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うたかた  作者: 武鬼
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再会

「巧! 帰ろうぜ! そいでゲーセンとか行こうぜ!」


 午後の授業も消化し、放課後となった。待ちわびていたというように淳一のテンションが上がる。いつもの光景だ。放課後になったら街にくりだし、テキトーにぶらつく。いつもと同じ。何も変わらない。そんな日々を今まで過ごしてきた。今日もその中のひとつだ。何もない平凡な日常だ。


 何もない?


 不意に頭の中に旧校舎の美術室で遭遇した少女が浮かんだ。夢まぼろしの少女。そういうことで納得したはずだった。それでも、なんとなく気になってしまった。

気になってしまったのだから、確かめなければ気が済まない。人間とは基本的にそういった生き物だ。


「悪い淳一。ちょっと用事」

「ほえー。珍しいこともあるもんだ。帰宅部エースの巧君にも遊び以外の用事があるとは」


 失礼極まりない発言である。


「たまにはそういうこともあるだろ」

「ふむ。それもそうだ。そいじゃ、また明日な」

「ああ。また明日」


 特に用事の内容を聞くわけでもなく、淳一は帰っていった。ありがたい。夢まぼろしが実在するのかを確かめに行くと言ったら、どんな顔をされるかわかったもんじゃないからな。さて、旧校舎に行くのを誰かに見られると面倒だ。他のやつらが部活に行くのを待つことにしよう。旧校舎は用がない限りは基本的に立入禁止ということになっている。部活が始まってしまえば、体育館横の倉庫の裏手から誰にも見られずに旧校舎まで行くことができる、はずだ。幸い旧校舎への道は、草木生い茂る半森林地帯に挟まれている。姿勢を低くしていけば、大丈夫だろう。

 僕はスマホを取り出す。今の時代、これひとつあればいくらでも時間をつぶせる。ネット、動画、音楽、ゲーム、小説、漫画、etc。便利な世の中になったもんだ。僕は小さな液晶画面に集中した。スマホをいじりだしてからいくらか経った。教室にはもう誰もいない。時間を見る。そろそろいいだろう。スマホをしまい、荷物片手に教室をあとにする。


 結果から言えば誰ともすれ違うことなく、誰にも見られることもなく旧校舎にたどり着けた。時間とルートを選んだのが功を奏したとでもいうべきか。警戒しすぎといわれれば確かにそうだが、今はし過ぎのほうがいい。今の僕の行動理由は、複雑というかバカげている。それを誰かに説明するのも(はばか)られるくらいに。とにかく中に入るか。

 僕は旧校舎の戸口を開ける。熱気のこもった不快な空気が待ち受けていた。外履きのまま踏み入る。西棟二階の最奥。美術室の札があるそこ。

 夢とまぼろし――夢まぼろしの産物である少女がいた場所。

 戸に手をかける。戻る時に鍵をかけ忘れたので、鍵はあいている。ゴクリと生ツバを飲み込む。僕は戸を勢い良く開いた。


 そこにはあの少女がいた。

 長く真っ黒な髪、雪のように白い肌、見ていると吸い込まれてしまいそうになる黒い瞳。

 少女は床まで垂れる白い布を敷いた机の上に座っている。

 不思議な雰囲気をまとった少女。

 不思議で神秘的でキレイで、そして――どこか儚げな印象を与える少女。


 夢まぼろしである少女が確かにそこにいた。


「おやおや。午前に会った少年A君じゃないか。どうしたんだい? もしかして私に会いに来てくれたのかな? だとしたらとても嬉しく思うのだけれど」


 少女は片膝を抱えたまま目を細めて笑った。


「夢じゃなかったのか……」


 不意にそんな言葉が自身の口からこぼれた。本当なら心のなかで呟くはずだったその声は、思いとは裏腹に口をついて出てしまったのだ。あまりにも衝撃的だったから。そして何故だか、嬉しかったから。


「君は私のことを何だと思っていたんだい? 君はあの時寝ぼけていたのかな? それとも本当に夢を見ていたのかな?」


 夢――確かに夢を見ていた。というよりは夢を見たあとだった。そしてその夢と現実が一致して、目の前の少女と出会った。それが信じられなくて、淳一の言葉に納得した。それでも気になってしまってこうしてここに来た。夢でもまぼろしでもなかった。なかったんだ。


「ぼ、僕は染川巧と言います」


 動揺してるのか何故か敬語になってしまった。


「これはこれはご親切に。私は新崎彩音(にいざき あやね)というんだよ。よろしく頼むよ、染川くん」


 互いに名乗った。新崎綾音――とても、キレイな名前だと感じた。なんとなくそう思った。


「そうだ染川くん。再会を祝して、少しお話でもしないかい?」

「ああ、わかった。雑談をしよう」


 まだ動揺が収まらないのか反射的にそんな言葉を口にした。雑談をしようなんて返し方があるものかと自らにツッコミをいれたい気分になった。雑談は気楽に、その場の気分で話すものなわけで。雑談をしようと改まるようなものではないだろう。


「ふふ。そうだ、そうだね。雑談をしようじゃないか」


 かくして雑談は始まった。どんな食べ物が好きとかどんな音楽が好きとかそんな他愛のない話だ。そんな何気ない話のひとつひとつを彼女は――新崎彩音はとても嬉しそうに、とても楽しそうに話し、聞いていた。その中で僕は気になっていたことを聞いてみることにした。


「新崎、さんは――」

「新崎でかまわないよ」

「……それじゃあ、新崎はどうして旧校舎の美術室なんかにいるんだ? それにここには鍵がかかっていたはずだけど」

「ここが私の居場所だからだよ」

「居場所?」


 それはどういうことだ?

