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瑠璃さんと仁が、我が家で居候するにあたって、まずは二人の部屋を確保することから、始めなくてはならなかった。
幸いにも、ぼくが住む一戸建ては、二階建ての8LDKである。
人が二人増えても、窮屈に感じることはないだろう。
「わたしの部屋だけど、鬼羅くんの部屋から、一番離れた部屋がいいなぁ。わたしが寝ている間、鬼羅くんが、わたしを襲ってくるかもしれないしね」
ぼくらは横一列に並んで、二階の空き部屋を、順番に見て回っていた。
「どうしてだ? どうせなら、一緒の部屋で寝ようぜ」
「……一応聞くけど、それはどうして?」
微笑する、瑠璃さん。
けれど、その目は笑ってなどいない。
「当たり前だろう? 男女の間違いを、起こすために決まって――」
そんな問題発言をした途端、ぼくの頬に、ビンタが飛んできた。
当然、このビンタは、瑠璃さんがしたものだ。
グルグル、グルグル……お星様が、グルグルグルグル。
ぼくが、お星様状態から立ち直ったとき、すでに瑠璃さんは空き部屋に入って、部屋の様子を眺めていた。
「喜べ、坊主。お嬢と同室がいいとほざく貴様を見張るため、このわたしが、坊主と同室になってやろう」
仁は、ぼくの肩を強めにたたくと、豪快に笑い出す。
思いのほか、それが肩に響いたため、ぼくは顔をしかめた。
「ふん、あんたの勝手にしろ」
「安心しろ、坊主。わたしとて、大人だ。貴様が気にかけなくとも、わたしは勝手に、物事を決めるさ」
またも仁は、豪快に笑い出すと、先に空き部屋を見ていた瑠璃さんと合流する。
「……ふん」
一人になったぼくは、物思いにふけった。
二階の空き部屋を見て回るのは、この部屋で最後である。
どうせ、仁の寝床は、二階のぼくの部屋になるだろうし、瑠璃さんの部屋に至っては、ぼくの部屋から、一番離れた部屋――二階右端の部屋を選ぶだろう。
というか、瑠璃さんは、ぼくを警戒しすぎである。
そこまでぼくを警戒するのなら、いっそ、外の庭を寝床にすればいい。
いくらぼくでも、わざわざ日光の当たる庭にまで行き、「さあ、瑠璃さん。男女の間違いを起こそう」と言う気にはならない。
もしも、ぼくが、それを言う気になったとしても、すでに彼女は熱中症で、虫の息になっていることだろう。
南無。
そのとき、仁が大声を出した。
「休憩にするぞ、坊主。おかしなところに突っ立っていないで、茶を出せ、茶を」
後ろに振り返ると、すでに空き部屋を見終えたのか、仁は階段の前にいた。
「あいよ」
ぼくは間の抜けた返事をしてから、仁とともに階段を下りる。
「そういえば、瑠璃さんは――」
「お嬢なら、先に階段を下りていったよ。分かるか、坊主。貴様は、置いていかれたんだよ」
「はあ」
いまだに、ぼくは伊達仁という男が、理解できない。
何が解せないかというと……なぜ、仁は瑠璃さんのことを「お嬢」と呼ぶのか?
それに対する瑠璃さんも、仁には高飛車な物言いをする。
実に不可解であり、不快でもある。
「それとな、坊主」
階段を下りきったと同時に、仁はドスの利いた声で、ぼくを呼び止めた。
「お嬢と約束したルール以外で、貴様が、お嬢に手を出すことは、断じて許さない。なんであろうと、絶対にだ。それだけは、肝に銘じておけ」
瑠璃さんは卑怯である。
確かに、ぼくは自分の願望をかなえるため、瑠璃さんとの勝負に乗ることを選んだ。
けれど、その勝負は、ぼくたち二人だけの勝負ではなかった。
大人である仁も、この勝負に関わっているのだ。
仁の役割とは、この勝負の監督役だった。
「…………」
冷静になれ、真田鬼羅。
嫉妬という感情も、この仁という男を前にしては、みすぼらしくなってしまう。
では、どうするか?
その答えなら、ひとつある。
仁のことを、監督と呼ぶのだ。
「分かったよ、監督」
はて、と仁は首をかしげた。
「念のために聞くが、その呼び名は、一体どこからきたのだね?」
「あんたは、ぼくたちの勝負を監督する役目があるんだろう? なら、あんたは監督だ。以後、ぼくは、あんたをそう呼ぶことにした。なお、あんたに拒否権はない」
仁はキザったらしく笑うと、ぼくに握手を求めてきた。
何がなんだか分からないまま、ぼくは仁と握手を交わした。
「なるほどな。道理で、お嬢が貴様を気に入るわけだ。やはり、お嬢の尾行は、ムダではなかった、というわけか」
「尾行って……それは、きょうのことを指しているんだろうな?」
「貴様に、そこまで教える義理はない。……まあ、坊主の想像に任せるさ」
仁は不穏なことを言ってから、廊下を大股で歩き出し、リビングの中へと姿を消した。
「茶を入れろ、坊主」
リビングから、ぼくを呼ぶ、仁の声がする。
仕方がない。
ぼくは重たい足取りで、リビングへと向かった。