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ぼくが慣れない急須に戸惑っている間、瑠璃さんと仁は、自分たちの部屋を決めたようで、二人は、それぞれの部屋に荷物を運ぶため、階段と廊下を行き来していた。
二人の会話から察するに、瑠璃さんは二階右端の部屋を選んだらしく、仁のほうは、ぼくの部屋を選んだようだった。
仁が同室とは、世も末である。
二人がリビングに入る頃には、さすがのぼくも、緑茶を湯飲みに、いれ終えていた。
テーブルの席まで、二人を案内し、いざ緑茶を差し出すと、ぼくの努力を、あざ笑うかのように、仁は「キンキンに冷えた、缶ビールが飲みたい」と言い出した。
この家に缶ビールは置いていない、と言ったら、仁は「冷蔵庫をよく見てみろ」とのこと。
冷蔵庫を見てみると――そこには二本の缶ビールが、なぜだか、うちの冷蔵庫で、よく冷えていた。
さらに冷蔵庫を見てみると、おつまみ用のスモークチーズまでもがあった。
「不思議か? わたしが冷蔵庫に入れたのだ。さあ、早く缶ビールと、おつまみを持ってこい」
ぼくは、缶ビールとスモークチーズを冷蔵庫から取り出すと、仁の前に差し出した。
「ほら、持ってきたぞ。何か言うことは?」
「貴様に言うことなど、何もない」
仁は缶ビールを素早く開けると、ゴクゴクとあっという間に、中身を飲み干してしまった。
仁は大きなゲップをすると、獣のようにうなった。
「やはり、肉体労働を終えたあとの一杯は、格別だな……坊主、二本目の缶ビールを持ってこい。――おい、坊主!」
自分の呼びかけに応じなかったことへの仕打ちか、仁はビールの空き缶を、ぼくに投げつけた。
空き缶は、ぼくの体に当たると、そのまま床に落ち、コロコロと転がった。
ぼくはムッとして、仁をにらんだ。
仁はスモークチーズの包装を取り、何食わぬ顔で、おつまみを口にしていた。
なるほど、仁の奴は、このぼくをこき使うつもりだ。
ならば、ぼくが返す言葉は、ひとつしかない。
「ぼくは茶坊主……客人を、茶でもてなすことしか知らぬ、拙僧。悪いけど、茶以外のことは、さっぱりなんだ」
よほど、ぼくの言葉がおかしかったのか、瑠璃さんは口の中の緑茶を、豪快に噴き出してしまった。
それを見て、ぼくは、なんだか興奮した。
すると、当の瑠璃さんと目が合った。
彼女は、そっぽを向いてしまったが、その顔は、にやけている。
それほどまでに、ぼくは面白いことを言ったのだろうか?
「では茶坊主、客人であるわたしに、缶ビールをよこせ。そして、浅はかな知識しかないのなら、一生念仏でも唱えていろ。――茶坊主とは、武士の階級に属し、役割は茶の湯だけではなく、給仕や接待などに従事した者のことを言う。さて、もう分かるな? さあ、二本目の缶ビールを持ってこい!」
我慢の限界だったらしく、不意に瑠璃さんが大笑いした。
ぼくの言動で、瑠璃さんが笑う――それは嫌なことではない。
けれど、茶坊主の意味を間違え、それを仁から指摘され、さらには、仁にこき使われるという現状は、非常にストレスがたまった。
「ところで、お嬢……いいかげん、坊主に打ち明けてみたら、どうだ?」
ぼくが冷蔵庫から缶ビールを取り出し、王様気分の仁に、缶ビールを渡したところで――仁が瑠璃さんに訊いた。
直後、瑠璃さんの顔から、笑みが消えた。
「どうしたのさ」
ぼくが訊いても、瑠璃さんは、何も答えない。
やがて、瑠璃さんは何かを決心したのか、大きくうなずいた。
ぼくは席に戻るのも忘れ、瑠璃さんを、じっと見つめる。
そうして、ぼくは瑠璃さんの口が開くのを待った。
それから数十秒後――ようやく、瑠璃さんの口が開いた。
「鬼羅くんは『魔人』に会ったこと、あるかな? もちろん、わたしみたいな『半魔人』なんかじゃなくって、正真正銘の『魔人』に会ったこと……きみはある?」