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うたかた  作者: 武鬼
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写真

「そういえば前々から気になっていたのだけれど、君が時々ポケットから取り出す四角い板のような物はなんなんだい?」


とある放課後、旧校舎の美術室。両手の人差し指で宙に四角なぞりながら、新崎はそう切り出した。


「なにって……スマホだよ。ほら」


 ポケットから時々取り出しているとなるとそれくらいしかない。僕は新崎がいう四角い板のような物を取り出して彼女に見せた。


「すまほ……?」


 彼女は頭にはてなマークを浮かべ、スマホをあらゆる角度から観察した。まるでスマホというものがどんな物なのか知らないというように。


「それで……このすまほ、というものはどういった物なのかな?」

「知らないのか?」


 僕は知っていて当然のように聞いた。


「知らないよ」


 彼女は知らなくて当然のように答えた。どうやら新崎は本当にスマホというものを知らないらしい。確かに普及しだしたのはここ数年ではあるが、その知名度はかなりのもののはずだ。お年寄りや小中学生でも持っている。テレビでもCMをやっているし、歩きスマホ・ながらスマホはマナー違反として社会問題とされている。今や知らぬ者のいない万能携帯端末だと思っていたけれど、案外知らない人もいるという事実に僕は驚いた。


「まあ、簡単に言ってしまえば、いろいろできる携帯かな」

「携帯というと……携帯電話だね! それなら私も知っているとも――」


 どうやら言い方が悪かったらしい。スマホではなく正式名称や携帯と言っていれば、一発で伝わっていたのかもしれない。それでも知っているのならば、見ただけでもそれがそういったものだと分かりそうなものではないだろうか。浮かんだ疑問の答えは彼女の次の言葉によりすぐ解消された。


「肩に掛けるカバンのような形をしたやつだろ? 私も時々見かけたよ。それを見て世の中は便利になったんだなと痛く感心したものだよ」

「肩に掛けるカバンのような形をしたやつ……」


 肩に掛けるカバンのような形をしたやつ――初期の方の携帯電話が確かそんなタイプだと聞いたことがある。確かショルダーホンだったか。何故携帯電話という言葉からそのような化石タイプが連想されるんだ。浮世離れにもほどがある。いったいどれだけ隔絶された世界に生まれたのだろうか、彼女は。


「新崎。君のいう携帯電話はおそらく、というよりもう誰も使っていない可能性がある。きっと博物館とかに展示されているレベルに古い代物だ」

「なんだって……。あの最新鋭の通信機器は、既に旧式となってしまっているということかい? あの技術の粋を結集して作られた機器はもう古代の遺物ということなのかな?」

「まあ、そんなところだ」


 そんな仰々しい物でもないと思うけど、旧式であることに違いない。


「なんということだ。世界は変わってしまったということなんだね。ああ……浦島太郎はきっとこんな気持ちだったに違いない」


 新崎は大げさな動作で天を仰いでみせた。


「いったい何目線なんだそれは」

「これは私目線だよ。胸の内にわいた衝撃と共に私の主観を述べてるに過ぎない」


 浮世離れしているというよりは、どちらかというと世捨て人に近い。それか箱入り娘か。ならば今日のテーマはこれで決まりだ。


「じゃあ新崎。今日は現在の最新携帯端末であるところのスマホについて教えてあげよう」

「うん。そうしてくれると助かるよ。私はすまほという最新機器にとても興味がわいたところなんだ。染川教授の講義を受けようじゃないか」


 彼女は白い布を敷いた机に座り足をぷらぷらさせながら僕の言葉を待った。コホンと咳払いひとつ。染川教授の講義が始まった。


「まずスマホというのは略称で、正式にはスマートフォンというんだ。スマートフォンにはさまざまな機能が搭載されていて、電話もそのひとつなんだ。他にも写真や動画の撮影とかタイマー、メモ帳、音楽、ゲーム、インターネットなどなど。とにかくたくさん機能がある便利なものだ」


