花筏1
川辺。
満開の桜。
桜の樹の下には屍体が埋まっているんだよね。
川沿いの散策路を歩きながら、そう問い掛けたのは何故であったのだろう?
川面に浮かぶ沢山の花びら。
私の問いには応えず、あの水面に浮いている、と指差し逆に問い返したのは、誰であったのだろう?
あの水面に浮いている沢山の花びらの事をどう呼ぶか知っている?
首を振り知らないと言った私は、いったい幾つであったのだろう?
あれは、花筏。
はないかだ。
鸚鵡返しの私に微笑んでくれたのは、いったい?
ふいに微笑みを消し、花筏は怖ろしい。そう呟いたのは男であったのか、女であったのか、それすらもわからない。
花筏は、恐ろしい・・・。
満開の桜と川辺の陽光とには、あまりにも似つかわしくないその言葉。
そうして問わず語りに、あの人が話してくれた花筏の伝説。
月が水面を照らす時、花筏はその姿を変える。
水面に散った桜の花びら。あれは桜の死に姿。風に揺れ。枝から離れる。
その瞬間から、生きている時の姿のまま、生命から切り離され、ゆらゆらと漂う。桜の似姿。桜の幻。
幾百、幾千の桜の花の水葬。
満月の下。月光にうつしだされる花筏に落ちるのは、それを見る者の影。
その影はやがて、風にあおられ形を変える花筏に併せて、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと、形を変えていく。
失ってしまった人の姿に似せて。その形を変えていく。
桜の枝が風に煽られてたてるざわざわという音は、去ってしまった花びらを惜しむように嘆く。
その嘆きはやがて失ってしまった人の声となり、静かに、静かに、話し掛けてくる。ざわざわ。ざわざわと。
その影は、その声は、この世で会う事は二度と叶わぬ人。
叶わぬ夢が突然目の前に現れる。一番会いたかった自分に会える。
それが花筏。
決して、満月の夜に花筏を見てはいけないよ。
諭すように、しかし断固とした口調で言った。あの人は、いったい?
満月の夜に花筏を見てはいけないよ。