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劇薬の夏空  作者: 最上優矢
第一章 一度きりの夏空
6/46

1-5

 ぼくが慣れない急須に戸惑っている間、瑠璃さんと仁は、自分たちの部屋を決めたようで、二人は、それぞれの部屋に荷物を運ぶため、階段と廊下を行き来していた。

 二人の会話から察するに、瑠璃さんは二階右端の部屋を選んだらしく、仁のほうは、ぼくの部屋を選んだようだった。

 仁が同室とは、世も末である。

 二人がリビングに入る頃には、さすがのぼくも、緑茶を湯飲みに、いれ終えていた。

 テーブルの席まで、二人を案内し、いざ緑茶を差し出すと、ぼくの努力を、あざ笑うかのように、仁は「キンキンに冷えた、缶ビールが飲みたい」と言い出した。

 この家に缶ビールは置いていない、と言ったら、仁は「冷蔵庫をよく見てみろ」とのこと。

 冷蔵庫を見てみると――そこには二本の缶ビールが、なぜだか、うちの冷蔵庫で、よく冷えていた。

 さらに冷蔵庫を見てみると、おつまみ用のスモークチーズまでもがあった。

「不思議か? わたしが冷蔵庫に入れたのだ。さあ、早く缶ビールと、おつまみを持ってこい」

 ぼくは、缶ビールとスモークチーズを冷蔵庫から取り出すと、仁の前に差し出した。

「ほら、持ってきたぞ。何か言うことは?」

「貴様に言うことなど、何もない」

 仁は缶ビールを素早く開けると、ゴクゴクとあっという間に、中身を飲み干してしまった。

 仁は大きなゲップをすると、獣のようにうなった。

「やはり、肉体労働を終えたあとの一杯は、格別だな……坊主、二本目の缶ビールを持ってこい。――おい、坊主!」

 自分の呼びかけに応じなかったことへの仕打ちか、仁はビールの空き缶を、ぼくに投げつけた。

 空き缶は、ぼくの体に当たると、そのまま床に落ち、コロコロと転がった。

 ぼくはムッとして、仁をにらんだ。

 仁はスモークチーズの包装を取り、何食わぬ顔で、おつまみを口にしていた。

 なるほど、仁の奴は、このぼくをこき使うつもりだ。

 ならば、ぼくが返す言葉は、ひとつしかない。

「ぼくは茶坊主……客人を、茶でもてなすことしか知らぬ、拙僧。悪いけど、茶以外のことは、さっぱりなんだ」

 よほど、ぼくの言葉がおかしかったのか、瑠璃さんは口の中の緑茶を、豪快に噴き出してしまった。

 それを見て、ぼくは、なんだか興奮した。

 すると、当の瑠璃さんと目が合った。

 彼女は、そっぽを向いてしまったが、その顔は、にやけている。

 それほどまでに、ぼくは面白いことを言ったのだろうか?

「では茶坊主、客人であるわたしに、缶ビールをよこせ。そして、浅はかな知識しかないのなら、一生念仏でも唱えていろ。――茶坊主とは、武士の階級に属し、役割は茶の湯だけではなく、給仕や接待などに従事した者のことを言う。さて、もう分かるな? さあ、二本目の缶ビールを持ってこい!」

 我慢の限界だったらしく、不意に瑠璃さんが大笑いした。

 ぼくの言動で、瑠璃さんが笑う――それは嫌なことではない。

 けれど、茶坊主の意味を間違え、それを仁から指摘され、さらには、仁にこき使われるという現状は、非常にストレスがたまった。

「ところで、お嬢……いいかげん、坊主に打ち明けてみたら、どうだ?」

 ぼくが冷蔵庫から缶ビールを取り出し、王様気分の仁に、缶ビールを渡したところで――仁が瑠璃さんに訊いた。

 直後、瑠璃さんの顔から、笑みが消えた。

「どうしたのさ」

 ぼくが訊いても、瑠璃さんは、何も答えない。

 やがて、瑠璃さんは何かを決心したのか、大きくうなずいた。

 ぼくは席に戻るのも忘れ、瑠璃さんを、じっと見つめる。

 そうして、ぼくは瑠璃さんの口が開くのを待った。

 それから数十秒後――ようやく、瑠璃さんの口が開いた。

「鬼羅くんは『魔人』に会ったこと、あるかな? もちろん、わたしみたいな『半魔人』なんかじゃなくって、正真正銘の『魔人』に会ったこと……きみはある?」

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