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うたかた  作者: 武鬼
12/14

うたかた

 新崎と別れた後、自分のクラスの屋台に向かった。案外盛況でそこそこの列ができていた。


「おぉ巧じゃん! どう? 楽しんでっか?」


 たこ焼きを頬張りながら淳一が現れた。ひとつ進められたがさっき食べたので断った。


「まあぼちぼちね」

「もっと楽しめよ巧。年に一度のビッグイベントなんだからよ」


 年に一度、二日間だけのお祭り。なんだか少し淋しい気持ちになった。例年はただ消化するだけだったが、今年はとても楽しかった気がした。これも彼女がいたからなのだろうか。そうだ。来年もまた誘おう。着物を用意して、また彼女と花火を見よう。きっとそれは、楽しいだろうな。


「そういえばさ。最近お前がよく旧校舎に行ってるって噂があるんだよね」


 なに?


「お前がっつっても、お前らしき人物がってことだけどさ。そこそこの人が目撃してるわけよ」


 最初のうちはだいぶ警戒してたけれど、ここ最近は油断しすぎていたか?

 その噂が教師までいくとけっこう厄介だぞ。


「きっと人違いだろ?」


 僕はメンタリスト淳一の前でまた嘘をついた。それに気付いたのは嘘をついたあとで、しまったと思っても後の祭りだった。


「そっか。人違いね」


 なんとか誤魔化せただろうか。旧校舎のことは誰にも知られないにこしたことはない。


「まあそれは別として。あそこは用事がある時以外はできるだけ行かないほうがいいからな」

「どういうことだ? 基本的に立入禁止だからか?」

「それもあるんだけど、噂があるんだよ。幽霊が出るって噂が」

「幽霊?」

「そ、幽霊。ちょいと長くなるけどいいか?」

「……ああ」

「まだ新しい校舎ができる前のことだ。この学校でイジメを受けている少女がいた。少女はなにも悪いことはしていなかった。たまたま、標的にされてしまっただけだった。ある日、少女は美術室で絵を描いていた。そこに現れたのはイジメの主犯たち。彼ら彼女らは少女に暴力を振るった。その中のひとりが面白がって思いっきり少女を突き飛ばしたんだ。それで少女は机に頭を強打した。血がドクドクと溢れた。イジメの主犯たちは怖くなって逃げ出した。美術室は西棟二階の一番奥にある。美術室に用がある人以外は誰も来ない場所だ。それで発見が遅れた。見回りの先生が少女を見つけた時には、既に冷たくなっていたそうだ。この事件は学校に衝撃を与えた。殺人事件が起きたわけだからな。それで警察が調査をすすめる内に少女がイジメられていた可能性があるということがわかった。当時の校長はイジメの事実を否定し、もみ消した。完全なる事故死であるとした。そこで警察の捜査は突如として終わった。見えざる力が働いてね。以来、美術室では怪奇現象が相次いだ。誰も触っていないのに物が勝手に動く。窓が突然割れる。誰も居ないのに少女のすすり泣くような声が聞こえる。体調を崩す生徒も現れた。問題を大きくみた校長は霊媒師を呼んだが、解決には至らなかった。校長は建物の老朽化を理由に新しく校舎を建てた。逃げるように。新校舎では怪奇現象は起きなかった。でも旧校舎には未だに出るという。長く伸びた黒髪で生気の抜けたような白い肌、当時の制服を着た少女の幽霊が。そして彼女の血の跡は消えずに美術室の床にこびり付いている。ってのが噂話」


 予感がした。

 とても嫌な予感がした。

 まさかそんなことはないのかもしれない。それでも確かめずにはいられなかった。


「それは、本当にあったことなのか?」

「なになに? 怪談に興味持ったのか?」

「答えてくれ」


 茶化そうとした淳一だったが、何かを感じ取り真剣な表情になる。


「ああ。本当にあったことだ。今では噂話や学校の怪談みたいになってるけど、確かにこの事件は起きたことだ」

「少女って言ってたよな? その少女の名前とかって知ってるか?」

「知ってる。その少女の名前は――」




 僕は走っていた。体育館の裏手、歩いて10分の道のり。古くてボロい建物。木造であちこち傷んでいる。床なんかは下手をしたら抜けてしまいそうだ。ホコリが目立ち、クモの巣もある。西棟二階のつきあたりを右に。美術室の札がある教室。その戸を突き破るような勢いで開いた。


