花筏2
1.健一
あ。電話だ。あぁ、勝也か。なんだろ?
「はいはい」
「健一。落ち着いて聞けよ」
な、何事だ?イキナリ。落ち着けって言われたら、慌てちゃうだろう。それは。落ち着いて欲しいときは、落ち着けっていっちゃダメなんじゃないか?
「どーしたの?」
俺には、慌てる理由がないから、のーんびり。
「ほんとに、落ち着けよ」
だから、落ち着いてるって。てか、慌てられないよ。何があったのかワカんなきゃ。
「山崎が死んだ」
「え?」
聞き返してみたものの、何が起こったのか本当は瞬間的に理解していた。
「だから、山崎が死んじゃったんだって」
うん。わかったよ。山崎、死んじゃったんだ、ね。
「山崎が……。いつ?」
「今朝、5時位らしい」
「なんで?」
「よくわかんないんだよ。でも車で。単独だって」
今朝。単独。車。5時。それが……それが、どうしたって言うんだろう。山崎が死んだという事以外に、何か聞かなければいけない事が……。あぁ、そうか、単独事故。そうだな、事故か。事故なら……。
「もしもし、健一?聞いてる?」
「え?あぁ、うん。聞いてるよ」
「で、今晩通夜らしいんだけど、おまえ、どうする?」
「どうするって。行くよ。おまえも行くだろ?」
当然行くよ、じゃぁ時間は……。
通夜に出るための待ち合わせ時間や場所、列席するという友人の名前をどこか他人事の様に聞き、電話を切った。
山崎。
俺の高校の同級生。
気が弱いくせに強情で自分を曲げない所があった。
やめときゃいいのに、少しでも自分の意見と違う事があると、あれこれと偉そうにしゃべりまくって、そのくせオドオドしていて。
なんだか、汚くてちっとも可愛くない子犬を見つけて、あぁ、こりゃぶっさいくだなぁと思いながらも、あんまりビビってる風だから見てられなくて、よしよしと手をだしたら、いきなりガブリ。で、一目散に逃げ出して、また遠くからこっちを恨みがましい目でじっと見ているってな感じのヤツだった。
そんな風だったから、山崎はいじめられてた。普通だと思う。
俺とか、勝也とか、まぁ俺達の仲間はそれを知ってたけど、だからっていじめを止めさせようなんて気はさらさらなく、かと言って山崎の事を一緒になっていじめようとも思わなかった。って言っても、山崎が他のやつらと同じ様な友達だったってワケでもなくて、みんなやっぱり山崎の事を一段低くみていた。そんでも、山崎は俺らの周りをうろちょろしていた。けど実際んとこ山崎自身が自分の立場をどう思っていたのか良くわからなかった。なんか、こっちはショーガネーカラナとか思ってやってるのに、やたら横柄な態度とったりするんだから、ホント意味がわかんなかった。ったく、雰囲気ヨメよ。だから嫌われンだよ。正直、そう思ってた。
その山崎が死んだ。
単独事故。
だから、ひっかかっていた。もしかしたら、山崎の死んじゃった原因に誰かが関係しているんじゃないの?って。
山崎、誰かに殺されたんじゃん?って思った。
単独事故。そんでも結局はそれがワカって俺は安心した。単独事故なら。それなら。
山崎は誰かに殺されたわけじゃない。
山崎の通夜も葬式も別段変わった事はなかった。
山崎が死んだのが若すぎるせいか、やたら泣いてるヤツとか、出来るなら変わってやりたいみたいな事言ってる親戚(だと、思うんだよ)がいっぱい居たのも、なんか普通に悲しいって感じだったし。
ただ、スゲー泣いてるヤツん中に山崎いじめてたヤツも何人かいたのを見たトキは、ってかさぁ……って、ツッコミたい感じだったけど、まぁ、ヤツらも単独事故だったって事でホッとしたんだろーし、ま、しゃーないね。
みんな、泣ける役でよかった。よかった。
そんでも、山崎が死んだ状況って、ちょっと変ではあった。
酒、飲んでなかったってーし、現場はかなり見通しが良い、田舎だよなぁ。ってな感じのひたすら真っ直ぐな道だった。
山崎は、そのひたすらまっすーぐな道で電柱に衝突していた。
偽装工作。
煙になって昇っていく山崎を見ながら、俺はそんな単語を思い浮かべていた。
誰かが細工をして、山崎の乗った車を電柱に激突させた。例えば、何らかのメカニカルな手法を使えば、不可能ではない。もしくは、心理的なトリックを用いて単独事故としか見えない状況を作りだしている可能性もないとは言えない。
なーんてね。具体的な方法なんて、なーんも思い浮かばないけど、そんでも出来るか出来ないか?って言われたら、そりゃ、出来そうな気がすんだよね。
けど、考えれば考えるほど、それはねーよなぁ。って思った。
だって、山崎をいじめていた連中でさえも、そこまで山崎に対する思い入れがあったとは、どうしても思えないもん。
山崎は確かにいじめられてた。でも、それは山崎が同じ学校で、すぐそこにいたからで、あれ?コンビニエンス?ってなもんだったからいじめてたワケだし、卒業してコンビニエンスじゃなくなった山崎を追いかけてワザワザいじめるなんて、そんな物好きいないだろうし。ってか、コンビニ山崎じゃなくなってもいじめられるなんて関係、作れないでしょ。だって、山崎だし。
山崎は、身近にいるとちょっと目障りな雑草ってなもんで、生えてるのが見えなくなっちゃえば、だーれも気にしない。そんな感じのヤツだったんだから。
なので、山崎に殺されたり、殺したりするような人間関係を築けたワケがない。だって、山崎だもん。
山崎がいじめにあったのは、同じ年の男女が何百人もあつまる学校という特殊な環境だったせいで、それは不幸な形とは言え山崎が濃密な人間関係を作り上げる事が出来た、人生でただ一つのポイントだったって事になったんだと思う。
少なくとも俺は、そう思った。
そう思った俺は、山崎の一番の友達だと思われていた。
俺が山崎と仲良くなった理由?それはね。
だって、俺、ホント、カンケーネーと思ってたから、山崎の事。ドーデモイーヤツになーんで、みんながそんなムカつくのかワカんなかった。ドーデモイーんだから、なんか言ってきても、はいはい。そーだよな。大変だなぁ。なーんて、適当にあしらっとけばいいだけじゃん。ま、そんな俺の態度を山崎は勘違いしたらしく、俺の事、ちゃんと話を聞いてくれる友達だって思ったみたいで「健一は優しいよなぁ」「俺、ホント健一が居てくれてよかったよ」なんて言ってたけど、そんなんこそ俺の知った事じゃない。ただ俺は、山崎がなんか言ってくる度に、あぁ、この場合、普通こー言うんだろうな。ってリアクションしてただけだった。だって、山崎の事、どんな形にしろまともに相手するなんて、メンドーじゃん、ね。でも、誰にも俺がどう思ってるかなんて話した事、なかった。だって、そんな話された方は鬱陶しいだろうし、なんも言わなきゃ、俺はホントイイヤツで通って、お得だったしね。もうけた。もうけた。
まぁ、俺のお得だった話はまったく関係なく、そんな山崎が死んだ。
春。四月、俺達が就職した年だった。