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花筏3

「あ。雨」

「え?あ、ホントだ。雨降ってんだぁ」

「これじゃ花見なんか出来ないよな」

「どうすんだろ?」

「さぁ」

「場所取りに行ってる一年生は?」

「さぁ」

「健一、さぁしか言わないのな。ま、俺、ちょっと上戻って相談してくるワ」

「あぁ」

 早めに業務を切り上げて花見の宴席へ向かおうとしていた俺達は玄関まで出て、雨が降っている事にやっと気が付いた。

 俺は、玄関に一人取り残されて手持ち無沙汰のまま、ただ雨をながめていた。

 意外と寒いんだなぁ。そう言えば、花見って毎年寒いもんなぁ。

 ほんとんとこ、あんま好きじゃないんだよね。花見。面倒だし。

 あ。戻ってきたか。

 場所取りに行かせていた、新入社員の内、二人がこちらに歩いてきているのが見えた。

「藤崎さん」

「あぁ、お疲れ。雨ふっちゃったなぁ」

「そうなんですよ。折角、場所取りしてたのに。今日、やっぱ中止ですかね?」

「さぁ。でも、中止だろ。今、香取が上に相談しに行ってるけど」

「ですよね。一応、他の連中は場所取り続けてるんですけど」

「戻って来させて問題ないと思うけど。ま、香取もすぐに戻ってくるだろうから、その結果しだいで連絡すればいいだろう」

「そうですね。ま、そんなすごく降ってるってワケでもないんですけどねぇ……」

「でもなぁ、傘さして花見ってワケにも行かないし、濡れながら花見ってワケにも行かないしな」

「そりゃ、そうですよね」

 確かに、雨の降りはさほどでもない。

 それにしても、即断できそうなものなのに香取はやたら時間かかってるなぁ……。新人との会話の途切れた俺は降る雨を見るともなく見ながら、そんな事を考えていた。

 少し離れた場所で新人同士話している声が聞こえてくる。

「あれ?おまえ、時計買ったの?」

「へっへぇ、いーっしょ。これ!?」

「見せてみ?」

「これ、このムーンフェイズのデザインよくね?」

「へぇ。あぁ月齢がわかるってヤツか」

「そうそう。どうよ?」

「どうよ?って、今日の月はどうなんだよ」

「今日は、満月。フルムーンってヤツだね。狼男が泣いて喜ぶ」

「いや、喜んでナイとは思うけど。雨だし」

「てかさぁ、これマジで高かった〜」

 え?いくら?

 いくらだと、思う?

 ……そっかぁ、今日は満月なのか月見酒に花見酒か、こいこいだったら良かったのにな。

「健一。やっぱ、中止だって」

 あぁ、やっと戻って来たか。

「やっぱなぁ、じゃ新人は戻していいよな」

「あぁ。いいだろうな。で、居酒屋で飲み会に変更だって」

 うへぇ。結局、呑みには行くのかぁ。なんだか、面倒。

「そうなのか。でも、今からあの人数で入れる居酒屋なんて、あんのか?」

 今日の花見の出席予定者は20名を越えていたはずだ。金曜の夜にそんな人数が飛び込みで入れる店を見つけるのは、なかなか大変なんじゃないだろうか?まぁ、探すのはきっと新人だろうから、別にいいってばいいんだけど。

「それがさぁ、課長が張り切っちゃっててさ、もうテキパキ指示だしまくりで。既に場所確保だよ」

 げっ。スゲ。ってか、なんなの、その力のいれようは。

「スゲーな。それ」

「てか、見てたらマジでもっと驚くよ。アノ課長が、スゲー勢いで店のリスト出しちゃって。ここと、そこと、そこ、電話してみろ!って」

「マジで」

「ホント、ホント。見せたかったよ」

「敏腕ってヤツ?」

「まさにエリートってヤツ」

「とほほ、だな」

「は?」

「いや。とほほだなって」

「確かに」

 顔を見合わせて、にんまり。

「で、どこになったの?」

「あ、駅前の吉祥」

「また、あそこかぁ。って、ま、課長だからな」

「そーゆー事」

「ンじゃ、ぶらぶら行きますか」

「そーしますか」


 居酒屋。ビール。日本酒。サワー。回る。回る。

 グラス。陰口。駄洒落。愚痴。自慢話。くるくる回る。

 くるくる。くるくる。

 大声。囁き声。遠い声。耳元の声。ぐるぐる回る。

 ぐるぐる。ぐるぐる。加速する。

 どうでもいいじゃん。そういえば。いや、あのときは。大事な話なんだって。どうでもいいじゃん。そういえば。いや、あのときは。大事な話なんだって。どうでもいいじゃん。そういえば。いや……。

 繰り返し。繰り返し。繰り返し。繰り返し。繰り返し。

「藤崎飲んでるか?」

「藤崎さん、飲んでくださいよ」

「ぐっと、あけて、ぐっと」

「まぁまぁ、健一」

「いやいや、健一」

「まだまだ、健一」

 幾度も呼ばれる、俺の名前、幾度も、幾度も、幾度も。

 健一、健一、健一、健一。

「健一、そういう事言うんだ」

 え?

