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劇薬の夏空  作者: 最上優矢
第一章 一度きりの夏空
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1-4

 瑠璃さんと仁が、我が家で居候するにあたって、まずは二人の部屋を確保することから、始めなくてはならなかった。

 幸いにも、ぼくが住む一戸建ては、二階建ての8LDKである。

 人が二人増えても、窮屈に感じることはないだろう。

「わたしの部屋だけど、鬼羅くんの部屋から、一番離れた部屋がいいなぁ。わたしが寝ている間、鬼羅くんが、わたしを襲ってくるかもしれないしね」

 ぼくらは横一列に並んで、二階の空き部屋を、順番に見て回っていた。

「どうしてだ? どうせなら、一緒の部屋で寝ようぜ」

「……一応聞くけど、それはどうして?」

 微笑する、瑠璃さん。

 けれど、その目は笑ってなどいない。

「当たり前だろう? 男女の間違いを、起こすために決まって――」

 そんな問題発言をした途端、ぼくの頬に、ビンタが飛んできた。

 当然、このビンタは、瑠璃さんがしたものだ。

 グルグル、グルグル……お星様が、グルグルグルグル。

 ぼくが、お星様状態から立ち直ったとき、すでに瑠璃さんは空き部屋に入って、部屋の様子を眺めていた。

「喜べ、坊主。お嬢と同室がいいとほざく貴様を見張るため、このわたしが、坊主と同室になってやろう」

 仁は、ぼくの肩を強めにたたくと、豪快に笑い出す。

 思いのほか、それが肩に響いたため、ぼくは顔をしかめた。

「ふん、あんたの勝手にしろ」

「安心しろ、坊主。わたしとて、大人だ。貴様が気にかけなくとも、わたしは勝手に、物事を決めるさ」

 またも仁は、豪快に笑い出すと、先に空き部屋を見ていた瑠璃さんと合流する。

「……ふん」

 一人になったぼくは、物思いにふけった。

 二階の空き部屋を見て回るのは、この部屋で最後である。

 どうせ、仁の寝床は、二階のぼくの部屋になるだろうし、瑠璃さんの部屋に至っては、ぼくの部屋から、一番離れた部屋――二階右端の部屋を選ぶだろう。

 というか、瑠璃さんは、ぼくを警戒しすぎである。

 そこまでぼくを警戒するのなら、いっそ、外の庭を寝床にすればいい。

 いくらぼくでも、わざわざ日光の当たる庭にまで行き、「さあ、瑠璃さん。男女の間違いを起こそう」と言う気にはならない。

 もしも、ぼくが、それを言う気になったとしても、すでに彼女は熱中症で、虫の息になっていることだろう。

 南無。

 そのとき、仁が大声を出した。

「休憩にするぞ、坊主。おかしなところに突っ立っていないで、茶を出せ、茶を」

 後ろに振り返ると、すでに空き部屋を見終えたのか、仁は階段の前にいた。

「あいよ」

 ぼくは間の抜けた返事をしてから、仁とともに階段を下りる。

「そういえば、瑠璃さんは――」

「お嬢なら、先に階段を下りていったよ。分かるか、坊主。貴様は、置いていかれたんだよ」

「はあ」

 いまだに、ぼくは伊達仁という男が、理解できない。

 何が解せないかというと……なぜ、仁は瑠璃さんのことを「お嬢」と呼ぶのか?

 それに対する瑠璃さんも、仁には高飛車な物言いをする。

 実に不可解であり、不快でもある。

「それとな、坊主」

 階段を下りきったと同時に、仁はドスの利いた声で、ぼくを呼び止めた。

「お嬢と約束したルール以外で、貴様が、お嬢に手を出すことは、断じて許さない。なんであろうと、絶対にだ。それだけは、肝に銘じておけ」

 瑠璃さんは卑怯である。

 確かに、ぼくは自分の願望をかなえるため、瑠璃さんとの勝負に乗ることを選んだ。

 けれど、その勝負は、ぼくたち二人だけの勝負ではなかった。

 大人である仁も、この勝負に関わっているのだ。

 仁の役割とは、この勝負の監督役だった。

「…………」

 冷静になれ、真田鬼羅。

 嫉妬という感情も、この仁という男を前にしては、みすぼらしくなってしまう。

 では、どうするか?

 その答えなら、ひとつある。

 仁のことを、監督と呼ぶのだ。

「分かったよ、監督」

 はて、と仁は首をかしげた。

「念のために聞くが、その呼び名は、一体どこからきたのだね?」

「あんたは、ぼくたちの勝負を監督する役目があるんだろう? なら、あんたは監督だ。以後、ぼくは、あんたをそう呼ぶことにした。なお、あんたに拒否権はない」

 仁はキザったらしく笑うと、ぼくに握手を求めてきた。

 何がなんだか分からないまま、ぼくは仁と握手を交わした。

「なるほどな。道理で、お嬢が貴様を気に入るわけだ。やはり、お嬢の尾行は、ムダではなかった、というわけか」

「尾行って……それは、きょうのことを指しているんだろうな?」

「貴様に、そこまで教える義理はない。……まあ、坊主の想像に任せるさ」

 仁は不穏なことを言ってから、廊下を大股で歩き出し、リビングの中へと姿を消した。

「茶を入れろ、坊主」

 リビングから、ぼくを呼ぶ、仁の声がする。

 仕方がない。

 ぼくは重たい足取りで、リビングへと向かった。

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