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花筏18

 こうして、復讐は終わりました。

 後は、この電車に揺られて、和弘と再会をしたあの海辺の桜の下へ行くだけです。

 復讐の報告を聞いた和弘は私に何と言ってくれるのでしょうか?

 ほめてくれるでしょうか?喜んでくれるでしょうか?こっちへおいでといってくれるでしょうか?あの遠い遠いいつかの様に、私を抱きしめてくれるでしょうか?優しく髪を撫でてくれるでしょうか。

 なんだか、胸が弾みます。子供の頃にテストで100点を取った日、家路を急ぐ気持ちに似ています。

 驚くでしょうか?最初は本気にしないでしょうか?やがて心からの笑顔を見せてくれるでしょうか?

 私はあの人のもとへ行けるでしょうか?

 私は、あの町へ。

 どうして、この電車はこうもゆっくり進んでいくのでしょうか?

 それでも。

 それでも、電車は進んで、ついにあの町への到着を知らせるアナウンスが流れます。

 私の今の誇らしい気分。あぁ。やっと、やっと、到着です。

 改札を抜けると深夜の田舎町は驚くほど閑散としています。

 今日は、どこかに泊まって、明日の朝あの釣り宿にお願いして船を出してもらいます。

 今夜泊まるところを探そうと、携帯を取り出しかけましたが、なんだかこの気分をもう少し味わっていたいので、しばらくこの町を歩いてみようと思います。

 そのうち、歩いている内に泊まる所を見つける事も出来るでしょう。まったく土地鑑のない、この町ですがきっとみつかるでしょう。見つからなかったとしても、朝までこの町をそぞろ歩いてみるのも、そう悪くないなと思える気分です。春の夜は、少し肌寒いけれど。一人で歩くには少し。

 あれ?あの遠くに見えるのは橋でしょうか?この町は海辺の町。海に架かる橋でしょうか?

 あぁ、やっぱり。あれは橋です。でも、これ、は?

 あぁ、河口なのでしょう。ゆるりゆるりと流れる川の流れは、海の波をはらんでいます。

 もう少しで海になれる川。そして、清流のすがしさ、激しさには二度と戻れない川。

 穏やかで厳しくて。お世辞にも綺麗とはいえない流れです。でも、夜は全てを包んで、川は優しく穏やかです。

 護岸工事がなされた、その川べりは遊歩道になっています。

 あそこに行ってみる事にしましょう。穏やかな川の終焉を間近で見てみましょう。

 しかし、いざ近よって見てみると、川は遠目と違い荒々しい印象です。

 なんだか、嫌な匂いもします。

 魚が腐った様な、とても、嫌な、匂い。

 川は海を思わせる様に荒々しく波打ち。しかし海の様に広くもなくどんよりと、重く横たわっています。

 遊歩道なんか降りるんじゃなかったなぁ。

 ゆっくりと曲がって川下へ向かう遊歩道。

 もう少しだけ歩いたら、海が見えるでしょうか?

 あの曲がっていて、先が見えなくなっているところのその先まで歩いてから今夜の宿を探す事にします。

 ゆっくりと、ゆっくりと、嫌な匂いと耳障りな波音に耐えながら進んでいきます。

 もう少しだけ、もう少しすれば、この先の景色が。

 あぁ。

 そこに、海はありませんでした。

 相変わらず、嫌な匂いがして、うるさい波音をたてる川があるだけでした。

 そして、そこには桜が植えられていました。

 小さな、小さな、まだ小さな桜の木です。

 あと、10年もすれば、それなりに名所になるかも知れません。けれど、今は小さくて、誰にも振り向かれる事のない桜の木々。

 それも、花の盛りは過ぎ去り、若緑の葉と残った花の色が醜悪な印象さえ与える桜。

 あぁ、明日、あの場所、和弘の大好きだった海の上の桜もこんなに汚くなってしまっているのでしょうか?

 あれから、2週間以上が過ぎました。花の盛りだけをよけるようにこの町の桜を見ることになりました。

 桜の木の下。それでも、明日は楽しみです。

 そろそろ、引き返して宿を探します。今夜は上手く眠れないかもしれませんが。

 

 踵を返す。桜の木。葉桜。

 川面。たくさんの。花びら。照らす。揺れる。

 月光。

 荒れる。

 花筏。

 満月。ざわざわ。

 葉ずれ。囁く。懐かしい声。

 あの日の。

 私の名前。

 花筏。

 ゆれる。私の影。

 あの人の声。枝の音。あの人の。

 影。


 ーー・・・うこ・・・よ・・・う・・・。

 あぁ、ここで私は、あの人に。和弘に。誇らしい。嬉しい。あぁ。やっと。

 ーーよ・・・う・・・こ・・・。

 どうやって、報告しましょう。私がうまくやれた事。あの男の最後がどんな風であったか。私が、私が、どんなに。

 ーー洋子ちゃん。

 え?

 ーー洋子ちゃん、どうして、俺を殺したの?ひどいよ、洋子ちゃん。

 田口。

 それでは、私は。

 ーー洋子ちゃん。……痛いよ。苦しいよ。寂しいよ。洋子ちゃんも、こっちに来てくれよ。来てくれるよな。だって、洋子ちゃん、俺の事、好きだったんだろ?

 自信に満ちた、田口の声。

 それでは、私は。

 ーーなぁ、こっちで、俺と楽しくやろうぜ。

 大嫌いな田口の声。


 揺れる。花筏。

 誘う。声。

 回る。

 視界。

 ふらつく。

 足元。

 水面。

 近づく。

 花筏。

 視界。覆う。

 花筏。


 それでは、私は和弘に会うことは出来ないという事でしょうか?

 ーー……洋子ちゃん。


 揺れる。

 回る。

 落下。


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