほっ。
にゃ王様、彫像になっちゃった訳じゃないんですね。
ずっと目を細めて前を見たまま動かなかったから。
しかしにゃ王様の声は厳しい。
道に迷ったのバレたかな。
いや、迷ってないんですよ。
このまま左の壁に沿って進めば辿り着くんです。
出口にとは限らないけど――
「前を見るにゃ」
「はいっ!」
何だ?
何かヤバい……?
それはぼんやりとした直感だった。
視線を上げた先、前方の暗がりに、俺は眉を顰めるように目を凝らした。
「何だ……あれ」
光?
とても小さな光だ。それがすうっと横に、闇を移動した。
蛍みたいな。
一つ――いや、横に並んで二つ。
もう一度、すうっと、今度は右へ。
暗闇に、二つの光が浮かんでいた。
うわ。
また鼠の大群じゃないだろうな。
でも二つだけだし。
「奴にゃ」
「奴――?」
奴って、今回の目標の。
この地の、門番。
つまり敵だ。
「!」
その光が敵の双眸だと理解した、その瞬間――
ダンジョンの暗闇に、閃光が直角を描いた。
「下がるにゃ!」
咄嗟に一歩引く。
俺の頬を岩のように固いものが掠める。
その鋭さに背中が総毛立つ。
え、何?
何だ? 何か飛んできた?
石? 武器?
はっ
背中のちびっ子を守らなきゃ。
俺は背中をその光から庇いつつ、身構え――
再び閃光。
今度ははっきりと右頬を掠めた。
「熱っち!」
熱い。
火かと思ったけど炎はない。
火じゃない。
摩擦熱で熱いんだ。
何だ?
マジでなんか飛んで来てるのか?
でも飛んできたものが後ろに落ちたりした気配はない。
だいたい相手からだって、こんな暗いのに、狙い正確すぎないか?
目が慣れてるから?
俺は閃光が眩しくて、消える度に暗闇がより濃くなるばかりだ。
「右にゃ」
にゃ王様の指示に、俺は右からの攻撃を辛うじて避けた。
肩が岩壁にぶつかる。
ちびっ子!
背中のフードを覗き込む。
無事だ。ああ良かった。
この子を絶対に守らなきゃ。
けど。
今の――
頭があった場所を大砲の玉みたいのが通り過ぎた感覚があった。
ヤバイヤバイヤバイ。
なんかわからないけど、あれに当たったら、首から上が吹っ飛ぶんじゃないか。
自分の想像にぞっとする。
この暗闇の中、敵の攻撃は正確だ。
何度となく飛んでくる、硬い何かを懸命に避ける。
けど何度目の攻撃か、俺は避けきれず、とうとう右頬にずしりと重い衝撃を喰らった。
「ぐ……ッ」
身体が弾き飛ばされた。
後方の岩壁に背中からぶつかりそうになり、必死で身体を捻る。
「んぎー!」
頬から岩壁に叩きつけられたが、背中は無事だ。
いでで。
これ、かなりのハードモードだぞ。
絶対背中で受け身取れない。
けれど直接食らったことで、ようやく、敵の攻撃がわかった。
拳――
恐ろしく鋭く、重く、的確な拳だ。
さっき俺、この谷の名前は問題じゃないと言った。
あれは間違いだ。
フック谷。
この名前にこそ、敵の正体があったんだ。
つまり――
フック。
敵は、ボクサーだ。