1-8
気づけば、時刻は、午後六時を少し過ぎていた。
我が家にある食材が少ないのか、瑠璃さんは、冷蔵庫とにらめっこしたのち、夕食を作り始めた。
ぼくと仁はというと、二階の自室にこもり、思い思いの時間を過ごしていた。
具体的には、ぼくはベッドで小説を読み、仁は十二畳もある、ぼくの部屋を物色していた。
けれど、とうとうぼくは、仁の物色にこらえきれなくなり、「そこには何もないぜ」と、タンスの中を荒らす仁に、声をかけた。
仁は作業を中断し、こちらに振り返った。
「人の部屋を荒らして、楽しいか?」
「お嬢に危害を加える物がないか、確認しているだけだ。場合によっては、没収しなければならないからな」
「たとえば、それは何さ」
こちらを見たまま、仁はタンスを閉めた。
「ナイフやスタンガン。そういった、武器になり得るものだ。あるのだろう?」
「ないね。第一、ぼくは、瑠璃さんを目の前で自殺させたいんだ。傷つけたいわけじゃない」
それを聞いた仁は、神妙な面持ちで、黙りこんだかと思えば、深くため息をついた。
「おいおい、何か言いたそうな顔をしているな、監督。頼むから、それが何か言ってくれよ」
ぼくの言葉を聞き、ようやく仁は口を開いた。
「坊主の性癖には、あまり触れぬようしていたが、どうしても気になることがある。さては貴様、お嬢の苦痛に満ちた顔を、見たいのではないのか?」
「それに肯定したら、監督は、どうするつもりだよ。ぼくのことを軽蔑するのか?」
「おっと、図星か?」
「残念、外れだよ。何度も言うように、ぼくは、瑠璃さんを目の前で自殺させたいんだ。だから、外れだ。それも、大外れだ」
ぼくは意地悪たっぷりに、仁を、せせら笑った。
すると、仁は見るからに機嫌をよくし、さらには「面白い奴め」と言う始末。
ぼくは、仁がマゾに目覚めたのかと思い、正直ゾッとした。
「なあ、監督は、何がそんなに面白いんだよ。というか、ぼくのどこが、そんなに面白いんだ?」
「どこも何も、すべてが面白い」
「それは、どういう意味だ?」
それっきり、仁は、ぼくの質問に答えてくれなくなった。
仁は、大きめのクッションにもたれかかると、自前のノートパソコンを膝に乗せ、何やら、キーボードを勢いよく打ち始めた。
ようやく、平穏が訪れたようだ。
ぼくは中断していた小説を、再び読み始める。
それから、しばらくすると、部屋の扉がノックされた。
瑠璃さんである。
「夕食できたよ」
待ってました。