第12話 四天王、登場!~攻略 フック谷~
「今日はフック谷を攻め落とすにゃ」
と、にゃ王様が魔王らしいことを仰った。
今日もにゃ王様はかわいい。
眼光鋭い肉食獣の雰囲気なのに全体がかわいい、この猫の絶妙なバランスはなんなんだろう。
神のつくり給いし芸術だな。
「分かりました!」
そして俺は今日も、クール猫が取り出した石板によって、よく分からないままに敵地、フック谷にあっさり送り込まれたのだった。
まずはざっとフック谷について確認したい。
クール猫いわく。
「我が魔王の国の北西に位置する、深い谷がフック谷です」
俺達が見ているのはにゃ王様の玉座の後ろにある世界地図だ。
南南西の星マーク、それがこのキャットタワーを示しているのだろう。
その周囲の赤いライン――
ん? 赤いライン、初めに見た時はなかったぞ?
今は円の右上がちょっと飛び出したみたいな、形で塔が囲まれている。
「その向こうに広がる広大な草原を魔王様の支配下としたい。ですがそれには一つ問題があるのです」
クール猫は玉座の中段に飛び乗り、尻尾で地図の一点を示した。
クール猫は玉座の中段まで乗ることを許されているのだ。
王と腹心て感じでいい。
クール猫は参謀みたいな感じなのかな。
「草原へはこのフック谷を通る必要があります。我が国が北へ拡大、進出するには、必ず手に入れたい場所なのです」
「しかし――」
ブルーの瞳がピタリと俺に向く。
よく見ると緑の虹彩が混じっていてとても綺麗な色だ。
猫の目って、ガラス細工みたいで綺麗だよね。
「ここを手に入れるには、先ほども言ったように大きな問題があります。それは、この地を守る門番――」
というわけで、その門番を倒すべく、四天王の俺が送り込まれたのだ。
フック谷は深く、そしてゴツゴツした岩がトンネルみたいにくり抜かれたような形状をしている。
岩壁が作り上げる狭い隙間みたいな通路が曲がりくねって続き、ところどころ屋根状に上空を覆い、そして場所によっては迷路みたいに入り組んでいるのだ。
アメリカのグランドキャニオンみたいって言えばいいかな。
あれの狭い渓谷版。
ある意味、絶景の観光スポットみたいな地形だ。
別名、キック谷。
またの名を、尻尾谷。
キック、尻尾とくると魔王軍に由来してるんだろうか。
猫キックに尻尾といえばにゃ王様。俺のにゃ王様だよね。
でもフックは何だ?
何か引っ掛けるとか?
ふっくぁい谷(注 深い谷)だったりして?
にゃ王様だしな。
さすが俺のにゃ王様。
「進むにゃ」
まあフック谷の由来は問題じゃない。
何と今回、にゃ王様が一緒なんだ。
初めから。
一緒にお出かけって感じで、俺の肩に乗っていらっしゃる。
へへ、嬉しい。
ベスポジですよ。
なんだか俺、にゃ王様にお仕えする騎士って感じしない?
四天王もいいけど、騎士。
騎士って響きいいよね。
「にゃ王様、楽しいですね」
「この前みたいな失態は許さないにゃ」
え?
失態?
声が裏返ったことですか?
あれはファルセットっていう高度な発声技法ですよ。
「今日こそ四天王としての威厳をみせてもらうにゃ」
「はい! お任せください!」
にゃ王様の目が眼光鋭くなった。
期待かな。
「今日は、お前に従者をつけるにゃ」
従者?
「こやつにゃ」
にゃ王様は尻尾をひゅいんと回転させた。
「にぁあ」
細い声がした。
猫――
仔猫?
にゃ王様の前に金色の丸いシャボン玉が浮かんだと思うと、俺の目の前にふわふわ漂い、ぱちんと割れた。
あっ
咄嗟に伸ばした手の中に、すとんと、何か塊が降りた。
ふわふわして、暖かい。
「――この子……」
仔猫だった。
手の中にすっぽりと収まっている。
茶色のほわほわな毛並みに、まだはっきりしないけどこげ茶の縞模様。
茶トラの仔猫だ。
茶トラのちびっ子だ。
さっき鳴き声が聞こえたが、もうすやすやと寝てしまっている。
「かわいい……」
いや。
ぎゃわいい……!
ぎゃんかわだーーーぁぁあ!!!
「お前はその者を今日一日、身体を張って護るのにゃ。無事護ればその者は正式にお前の従者となるにゃ」
「はいっ!」
絶対守ります!
必ず守ります!
めっちゃ守ります!
俺はすやすや寝ている茶トラのちびっ子を、一番安全なところはどこかと考えた末、自分のフードにそっと入れた。
その間もずっと寝てる。
もう、かわいい。
「この子の名前、何ですか?」
おっと。
にゃ王様もしかしてまた、独自センスなお名前つけてますか。
「まだ名前はないにゃ。お前がつけるにゃ」
ほっとした。いやいや。
でも俺がつけていいんですか?
ほんとに?
へへ、嬉しい。
帰ったらゆっくり考えよう。
「さあ、行くにゃ」
「はいっ!」
へへ。
俺の従者だって。
俺のが従者になりそう。絶対なる。
めっちゃお世話する。
あ、
「あくまでもにゃ王様が第一です。安心してください」
「無用な心配にゃ」
それは当然だって意味ですか? 意味ですね。
そんなこんなで気持ちははずみ、加えてやや観光気分で自然が作り出した複雑な地形を、楽しみながら浮かれて歩いていた俺は、『フック谷』――その名の恐るべき由来を、ほどなく知ることになった。
身をもって。