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劇薬の夏空  作者: 最上優矢
第一章 一度きりの夏空
2/46

1-1

「今から、わたしが読み上げるものは、わたし宛に届いた匿名の手紙だ。無論、楠木高等学校くすのき・こうとうがっこうの一生徒が、わたしの執務室の机に、忍ばせたものであるということ、それに相違はない」

 一学期が終わると、ぼくら生徒は夏休みに入り、それぞれ休暇を楽しむ。

 それが当たり前のはずだ。

 しかし、終業式から三日が経った、七月二十一日の火曜日――突如、楠木高等学校の工藤博行くどう・ひろゆき校長が、PTAの反対を押し切る形で、強引に緊急全校集会を開いた。

 どうして、工藤校長が緊急全校集会を開くに至ったのか? ――話の大筋は、まだ聞いていないが、どうやら原因は、一人の生徒が工藤校長に宛てた手紙のようだった。

「まさか、あの堅物校長……自分に届いた教え子のラブレターをさらすため、こんな全校集会を開いたわけじゃないよね? もしもそうなら、ボクは黙っていないよ」

 前列から、そんな女性の声が聞こえてきた。

 一人称が「ボク」の女性は、この高校に一人しかいない。

 ボクっ子の少女、小野アリス(おの・ありす)だろう。

 アリスさんのキリッとした瞳、それはどこか気高く、近寄りがたい印象を与えてしまうのだが、それはそれで、彼女の持ち味なのだと、ぼくは常々思っていた。

 よきかな。

「この手紙は、我が校の生徒が発したSOSだ。教職者たるもの、このようなSOSを見逃すわけにはいかない。ところで、日本の学校というものは、よいことを学ぶよりも、悪いことを学ぶほうが多い。具体的に言うと、日本の学校は、協調性よりも、同調性を求める傾向が大変強く、近頃のわたしは、危機感を覚えている。だからこそ、今ここで、わたしは全教職者に告ぐ。これは教職者による仕業だ、悪徳だ。愚かなる我々は、日本の学校を、そこまでおとしめたのだ。どう言い訳しても、これは……」

 しばらくの間、ぼくは工藤校長を遠くから眺めていたが、必要以上に、話をもったいぶる工藤校長にあきれ、工藤校長から、目をそらしてしまった。

 ぼくは体育館を見回し、緊急全校集会に参加している生徒の人数を、目算することにした。

 それによると、ほぼ全生徒が、この緊急全校集会に参加していることが分かった。

 もう一度、ぼくは生徒の人数を目算しようと、体育館を見回そうとした。

 そのとき、ぼくは見てしまった。

 何を目撃したのかというと――体育館の暑さのせいか、付近の女子生徒が、胸元をはだけさせ、上半身のワンピース(緊急全校集会のため、制服の着用は任意だった)を、上下にばたつかせている姿だ。

 公衆の面前で、そんなことをするとは、なんてけしからん。

 不意に、女子生徒がこちらを見た。

 なぜそうなったのか、それは分からないが、ぼくらはバカみたいに見つめ合う。

 気まずい。

 やがて、女子生徒は顔を赤らめさせ、その場に、うずくまってしまった。

 さては、ぼくに一目惚れしたか?

「……おっと」

 気づけば、工藤校長は、手紙の本文を読み上げていた。

 これは、まじめに聞かなければいけない。

 手紙の始まりの文言は、こうだった。

 わたしは『魔人』です――。

「いくら、あなたがたが、わたしのことを『人間』と呼び、そうなのだと決めつけようとしても、わたしが『魔人』だという事実は変わりません。

 なぜなら、わたしは人の闇を、この目で視ることのできる能力者だからです。

 これだけ言うと、それはとんでもなく生易しいものに聞こえるでしょう。

 わたしとて、そんなことで、あなたに手紙を差し上げたわけではありません。

 問題は、その先にあるのです。

 わたしは自身の能力を通して、彼の闇を視ました。

 ずばり、言いましょう。

 工藤校長、あなたの教え子は……わたしを自殺させようとしています」

 その言葉は絶対零度の矢、そのものだった。

 絶対零度の矢は、ぼくの胸を簡単に貫いた。

 息が苦しい。

 ぼくは、ハッと我に返り、最前列にいる彼女の後ろ姿を凝視した。

 安藤瑠璃あんどう・るり――彼女こそ、例の手紙を書いた人物だ。

 憶測などではない。

 なぜなら、ぼくは安藤瑠璃のことを、自殺させようとしているからだ。

 もしも、彼女が手紙を書いた人物なら、ぼくの願望など、とうに視えているに違いない。

 よって、手紙の中の「彼」とは、ぼくを指す。

 工藤校長に手紙を書いた人物とは、安藤瑠璃――彼女なのだ。

 ぼくは瑠璃さんから目を離すと、工藤校長や、ほかの教員の様子を見ることにした。

 どうやら、この工藤校長の発言に対し、教員一同は、血相を変えたようだった。

 彼らはステージに上がると、工藤校長を羽交い締めにする。

 これを見た生徒らのおしゃべりも相まって、いつしか、体育館は騒然と化していた。

 若い教員と中年の教頭に、羽交い締めされてもなお、工藤校長はあきらめない。

 工藤校長は演台のマイクに顔を近づけ、演説を続ける。

「我が校の教職員は、この問題に見向きもせず、これは、ただのいたずらなのだと現実逃避し、上層部の圧力を借りると、わたしを失脚させた。この手紙が事実で、それが真実ならば、きみたち生徒の手で、これを解決してほしい。わたしは、きみたちを――」

「マイクだ、マイクを切れ!」

 不意に、教頭が大声で叫んだ。

 直後、スピーカーから、耳障りなハウリングがした。

 教頭の指示により、別の教員によって、演台にあるマイクの電源が切られる。

 マイクという大きな力を失った工藤校長は、無念とばかり、その場で、がっくりとうなだれてしまうのであった。

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