花筏14
結局、不幸な事故でした。
そうは言っても、田口を恨みました。
あれだけ、インストラクタの人達を思っていたのに、通じないなんて。そんなのって。悔しかったです。和弘が憐れでした。
でも、仕方がないと思い直しました。それは、和弘が勝手に思い込んでいただけの話ですから。
ただ、気になる事が一つだけ。あの、和弘が何の反論もなしに引き下がるなんて、私には想像がし難い事です。
でも、人は相手によって変わるものだし、私が知っている和弘と田口が知っている和弘がまったく別人の様であってもなんの不思議もありません。
そう。やっぱり。仕方がない事だったんだと思いました。
仕方ない。でも。やっぱり、仕方ない。そう思っている内に二年はあっという間に過ぎました。
その間、どこかに出かけるたびに、何かをみる度に、あぁ、ここは、あぁ、これは、と思い出してばかりでした。でも、たった二年でそんな風に思いだす事も少しずつですけど、少なくなっていきました。相変わらず、ふとした瞬間に思い出したり、テレビドラマの自分でも思いがけないようなつまらない場面で、息が止まるほどの悲しみが甦ったりしました。それでも、和弘が言っていた、あの場所を思い出した時に、行ってみようと思えたのは、やはり時間が過ぎたからだったと思います。
あの場所へ。
「なぁ、洋子、海辺の桜って見た事ある?」
「海辺の桜?海に桜なんて咲くの?」
「ないだろーなぁ。海に張り出した絶壁に咲く桜。花びらが海に舞い落ちるんだぜ。スゲー綺麗なんだよ」
「へぇ、どこにあるの?行ってみたいなぁ」
「Y県だよ。でも、海辺に咲く桜自体は本当は結構あるんだよ。だけどさ、Y県のあの景色は一度、洋子に見せたいな」
「そうなんだ、見てみたいなぁ。ねぇ、連れてってよ」
「そうだな、来年の春に一緒に行こうか」
「ホント?嬉しい」
「なんか、お前って嬉しいって普通に言うのな」
「え?変?」
「ううん。そこが、ね」
「そこが?何?」
「内緒」
他愛のない会話でした。
結局、その春が来る前に彼はいなくなってしまいましたが。
それから2年。たった2年です。でも、私はテレビで今年の桜前線が遅れていて、Y県の桜の見頃が来週になることを見た瞬間に、行ってみようと思いました。彼が大好きだった桜を見てみようと。
早すぎるでしょう。満開までには。早すぎるでしょうか。2年では。
行ってみよう。と私は思いました。あの場所へ。あの、桜へ。