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花筏17

 待ち合わせの喫茶店に、田口は10分遅れでやってきました。

「ごめん、ごめん、ちょっと出掛けにバタバタしちゃって」

「いえ、今日はご無理を言って申し訳ありません」

「そんな、ホント、一昨日も言ったけど、俺の方こそ洋子ちゃんに会って、きちんと謝らなきゃって、ずっと思ってたから」

「本当にそんな事は……、あ、田口さん、お食事はお済ですか?もし、まだだったらご一緒しながら和弘の話を伺わせて頂きたいのですが、ご迷惑です、か?」

「迷惑なんてとんでもない、洋子ちゃんと一緒にメシ食えるなんて嬉しいなぁ。なんて言ったらカズに怒られるな」

 笑う田口。

 田口の笑みの裏、田口が私に気があるかないかなんて知らない。ただ、田口が無類の女好きだという話は聞いている。

 それがさ、田口のヤツほんと女癖悪くてさ、特に酔うとブスだろうがブタだろうが、もう、フガフガいって食らいつくんだぜ。

 笑っていた、和弘。

 あんた人の事笑えないジャン、和弘、和弘。

 あぁ、やっぱり、和弘。大好きだよ。

「じゃぁさ、この近くにちょっと旨いイタリアンの店があるんだよ、そこでいいかな?」

「えぇ、田口さんが連れて行ってくださるんなら、どこでも」

 どこでも、イヤだけど。

 薄暗い店内、低く流れる音楽。

 安っぽい。

 まぁ、店なんてどこでもいいし、田口の最後の晩餐には丁度いいのかもしれない。

 料理はどれもこれも油っぽくて味が濃すぎたので、さすがにいくらなんでもこれが最後のごはんになる田口って気の毒かなぁ。と思いました。

「な、この店の料理、結構いけるだろ?」

「はい。とてもおいしいです。田口さん素敵なお店をご存知なんですね」

 田口がおいしいと思っているのなら、気の毒な事なんか何もありません。

 ワインに酔った田口は、くどくどと喋り続けていました。

「いや、確かに俺が悪いんだけどさ、でもカズもあんな言い方するから、俺もついカッとなるじゃん」

「そうですよね。和弘はわりとそういうところ無頓着な人でしたから」

「だろ?大体、あいつは常に俺を見下していたところがあるんだよ」

「そうなんですか?」

「だよ。だって、じゃなきゃ、イントラの助けがしたいんです。なーんていえるわけないじゃん。助けるって事は自分が一段上にいるって事だろ?」

 和弘の夢。迷惑だったんだね。でも、だからって殺される事なんかないし。例えはずみだって、殺される事、ないし。私は和弘の夢すきだったな。なんだか、無邪気じゃん、ね。

 もういい、もうこれ以上、田口の口から「カズ」って名前だけでも聞きたくない。もう十分です。田口の酔いも。

「田口さん」

 私は、田口の言葉を遮る。

「今日は、いろいろ和弘の事、教えていただいてありがとうございます」

「ん?もう、いいの?」

「はい。お蔭で和弘の事、吹っ切れました」

「そうか、それはよかった。洋子ちゃんまだ若いし可愛いんだから、和弘の事吹っ切って次の人探しなよ」

「ありがとうございます」

「それにしても、洋子ちゃんホント可愛いよね。カズが最初に紹介してくれた時、いったいあいつどこでこんな可愛いコ見つけてきたんだ!ってびっくりしたよ」

「そんな、そんな事ないですよ。田口さん本当に口が上手いですね。田口さんみたいな人にそんな事言われたら、どんな人でもドキドキしちゃうんじゃないですか?」

「ナニ言ってんの?じゃ、洋子ちゃんもドキドキするわけ?」

「え?私ですか?私は……それは私だって。田口さんみたいな人に可愛いなんて言われたら」

「マジで?なんかスゲー嬉しいなぁ」

「ねぇ、田口さん、私、和弘が亡くなってから本当に寂しくて、特に夜一人でいる時なんか、たまらないんです。田口さん、今夜……」

「え?今夜、洋子ちゃん、俺と一緒にいてくれるの?」

「いてくれるなんて、私の方がお願いしているんですから。ダメ、です、か?」

「ダメなはずなんかないじゃん。じゃ、ホントに、俺と?」

 小さく、頷く。

 満面の笑み。

 店を出る。

 連れて行かれたのは、ラブホテル。

「私、先にシャワー浴びてきます。田口さーん。覗いたりしちゃ、いやですよ」

「覗かない、覗かない。それは、後のお楽しみ」

「もう、田口さんったら」

 シャワーを浴びる、浴室から出る。

「田口さんも、シャワー浴びてきてくださいよ」

「いいよ。そんなの後で、それより」

「だめ。私、汗の臭い苦手なんですよ。だから、お願い」

「そ、そっか、じゃ、速攻で浴びてくるから、洋子ちゃん待っててね」

「ちゃんと待ってますから、ゆっくり綺麗にしてきてください。ね?」

「はーい」

 何が、はーい、だ。

 おぞましい。

 シャワーの音。

 バッグまで歩く。

 包丁を取り出す。

 ベッドに入る。

 シーツの中。

 自分の胸に包丁を寝かせ、抱きしめる。

 シャワーの音が止む。

 右手。包丁の柄を握る。

 左手。シーツから出す。

 浴室から現れる。

 左手で手招き。

 ねぇ、はやく。

 田口の笑顔。

 田口が近づく。

 ベッドに乗る。

 私の上に倒れ込む。

 包丁を右の乳房のちょっと内側に立てる。

 シーツごと私を抱きしめようとする。

 田口。

 自重。

 めりこむ。包丁。

 どれだけ身長に差があっても、抱き合う時の胸の位置はそう変わらない。

 広がる血。

 うめき声。

 痙攣。

 静寂。

 死体。

 どける。

 シーツから抜け出る。

 包丁をしまう。

 シャワーを浴びる。

 身支度を整える。

 バックを持つ。

 外へ出る。

 報告しなくちゃ。和弘に。知らせなくては。和弘に。和弘。に。和弘。

 携帯。検索。路線。時間。

 終電。まだ、間に合う。

 駅へ。

 あの桜の。

 海へ。


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