花筏11
ーーそういう事なのよね。でも、おばあちゃん失敗しちゃったみたい。
「失敗?」
ーーそう。大失敗。誠のお母さんはおばあちゃんの言う事を少し誤解してしまったみたい。誠が立派な大人になるって事だけに心を奪われてしまったのね。きっと、それだけがお母さんの支えになってしまったのでしょう。
ーーだから、あなたに勉強して立派な大人になって欲しくて、それで勉強。勉強。になってしまったんでしょうね。
ーーそれにしても、あの娘があんなに頭の固い、ステレオタイプな考え方をするとは思ってもみなかったわ。本当におばあちゃんの育て方がいけなかったのかしらねぇ。立派な大人イコール勉強して一流企業に入って、出世してってそんな馬鹿げた事を考えるなんて、おばあちゃん思っても見なかったわよ。私の子なんだから、もうちょっと。って、あぁ、本当に親っていうのはいつまでたっても馬鹿なのよねぇ。
「お、おばあちゃん?おばあちゃんって……」
ーーあら嫌だ。つい地が出ちゃったわ。誠ったら、そんなびっくりした顔しちゃって。でも、そうね。おばあちゃんが死んだのは、誠がまだ本当に小さい頃の事だったから、こんな話する機会なんてなかったものね。おばあちゃんって、こんな感じだったのよ。
「な、なんか、すごいね。おばあちゃん」
ーーこんな、おばあちゃんでがっかりしちゃった?
「うーん。がっかりしたのは、こんな話をもっとする前におばあちゃんが死んじゃった事だな。おばあちゃん、長生きしてくれたら、僕達もっと仲良く出来たのに。絶対」
ーーまぁ、嬉しい。でも、そうね、おばあちゃんも誠とは気があいそうだわ。
ーー和美は、なんだか頑固でねぇ。昔からそう。やっぱり死んだおじいさんがああいう人だったから、和美はおじいさん似なのね。まったく、融通が利かないんだから。まぁ、融通の利かないバカな娘だけど、あれはあれなりに誠の事を考えてやった事だから。なんて、そうはいってもされる方はたまったもんじゃないわよねぇ。
ーー許してやってとは、言わないけど、まぁ、そういった成り行きだから、少しは同情の余地があるとおばあちゃんは思うんだけど。どう?ここはおばあちゃんの顔に免じて、なんとか仲良くしてやってくれないかしら?
「なんか、なんか、おばあちゃんって、ホントに。あぁ、僕、ホントにおばあちゃんの事、大好きだ。うん。わかったよ。もう一度母さんと話してみる。それでどうなるかは約束できないけど、まぁ、おばあちゃんの顔、たてないとね」
ーーあぁ、よかった。誠の死因がコレじゃ、目も当てられないものねぇ。
「そうだよね。いくら世の中によくあるっていっても、母親に殺されるのはちょっと勘弁だよね」
ーーあら。違うわよ。そりゃ母親に殺されるのは悲惨だけど、そんな事より……フライパンってのは、ちょっとねぇ。
「そ、そうだよね」
ーーそうだよね。って、コレあんたのアイディアでしょ。まぁ、面白い思いつきではあるケド、いくらなんでもねぇ。
僕は噴出した。知ってたのか。そりゃ、そうか。おばあちゃんも笑っていた。
ーーそれじゃ、誠。後、頼むわね。
「うん。わかったよ。おばあちゃん」
微笑み。
遠ざかる。影。
止まる。風。ざわめき。
月明かり。照らされる。花筏。
いつもの。水溜り。庭。桜。花筏。僕の横。母の顔。視線。花筏。水溜り。
手。フライパン。
母さん。
「おばあちゃんの、あの言い方、あんまりだと思わない?」
微笑む。僕。
「欲しい物が手に入らないからって、母さん。駄々ッコか」
月光。
たゆたう。
花筏。