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花筏6

 ある日、お母さんがデパートにつれていってくれた。

 お母さんはなんだか優しくて、いろんな話をしてくれた。

 お母さんは新しいゲームを買ってくれた、マンガも買ってくれた。

 夜になるとお寿司を食べた。すごくおいしかった。

 その間も、お母さんはにこにこしていて、おばあちゃんが死ぬ前のお母さんみたいだった。

 ぼくも嬉しくなって、明日は久しぶりにかっちゃんやりょうくんと新しく買ってもらったゲームで遊ぼうと思った。その前に少し練習して、かっちゃんやりょうくんに自慢したかったので、そろそろ帰ろうよと言った。

「うん。そうね」

 お母さんは、そう言ったきりだまってしまって、帰ろうともしなかった。ぼくはお母さんが、まただまったままのお母さんになってしまったのかと思って、急に怖くなってしまった。

「ねぇ、帰ろうよ」

 怖くなったぼくがそう繰り返すと。

「そうね。行こっか」

 と言って、今度は立ち上がった。

 ぼくは、お母さんが話してくれたのでほっとした。

「うん。行こう」

 ぼくも、勢いよく立ち上がった。


 外に出たお母さんは、でも家へ帰る駅とは違う方向に歩き出した。

「お母さん、駅は向こうだよ」

「うん。でも、今日はお月様も満月だし、桜を見に行ってから帰ろうよ」

 ぼくはイッコクも早く家に帰ってゲームをしたかったから、そう言おうと思ったんだけど、お母さんの顔を見たらなんだか言えなかった。

 お母さんはとても優しい顔をしていた。

 でも、やっぱりゲームがやりたかったから

「夜に桜なんか見えるの?真っ暗だよ」とだけ言った。

「大丈夫。ちゃんと見えるんだから」

 お母さんはちょっと自慢気にそう言って、歩き始めた。


 ぼくたちがついた場所は川だった。川の両側に桜が植えてあった。でも、その桜は今までお花見で見た、どの桜よりも小さかった。桜が植えてある場所と川の間は人が歩けるようになっていた。僕とお母さんはそこを歩いた。電気が少しだけついていて、なんとなく桜があるのはわかるけど、電気の数が少なすぎて桜はちゃんと見えなくて、きれいでもなかった。

 お母さんは、道を歩いている途中で突然止まって、川をのぞきこんだ。

 何があるんだろうと思って、ぼくも川をのぞいてみたけど、散った桜の花びらが浮いてるだけで、他には何もなかった。

 お母さんは、だまったままぼくの手をにぎった。

 お母さんの手はびっくりするぐらい冷たかった。

「お母さん、手、つめたいよ」

 ぼくはそう言って、お母さんの手を離そうとしたけれど、お母さんはぼくの手をぎゅっと強くにぎってはなしてくれなかった。

「痛い。お母さん、痛いって」

 ぼくは、そう言ったけど、お母さんは何も言わなかった。手も離してくれなかった。

 お母さんは、ぼくの手をにぎったまま、ずっとだまっている。

 ずっと川をのぞきこんでいる。

 あぁ。

 ぼくはわかった。

 お母さんはぼくと死のうとしている。この川に飛び込んで死んじゃおうとしている。

 ぼくは死にたくなかった。死ぬのは怖かった。たとえ、お母さんと一緒でもぼくは死ぬのはいやだった。

「ねぇ、お母さん、ここぼく好きじゃない。なんかつまんないし。おうちに帰ろうよ。寒いし。ぼく、ちょっと熱があるかもしれない。お母さん、ぼく気持ち悪い。お医者さんにいった方がいいかもしれない。ねぇ、お母さん。お母さん。お母さんってば。ねぇ。ねぇ。ねぇってば。お母さん」

 思いつく限りの理由を並べ立てた。自然と涙が出てきて、泣き声になってしまった。

 ぼくは、お母さん。お母さんと呼びつづけた。

 お母さんはぼくを一瞬みて、小さく頷くと。また川に目をやった。ぼくの腕がお母さんに引っ張られる。お母さんの手に力が入る。お母さんの目は川をみている。お母さんにひっぱられてぼくの頭が川の上に出る。ぼくは怖くて目をつぶる事もできないまま、川をみる。

 いっぱいの花びらがういている。桜の花びら。その桜の花びらに満月に照らされたお母さんと僕の影が映っている。

 

 突然、風が吹いて桜の木がざわざわと鳴った。


「だれ?」

 おびえたようなお母さんの声。

「そんな、そんなことって」

「でも、じゃぁ、本当に」

「うん。そう。でも」

 お母さんの声。ぼくは怖くて怖くて声をあげて泣いていた。

 何がおこったかわからないまま、ただただ泣いていた。

 泣いているぼくには、お母さんの声も、もう聞こえなかった。

 どれくらいそうしていたのかわからない。

 お母さんがふいに泣いているぼくを抱きしめてくれた。

 暖かかった。

「うん。うん。わかった」

「わかった。ありがとう」

 ぼくの背中でお母さんの声がする。

 そうして、しばらくお母さんに抱きしめられているうちにぼくは眠ってしまった。


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