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花筏5

2.誠

 ぼくは、もう子供じゃない。

 だから、だいたい何がぼくたちの家族におこったのかも。ちゃんとわかっていた。

 ぼくの家族はお父さんとお母さんとおばあちゃんとぼくの四人。

 ぼくのお父さんとお母さんはお仕事が忙しいから、学校が終わってぼくが家に帰ってもおばあちゃんしかいない。

 おばあちゃんは、お母さんのお母さんで、普段は優しいんだけど、ぼくがごはん食べているときにひざをたてたり、きたない言葉をつかったりすると強力に怒る。怒るとマジで怖い。

 学校から帰って、ランドセルを置くとぼくは友達のかっちゃんやりょう君と遊ぶ。

 かっちゃんとりょう君がいそがしくて遊べない時は、おばあちゃんと遊ぶ。

 おばあちゃんは、近所のお店にあんみつを食べにつれていってくれたり、おばあちゃんの友達の家へいっしょにつれていってくれる。

 おばあちゃんの友達はおかしやおこづかいをたまにぼくにくれるので、ぼくはおばあちゃんの友達が好きだ。だから、おばあちゃんもやっぱり本当は優しいんだと思う。

 でも、おばあちゃんは今、病気になってしまって入院している。

 おばあちゃんの病気はもう治らない病気らしい。

 だから、おばあちゃんはもうすぐ死んでしまうのだろうと思っている。

 おばあちゃんの友達も心配して、よく電話をかけてくるけれど、お母さんは仕事かおばあちゃんの病院にいっていて家にはいないことが多いから、だいたいはぼくが電話に出て誰もいないって言うんだけど、たまにお母さんがいて電話に出ると、最後の方で必ずお母さんは泣いてしまう。だから、ぼくはおばあちゃんの友達が最近は好きじゃなくなってしまった。

 おばあちゃんの病院にぼくもおみまいに何回か行った。

 おばあちゃんはからだのいろんなところにチューブをつながれて、痛そうで苦しそうだった。

 でも、ぼくが一回いったとき、ちょっと元気そうでおみまいにもらったリンゴやバナナをたべなさいと言ってきた。ぼくはなんとなくたべたくなくて断った。そしたら、おばあちゃんは誠はいちごが好きなんだったね。と言って枕もとのがまぐちから千円くれて、これで帰りにいちごを買いなさい、と言った。

 なんとなく、もらっちゃわるいような気もしたけど、お父さんもお母さんもなんだかにこにこ見ていたから、もらわないとわるいような気もしてきて、結局もらった。

 もらったお金のことはお父さんもお母さんも何もいわなかったし、いちごを買いなさいとも言われなかったから、ぼくは後でマンガとおかしを買って、いちごは買わなかった。

 病院にいくと、おばあちゃんが病気な事がかなしくなった。でも、基本的にはぼくはかっちゃんやりょう君と遊んでいることに変りがないので、あんまりじっかんはなかった。

 おばあちゃんがいなくなってはじめのころはものすごくさみしかったけど、今ではそれにもなれてしまった。



「おまえ、ほんとパス出すのへただなぁ」

「そんなことないよ」

「あるんだって。なぁ?」

「そうそう、パスが正確じゃないとプレーが続かないだろう」

「そんなのわかってるよ」

「じゃ、練習あるのみだな」

「そうそう、練習あるのみ」

「練習?」

「そうそう」

「何やんの?」

「今から、壁パス100本な」

「ひゃ、ひゃっぽ〜ん?」

「そう、ひゃっぽ〜ん!」

「ひゃっぽ〜ん」

 ぼくとかっちゃんとりょう君がそう言いながら、ぎひひひひと笑い会ってるところに、お父さんがきた。

 ぼくたちの遊んでいるところに、お父さんが来ることなんて今まで一度もなかったから、ぼくはびっくりした。

「あ、お父さん」

「誠、おばあちゃんの具合が悪くなった。これからすぐに病院に行くぞ」

 お父さんの顔も声もすごく怖かったから、ぼくも急に怖くなってしまった。

 お父さんは、それだけ言うと家の方に歩き出してしまった。

「お父さん、待って」

 ぼくはお父さんの後を追いかけた。

 かっちゃんとりょう君にバイバイしなかったのも、今まで一度もないことだった。

 それから、お父さんと病院に行った。

 お母さんは先に病院に居た。

 病院についても、おばあちゃんの居る部屋には入る事ができなかった。

 僕たちはおばあちゃんの部屋からちょっと離れた所にあるソファでただ座っているだけだった。

 お父さんもお母さんも一言も何にも言わなくて静かだった。

 ちょっと離れたところには、親戚のおばちゃんといとこも居た。お母さんは時々、なぜか怒った顔でおばちゃんを睨んでいた。でも、誰も何もしていなかった。ぼくも何もすることがないから、ただじっとしていた。

 看護婦さんがあわててやって来て、みなさん病室へと言って歩き出したので、ぼくたちは看護婦さんについていった。

 病室の中で先生がおばあちゃんに心臓マッサージみたいなことをしていたけど、本当は何をしていたのかぼくにはわからなかった。

 少したってから、先生がその心臓マッサージみたいなことをやめて、こちらを向いた。

 先生が何か小さい声で言った、ぼくはなんだか怖くてベッドから離れたところにいたから、何を言ったかは聞こえなかった。

 お母さんが泣いた。

 おばあちゃんが死んだ。



 それから、なんだかみんなすごく忙しそうだった。

 親戚の人とか近所の人とか知らない人がいっぱい集まっていた。

 お通夜があってお葬式があって、みんな泣いていた。ぼくも泣いた。悲しかった。おばあちゃんと遊んだ事をいっぱい思い出した。寂しくて、やっぱり悲しかった。

 そういう事が全部おわると家の中は静かになった。

 ぼくは普通に学校に行くようになり、かっちゃんやりょうくんと遊ぶようになった。

 かっちゃんとりょうくんが用事があって遊べない時は一人でマンガを読む。

 お父さんもお母さんも会社に行くようになった。

 でも、お母さんは家にいる時にあまりお話をしてくれなくなった。

 たまに、おばあちゃんの仏壇に向かって泣いているのを見かけたけど、なんていっていいかわからないから、知らないふりをして何も言わなかった。

 お父さんはお母さんをなぐさめていた。

 毎日、毎日、同じような感じだった。

 お母さんは泣いたり、ぼんやりしたりして、お父さんがはげましたり、元気付けたりしていた。

 でも、だんだんお母さんが泣いていたり、ぼんやりしていたりすると、お父さんがおこるようになってきた。

「いつまでも泣いたって、どうしようもないだろう!」

「おまえがぐずぐず泣いているから、家が暗くて俺はうんざりだ!」

「鬱陶しい!泣くならどこか見えないとこで泣け!」

 お母さんは泣かなくなった。

 お父さんはお母さんをなぐるようになった。

 お母さんは何も言わなかった。

 お父さんは家に帰ってこなくなった。

 ぼくはかっちゃんやりょうくんと遊ばなくなった。

 なんだか、何をしてもつまらなくなった。


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