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劇薬の夏空  作者: 最上優矢
第一章 一度きりの夏空
8/46

1-7

 共同生活に、もめごとは必須だ。

 その対策として、ぼくらは、いくつかの約束を考えることにした。

 書記は、瑠璃さんがふさわしいだろう、とぼくは勝手に決め、すぐに紙とボールペンを、彼女の前に差し出した。

 恐る恐る瑠璃さんを見ると、彼女は天使のように、明るく、ほほ笑んでいた。

「鬼羅くんは、とってもいい子だよ。だから、雑用……あとでたくさん、押しつけてあげるね」

「あ、はい」

 失礼、言葉を間違えたようだ。

 彼女は悪魔のように、薄気味悪く、ほほ笑んでいた。

 こうして、会議は始まった。

「一番風呂は、レディである、このわたしだからね」

「当然だけど、一番風呂にふさわしいのは、家の主である、このぼくだからな」

「二人のガキが何を言うかと思えば……当然、大人である、このわたしが一番風呂だ」

「何よ……二人とも、レディである、このわたしに逆らうっていうの?」

「家の主は、このぼくだぞ!」

「ガキのくせに、大人をなめるとはな……いいだろう、体罰の時間だ」

 こんな具合に会議が進行したため、思った以上に、会議は難航した。

 二時間後――苦労の末、ぼくらは七個の約束を作り上げた。

 一、一番風呂の権利があるのは、全員! じゃんけんで順番を決めたら、ローテーションで回すべし。

 二、食事は、女性の安藤瑠璃様に、お任せあれ。買い出しと食後の片付けは、野郎の仕事。

 三、掃除は、みんなで協力。

 四、ケンカした場合、話し合いで、解決すること!

 五、水道光熱費は、仁にお任せします。

 六、家の備品を壊した者は、きちんと鬼羅にまで、報告すること。

 七、警察に通報した者は、容赦なく殺す。

「うん、このくらいかな。あとは、わたしと鬼羅くんだけの約束を作らないとね。そうじゃないと、鬼羅くんは何をしでかすか、分からないもの」

「それは、どういう意味だ?」

 瑠璃さんは、怪訝な顔をするぼくを、じろりとにらみつけた。

「身に覚えは、あるでしょう?」

「きみから、にらまれるようなことをした覚えはないな。もう一度訊くけどね、それは、どういう意味だ?」

 これが言いがかりなら、ぼくは、たっぷり文句を言おうと決めていた。

 けれど、それは、かなわぬことだった。

「わたしと一緒に寝て、男女の間違いを起こす、なんてセクハラ発言をした変態は、誰だっけ? 加えて、わたしを自殺させようとしている、異常者は誰だっけ?」

「……少なくとも、監督ではないことは確かだな」

 このとき、ぼくは己の発言を呪った。

 身から出たサビ、とは、よく言ったものである。

「反省しても、もう遅いよ。前者も後者も、ろくでなしがすることだもん」

 本気で怒っているのか、瑠璃さんは、そっぽを向き、かたくなに、ぼくと視線を合わせようとしなかった。

 心にトゲが刺さり、切なくなったぼくは、目を伏せる。

 そして思わず、床に唾を吐き捨てたくなった。

 なぜって、今の瑠璃さんの言葉は、このぼくを真っ向から、否定する言葉だったからだ。

 それを瑠璃さんから言われると、ぼくの心の傷跡が、うずいてしまう。

「……それで、二人だけの約束って?」

 ぼくは気を取り直し、なんでもないふうを装った。

 瑠璃さんも、そんなぼくを見ならってか、不機嫌そうな表情をやめると、ニコッと笑顔を見せた。

「鬼羅くんの願望が、きれいさっぱり消え去って、わたしが、鬼羅くんのことを好きになった場合……そのときは、わたしと付き合ってね。約束だよ? 言うのが遅れたけど、これが、鬼羅くんを改心させる方法のひとつ。つまり、トラウマを抱える、鬼羅くんへの治療なの」

 ぼくが、その言葉の意味を理解する前に、テーブルの上にある、ぼくのスマートフォンから、愉快な着信音が鳴った。

 ぼくが自分のスマートフォンを、ぼんやり眺めていると、仁から「早く電話に出てしまえ、坊主。貴様の携帯の着信音は、なんともセンスが悪く、聞くに堪えん」と一喝されてしまい、急いでぼくは、スマートフォンを手に取った。

 タッチパネルを見ると、見知らぬ携帯番号からだった。

 こういう場合、電話に出るのは、あまりよろしくない。

 けれど――。

「貴様は、わたしに殺されたいのか? 早く電話に出るんだ、坊主」

「分かったよ!」

 むしゃくしゃとした気分のまま、ぼくは、見知らぬ携帯番号の呼び出しに応じた。

「もしもし?」

「あ、鬼羅さんですか? わたし、同級生の黒江レナ(くろえ・れな)です。お時間、よろしいですか?」

 黒江レナ――それは、我が二年一組の教室において、律儀ではあるが、同時に危険人物とされている、女子生徒だった(少なくとも、ぼくは、そのように彼女を捉えている)。

 ちなみに言うと、ぼくはレナさんのことが、それほど好きではない。

 なぜかと問われたのなら、ぼくは包み隠さず、そのわけを話そう。

 前に、レナさんは、とある将来有望な男子生徒とケンカし、男子生徒を三階教室の窓から、突き落とそうとしたことがあった。

 まるで、犯罪者になる前段階のようだ。

 先日など、レナさんは、とある女子生徒の髪を、教室で切ると言い出し、嫌がる女子生徒の髪を、ハサミで切り落としたこともあった。

 まるで、不良になる前段階のようだ。

 さらに、彼女は童顔だ。

 ぼくは童顔系が、大の苦手だった。

「ああ、レナさんか……どうして、ぼくの携帯番号を知っているの?」

「雷塔さんから、教えていただきました」

「奴か……それで、用は何?」

 雷塔が絡んでくるとなると、何か嫌な予感がする。

 いつだって、雷塔は、厄介事を持ってくるのだ。

 警戒するに、越したことはない。

 レナさんは、いささか緊張気味に、「鬼羅さん」とぼくの名前を呼ぶと、それから本題について、話し出した。

「工藤校長が読み上げた手紙、覚えていますよね? この楠木高等学校の生徒が、手紙の差出人を、自殺させようとしているっていう話です。その生徒なんですが、それは鬼羅さんなんですよね? ええと、雷塔さんから、聞きました。鬼羅さん、それは本当ですか? あなたは――」

「きみの話が、よく分からない。だから、じゃあね」

 ぼくは、レナさんに別れの挨拶を口にすると、彼女が返事をする前に、電話を切った。

 なぜって、これ以上の厄介事は、キャパシティオーバーだからだ。

「レナが、どうしたって?」

 興味津々に、こちらを見つめてくる瑠璃さんの視線を避け、ぼくは吐き捨てるように言った。

「知るか」

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