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花筏12

3.洋子

 私の彼は殺されてしまいました。

 ダイビングが大好きで、春でも夏でも秋でも、冬でも。

 いつでも、海にいる人でした。

 お金?お金なんかある人じゃなかったです。

 インストラクタになるんじゃなくて、いろんな海のいろんな写真を撮ってダイビングに興味を持ってくれる人を増やすんだ。俺の写真を見た人が一人でもCカードが欲しい。そう思って、どこかのインストラクタのもとを訪れる。ダイビングのインストラクタは労働の割に収入が少なかったりして本当に苦労しているんだ、そりゃ世の中には大変な仕事はたくさんあるだろうけど、いや大変な仕事ばかりだろうけど、俺は俺の大好きになった海の事を最初に教えてくれたインストラクタって商売の人達が少しでも報われる助けをしたいんだよ。それに、そうやってダイビングに興味を持った人の中から次のインストラクタがあらわれたり、もしかしたらレスキューになって人を救ってくれる人が増えるかもしれないじゃないか。俺は海が大好きだ。その海での悲しい出来事を少しでも減らせるかもしれないじゃないか。もっと、もっと、いろんな人が悲しい目に会わずに、海が好きになってくれらいいのにな。あぁ本当に海はいいなぁ、ただ見てるだけでもいいとか、シュノーケルだけでも十分って人もいる。確かに、そういうのもいいよな。そんでも、ダイビングは素晴らしいよ。知ってるか?洋子。海の中には山も谷もあるんだ。海の中は陸なんだよ。すごいよな。そんな事、最初に潜ってみるまで想像もしてなかったよ。冷静に考えればあたりまえなんだけど、でも実際目の当たりにすると。凄い。ホント凄いんだぞ。おまえも潜ればいいのに。泳げなくたってダイビングは出来るぞ。だから、今度の休みにでもさ……。

 自分の写真はちっとも売れなくて困ってるくせに、そんな話をいつまでも、いつまでも、子供の様に話す人でした。

 安っぽくて、バカで、時代遅れで、鬱陶しくて、暑苦しい人だったかもしれません。でも、本当に大好きです。

 あの時は、驚きました。何が起こったのか、本当にわかりませんでした。

 突然、電話がかかってきたんです。

 なんの事か、わからなかった。




 遅い。遅すぎる。どうして、遅くなるなら、遅くなるって電話できないの?っていっつも、いーっつも言ってるのに、その度に、いや場の雰囲気ってあるじゃん。とか、いや電波入んない店でさぁ。とか、なんとか言っちゃって、ぜーんぜん、連絡する気なんて、ないんじゃない。

 今日だって、また、どーせ、ぐでんぐでんに酔っ払って帰ってきて、うーん眠ぃ〜、なーんて言うに決まってるんだから、ホントに眠いのかどうかだってわかったもんじゃないわよね。ただ、私にあーだこーだ言われるのが面倒だから眠い振りしてるだけなんじゃないのかっての。あー、あったまくるなぁ。なーにが、昔世話になったインストラクタと呑むから〜。よッ!ほんっと、どーなってんの?大体、昔世話になったイントラってあれでしょ?あれ?名前も出てこないケド、なーんかケバイ下品な女連れてて、私のコト洋子ちゃーんかなんか呼んで。なれなれしいっつーんだよ。ほんとムカつく。

 うん?あ、携帯なってるよ。まったく、遅いっての、連絡するなら、もうちょっと早くしてよね。って、あれ?着メロ違うじゃん。誰だろ?こんな時間に?

「はい」

「もしもし、宇田川さんの携帯でしょうか?」

「はい、そうですけど」

「宇田川洋子さんでいらっしゃいますか?」

「はい、そうですけど。失礼ですが?」

「私、C県警の者ですが」

「は?C県警?……警察の方、ですか?警察の方が何か?」

 え?警察?和弘のやつなんかしでかしたの?マジで?ヤバくない?

「本宮和弘さん、ご存知ですよね?」

 あちゃ〜、やっぱなんかしでかしちゃったんだ。なーにしたんだろ。あのバカ。

「はい。知っていますが」

「そうですか。実はですね、本宮さんが重大なトラブルにあわれてしまいまして」

 トラブル?え?何?重大なトラブルって。重大な。って。

「え!?トラブル、って、何があったんですか?どんなトラブルなんですか?誰と?どうして?」

「落ち着いてください。田口さんは、ご存知ですか?」

 田口、田口、田口、田口、田口、聞いたことがある名前。田口。誰?誰だっけ?田口。思いださなきゃ、田口。田口。今日は、昔世話になったインストラクタと。田口。そう、あのインストラクタ。

「はい。ダイビングのインストラクタの」

「そうです。その田口さんと、口論の末にですね、本宮さん駅のホームから転落されて」

 え?ホームから落ちた?

「落ちたんですか?怪我は大丈夫なんでしょうか?和弘は?和弘の怪我は?あの、どこで、えっと」

「それでですね」

 冷静に遮る声。

「運悪く、ホームに入ってきた列車に轢かれてしまいまして、残念ながら、本宮さんは……お亡くなりになりました」

 何?オナクナリニなりました?って、どういう意味?

「それでですね、一緒にいらっしゃた友人の方々が宇田川さんに連絡をですね……」

 ナクナッタ?

 ナクナッタ?

 なくなった?

 亡くなった。

 死んだって事?

 誰が?

 誰が?

 もしもし?もしもし?宇田川さん、聞こえていらっしゃいますか?

 誰?

 えーっと、本宮さんのお友達がですね。

 モトミヤさん。

 モトミヤ和弘。

 本宮和弘。

 本宮和弘が、どうしたの?

 本来なら私がご連絡する事ではないのですが、どうしても宇田川さんに本宮さんが亡くなった事を伝えられないと頼み込まれましてですね、それで。

 亡くなった。

 本宮和弘が死んだ。

 もしもし、もしもし。それでですね。もしもし?きこえてますか?……あれ?もし…………。

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