「さすが最新機器というものだね。こんな小さくて薄いものでそれほどまでに多くの機能を搭載してるとは驚いたよ。技術とは日々進化するものなんだね」


 新崎は液晶の画面をしげしげと、感慨深そうに見つめていた。


「そうだ! 新崎がスマートフォンというものを知った記念だ。それを祝して写真でも撮ら――」

「それはダメ!」

「――ないか……」


 初めてだった。新崎が大きな声で、鋭くはっきりと拒絶の意を表したのは。僕は驚いて、少しの間彼女の顔を見たまま動けなくなっていた。


「あ……ええと、大きな声をだしてしまってすまない。驚かせてしまっただろう? でも、ダメなんだ。これだけは譲れないというか……その……」


 慌てた様子で弁明する新崎。写真を撮られるのが好きじゃないという人はいる。だからこそ提案して、了承を得られたら写真を撮るつもりだった。でも彼女は、写真を撮るという言葉に条件反射のようなはやさで反応して声を上げた。

 だから触れてはいけないことに触れてしまったんじゃないかととても不安になった。


「なんというか……その、写真を撮られると魂を抜かれると言うだろ? だから……」


 でも彼女の次の言葉を聞いてそうじゃないとわかり安心した。それと同時に可笑しく思えてしまった。


「――ぷっ……はははっ」

「なっ……どうして笑うんだい染川くん? 私は変なことを言ったかな?」

「ちょっとね」


 僕は笑いを堪えながら返答した。普段彼女が見せない一面を見て、少し困惑してしまったけれど、理由を聞いてみればかわいらしいものじゃないか。そういった迷信めいたことがあることを僕は知っていた。

 歴史は古く、1800年代の話。まだカメラや写真という言葉が知られていない時代。四角い箱を使い、人の形を浮かび上がらせるなどなんと面妖な。きっと魂が吸い込まれているに違いない。そう恐れをなした当時の人々が「写真を撮ると魂を抜かれる」と言い出したのがきっかけと言われている。

 またこんな出来事からもその迷信はきている。古いカメラは写真を撮るまでとても時間がかかった、それも何十分もだ。そのせいで被写体となる人は長時間同じ姿勢をキープする必要があった。結果被写体となる人は疲れ果て、精気のない顔になってしまったらしい。ゆえにこれは魂を抜かれた、奪われたのではないかと勘違いする人がいたそうだ。


 それらの出来事がきっかけとなり、写真を取られると魂を抜かれる、という迷信が広まったという。現代の人はそんなものは迷信だとはっきりとわかっているので、信じている人はほとんどいない。まれに写真に写りたくない人がその迷信を理由にするくらいだろう。そんな迷信を信じているところをみるに、新崎はおばあちゃん子かおじいちゃん子なのかもしれない。幼少の頃に祖父母にそういったことを言われ、今もそれを信じている。きっとそんな感じだろう。


「うぅ……とにかく写真はダメ、NGだよ。いいかい染川くん」

「わかったよ。それじゃあ写真以外のものにしよう。ゲームなんかはどうだ? いろんな種類のものがあるんだ」

「ほうほうゲームか。あまりやったことはないけれど、前々から興味はあったんだ。いい機会だ。それに興じるのも悪くないかもね」


 新崎がNoというのであれば、僕はそれをしない。彼女がそう望むのであれば、僕はそれを受け入れる。記録に残らずとも、記憶に残るのであればそれでいい。

 僕は新崎のためにいくつかのゲームアプリをインストールした。操作方法を教える。彼女はゲームに没頭した。とても楽しそうだった。しばらくして、バッテリー残業の低下を示す通知が表示された。


「おっと、充電の残りが少なくなったようだよ染川くん。それにそろそろいい時間みたいだ」


 新崎は液晶上部に表示された時間を見ながら答えた。


「そうだな。それじゃあ今日はこのへんで」

「また会いに来てくれると嬉しいよ。君と話すのはとても楽しいから」


 そう言うと新崎はいつものように笑った。だから僕は、いつものように「じゃあ、また」と返した。


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