花筏16
田口を殺す事になりました。
私は計画を練りました。
事故ですから、田口は特に罪に問われる事はありませんでした。
伝え聞く話では、それでも和弘が死んだ遠因は自分にあるという事で深く反省しているという事でした。
でも、私には関係ありません。
和弘の言葉によれば、彼を殺したのは田口だし、田口が罪にまったく問われる事がなかったのは、彼と彼の仲間が口裏を合わせたからという事になるのですから。
それに、それよりなにより、殺された和弘が復讐を望んでいるのですから、私にはそれ以上の理由は必要ありません。
田口を呼び出すのは容易い事でした。電話を一本かければ済みました。
「もしもし、田口さんですか?私、宇田川ですけど」
「え?あぁ、洋子ちゃん?」
田口に洋子ちゃんと呼ばれて、鳥肌が立ちました。
「お久しぶりです」
「あぁ、本当になんてお詫びしていいか、一度お会いしなきゃとは思っていたんだけど」
「いえ、あの日のことは皆さんからいろいろ教えていただきましたし、不幸な事故だったと思っています」
「本当に申し訳ない事をした」
「田口さんが気になさる事ないですよ」
自分でもあきれるくらい優しい声。
「そう言ってもらえると、俺も救われるよ」
「いろいろ、ご面倒をおかけしました。それで、一つお願いがあるのですが」
「何?何でも言ってよ。洋子ちゃんがそう言ってくれても、カズをああしてしまった俺の責任が消えるとは思ってないし」
嘘。ばっかり。
「それじゃ、お言葉に甘えてしまいますが、私、やっぱり一度、田口さんとお会いして、お話をうかがいたくて。ご迷惑だとは思いますが、それで私和弘の事わりきれそうな気がして」
嘘。ばっかり。
「あぁ、そんなことなら、いつだって、本当は俺の方から連絡しなきゃいけないんだろうけど、なんだか、やっぱり、ね」
やっぱり、なんなのだろう?
「すみませんが、お願いします。田口さんの都合のいい日はいつでいらっしゃいますか?」
他人事。
いつだって、かまわない。いずれ、そう遠くはない。
「じゃ、明後日の、19時以降になっちゃうんだけど」
「かまいません。ご無理を言いまして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
いやいや、そんな無理だなんて……。
田口の台詞。興味はない。
日時は決まりました。
翌日は、穏やかな晴天でした。
私は近くの公園に散歩に行きました。
桜は、ほとんど散ってしまっていて見物客もまばらでした。それでも、風が吹くと名残の花吹雪が舞いました。公園にある小さな噴水にも花びらがたくさん浮いていました。私は、それを覗き込みました。
風。揺れる。花びら。
桜。
ざわめく。枝。
柔らかな。日の光。輝く。
水面。
花びらはうららかな春の光に照らされ、水面で揺れました。
それだけでした。
もう一度、和弘と会えるかもしれないと期待したのですが、叶いませんでした。
それから、繁華街へと出かけ、いつか田口が連れていた女が着ていたような服と、メイクに必要な物を買いました。
夕飯は、和弘が好きだったハンバーグを作って食べました。ちょっと、これはやりすぎだなぁと苦笑しながら。
でも、明日、人を殺すのですから、やはりそれくらいの演出は必要なのかもと思いました。
ついでに、和弘が好きだった焼酎の水割りにキュウリを入れる呑み方を真似てみました。
朝起きても、特に何かが変わっている事もなく、昼になっても、夕暮れを向かえても、何も変わりませんでした。いつも通りでした。
そろそろ出かける時間が近づいたので、私は昨日買った服を着て、メイクをしました。鏡の中の女はケバくって、下品で、安っぽくて。上出来でした。
全ての準備が整うと、キッチンに行って、包丁をバッグにしまいました。
いってきます。