 こんな古びた校舎の美術室がか?

 不思議というか変というか。端的に言えば、おかしい。


「そう居場所。ここは私がいるべき場所なんだ」


 だというのに彼女は、それが正しいことだと言わんばかりな口調で繰り返した。


「それと私がこの部屋に来た時には鍵はかかっていなかったよ」


 彼女の言葉の意味を理解する前にふたつめの質問の解答がきた。同時にふたつの質問をしたのだからそうなるのは当然のことだけれど、僕の思考は現れたふたつ目の疑問に支配された。確かに僕は鍵を開けてこの部屋に入った。そして旧校舎の美術室の鍵はここ数年間開けられていない。しかし新崎がこの部屋に来た時は鍵がかかっていなかった。そうなると辻褄が合わない。彼女が嘘をついている可能性はないだろうか?

 何かしらの手段で美術室に入り、鍵をしめる。でもどうやって?

 外側にある鍵を開け中に入り、外側にある鍵をしめる。普通に考えれば無理じゃないか?

 できたとしてもそんなことをする動機が不明だ。そもそもここで嘘をつくことに利があるとは思えない。謎が謎を呼ぶ。名探偵でなければ解決不可能なんじゃないだろうか。ただひとつ考えられる可能性をあげるのならば。


「窓から入ったりしてないよな?」


 淳一が言っていたスーパーアグレッシブガールである可能性だ。


「おいおい染川くん。ここは二階だぜ? か弱い女の子にそんなサーカス団員や怪盗みたいなことできるわけないだろう?」


 それもそうだ。きっと僕でもできない。彼女はノットスーパーアグレッシブガールだったようだ。


「いったい何がどうなったらそんな突飛な発想が出てくるんだい?」

「最初に新崎に会った時のことを友人に話したんだ。そうしたら鍵がかかってる部屋には入れない、窓から侵入したなんていうスーパーアグレッシブガールでもない限りは。って話になった」

「とんでもなく飛躍した発想だね。それで、君の友人は君が話したことを信じなかったのかい?」

「最終的に暑さにやられてまぼろし的なものを見たんだろうという結論になった」

「それで君は納得してしまったのかい?」

「ああ。前の時間に居眠りしてて夢と現実がごっちゃになってたから、もしかしたらそうなのかなって」

「君は自分の目で見たものを信じないタチなのかい? 最初に私と会った時、寝ぼけていたわけではないのだろう?」

「ああ、うん。目はさえていたよ」


 寝ぼけていたから自信がなくなって淳一の言葉に納得したわけではない。夢で同じような光景を見てしまったから、それが信じられなくて自信がなくなったんだ。生まれてこの方、予知夢や正夢の類は見たことがなかった。信じてもいなかった。だから、それゆえ本当のことなのか自信が持てなかったのだ。


「君は自分の目で見たものに対して自信を持ったほうがいいよ。自分の目で見たものが真実なのだから」

「そう……だな。そうすることにするよ」

「うんうん、よろしい。それとね、染川くん。できれば私がここにいるということは誰にも言わないでほしいんだ。素性に関係するようなことも聞かないでほしい。私も君の口から君自身のことを話すまで君の素性に関することは聞かないから」

「……ああ。わかった」


 何かわけがあるのだろう。だからこの学校の生徒じゃないのにここにいて、ここが自分の居場所だなんて言うんだろう。素性を聞かないというのはこちらとしてもありがたかった。できることならあまり知られたくない、知ってほしくないからだ。


「ありがとう染川くん。これで私のキャラクター性であるミステリアスガールが保たれるよ」


 なんだそれは。今はなんとかガールみたいなのが流行ってるのか?

 ミステリアスは日本語で言うと神秘的とか不可思議とかそんな意味だったと思うけど、どちらかというと彼女には不思議があてはまりそうだ。加えるならば不思議のあとにちゃんがつきそうな印象だ。そんなやり取りの後も雑談は続いた。しばらく経ち、いい時間になった。


「そろそろ帰るよ」

「いい時間というわけだね。また会いに来てくれると嬉しいよ。君と話すのはとても楽しいから」


 そう言うと彼女は微笑んだ。

 その時の彼女は神秘的――まさしくミステリアスがさまになっていた。

 けれど、それ以上に彼女の笑顔は淋しそうに見えた。

 だから僕は別れ際に「じゃあ、また」と返した。




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