 何?

 俺が、何を言った?今、俺、何を?誰に?何を?ここは?誰?何?

「どうしたの?ぽかんとした顔しちゃって」

 そう言って、俺を覗き込んでるのは、香取。

 あぁ、そうだよな。居酒屋で呑んでるんだよな。

「ごめん。なんだっけ?」

「なんだよ。酔っ払ってンのかよ?だから、おまえがヤツの事をそんな風に批判するなんて聞いたコトなかったからさ」

「あぁ、でもさぁ。誰でも」

 だよなぁ。あれじゃ、誰だって。

 繰り返し。


 繰り返し、繰り返し、それでも、宴は終焉へと向かう。

「えぇ、じゃ皆さん、ここはこの位でお開きにしたいと思います」

 幹事役の一年生の声。

 二次会は一応、カラオケを予約しました。行かれる方は……。

 なんだか、すげー酔ってるなぁ、俺。どうしたんだろ?呑んではいるけど、いつもより多すぎるって程でもナイと思うんだけど。あ、でも、ちょっとマズいかも。なんか微妙に気持ち悪いし。

 みんなカラオケ行くのかなぁ。俺、今日はやめとこ。なんか、マジで調子悪いや。

 みつかると面倒だから、こそこそとここを離れてっと。

 しめしめ、上手いコト誰にも見つからずに戦線を離脱。

 戦線離脱って、なんだ?俺?どーも最近、思考の調子が芳しくないね。

 あぁ、それにしても、なんでこんなに酔ってるんだろ?

 そろそろ人間ドッグなお年頃なのかなぁ。

 あ。雨、あがってるやぁ。花見の宴会は好きじゃないけど、桜、好きなんだよね。来た道、戻る事になるけど、夜桜見物してから帰ろうかな。おっと、時間は?うん。終電までは、まだ大分あるね。しかし、こんな早い時間に酔っ払うとは、やっぱり人間ドッグかな。って、思考ループしてるし、ホント酔っ払ってるね。俺。

 ちょっと、酔い覚ましがてら、桜。桜。


 さすがに、雨が降ってただけあって、人気がないね。いつもだったら、どんじゃかりんと人がいるのにな。

 おぉ!満開じゃん。綺麗だなぁ。桜。

 うおぉ。雲がすごいスピードで流れてるよ。早っ。

 おっと、自販機があるよ。酔い覚ましに茶でも買ってと。

 あぁ、そうそう池があるんだよな。ここ。あの池ンとこで散る桜を見ながら。茶を飲むなんてーのも、なかなか乙なもんでしょ。ってコトで池へGo!

 って、Go!ってなほどの距離でもないな。あっとゆーまに到着。到着。

 おっ!あの橋の上が絶景のビューポイントってヤツじゃないの?池にかかる橋。あの真中で散り行く桜を見ながら。っと。決定。

 あぁ、結構、散ってるなぁ。今日、風あるからなぁ。桜、散り始めると早いんだよね。ま、この潔さが日本人に……って、誰の受け売りだっけ?どーでも、いいか。

 うわぁ。すげー。まさに花吹雪だぁ。綺麗だなぁ。ホント綺麗だぁ。


 突風。桜。舞う。ひらひらと。花びら。落ちる。水面。追う。視線。水面。

 寄り添う。幾千。幾万。数え切れない。花びら。浮く。水面。花筏。

 空。雲。加速。雲。流れる。雲。流れていく。加速。雲間。現れる月。

 満月。月光。落ちる。影。花筏。うつる。

 揺れる。水面。蠢く。花筏。影。

 ざわめく。枝。ざわざわ。ざわざわ。

 声。


 ざわざわと、ざわざわと。

 …………ち。……ん……ち。

 ざわざわと、ざわざわと。

 け……いち。けんいち。

 ーー 健一。

 はっきりと。

「え?誰?」

 ーー 健一。

 呼ぶ声。

「誰?誰なんだよ?」

 逃げ出そうとする心。動かない体。

 ーー 健一。

 呼ぶ声。

 俺の名前。

 ーー 健一。

「やめてくれ。誰だよ?誰なんだよ」

 ーー 俺だって、俺。もう、忘れちゃった?

 寂しそうな声。この声。どこかで。

「だから、誰だって!?」

 ーー だから、俺だって。そんなビビんなよ。俺だって。

 水面の花筏にうつるあの影。そして、この声。これは。


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