 戸を開くとそこには新崎がいた。

 長く真っ黒な髪、雪のように白い肌、見ていると吸い込まれてしまいそうになる黒い瞳。

 彼女は床まで垂れる白い布を敷いた机の上に座っていた。

 不思議な雰囲気をまとった少女。

 不思議で神秘的でキレイで、そして――どこか儚げな印象を与える少女。


「どうしたんだい? そんな息を切らして。また会いに来てくれると嬉しいとは言ったけれど。こんなに早く来てくれなくてもいいんだぜ?」


 目を丸くしながらも、いつもの調子で話しかける新崎。いつもの僕だったらなんと返答しただろうか。それを考える余裕は今の僕にはない。


「新崎」

「なんだい染川くん」

「その白い布の下を見せてくれないか?」

「どうしてだい?」

「確認したいことがあるんだ」

「嫌だよ」

「どうして?」

「知る必要がないからだよ」

「僕は確認したいことがある、それだけなんだ」

「そう。でも嫌だよ」

「新崎ッ!」


 僕の声に彼女はビクリと体を震わせた。驚かせてしまったかもしれない。それでも、これだけは確認しなければならない。


「……頼むからッ」


 確認して安心させてほしい。彼女はそうじゃないんだと。僕の予感は間違っていたんだと証明させてほしい。


「わかったよ、染川くん」


 新崎は机に敷かれた床まで垂れる白い布を取った――とても悲しそうな顔で。

 床には染みがあった。赤黒いような茶色いような染みがあった。


「知ってしまったんだね、染川くん」


 彼女は自身の心情を表すような悲痛な声を絞り出した。

 嘘だ。

 嘘だろ。

 こんなのって。

 こんなことって。

 ギリリと僕の歯がなった。強く握りしめた拳に爪が食い込む。血が流れるほどに。


「しかたがなかったんだよ。あれは事故だったんだ。たまたま……うん、そう。たまたまそうなってしまったんだ。誰も悪くない。私の運が、悪かっただけなんだ」


 新崎は驚くほどに優しい声だった。

 誰のせいでもない。

 誰も悪くない。

 誰も恨んでない。

 誰も憎んでない。

 だってしかたがなかったのだから。

 運が悪かっただけなのだから。

 そう言って笑ったんだ。

 笑ったんだ。

 僕にはそれが、悲しくてならない。


「しかたないですませられるわけないだろッ! 新崎……お前……それで……それで――ッ!」

「私のために怒ってくれるのかい? 私なんかのために悲しんでくれるのかい?」

「当たり前だろ! こんな……こんなのってないよ……こんなのって……」


 だって……あんまりじゃないか。彼女は悪くないっていうのにこんなの……悲しすぎるじゃないか。


「君は優しいんだね。……ちょっとお話をしよう。とある女の子のお話だ。聞いてくれるかな?」

「ああ……」

「とあるところにとある夫婦がいました。二人は良きパートナーでした。夫は妻のために熱心に働きました。夫は大きく出世しました。仕事も忙しくなり、妻とすれ違うことが多くなりました。妻は淋しさを感じ、過ちを犯しました。何度も何度も。それでお腹の中に子が宿ってしまいました。不倫相手である男は逃げ出しました。それでも妻は子を生むことを決めました。月日は経ち、子が生まれました。女の子でした。しかし夫には覚えがありませんでした。忙しくそれどころではなかったのに子が生まれるのはおかしい。不審に思った夫は医者に調べてもらいました。夫と子の間に繋がりはありませんでした。夫は気付きました。そして妻の行いに激怒し、離婚をしました。女の子は妻であった女性が引き取ることになりました。女性は女の子に暴力を振るいました。何度も何度も何度も何度も。お前のせいで私の人生はめちゃくちゃになったと叫びながら。幸い女の子は学校に通わせてもらえました。痣が目立ったので女の子は夏の日でも長袖を着ていました。それが理由で女の子はイジメを受けました。小中高全てで。きっと誰でもよかったのでしょう。他の人と違うところがあって、一人で、静かだったから都合がよかったのでしょう。女の子に居場所はありませんでした。家にも学校にも。そして女の子は誰にも愛されず、誰にも必要とされないまま事故にあって亡くなりましたとさ。めでたしめでたし」


 話し終えると新崎は自嘲するように笑った。


「その女の子が私だったんだ。笑えるだろう? 生まれてから死ぬまでずっと不幸だった。幸せだったことなんてただの一度もなかった。私に向けられるのは憎しみとか怒りとかそんなものばかりだった。これくらい不幸なら悲劇のヒロインを自称してもいいと思うんだ。はははっ」

「笑えねぇよ。笑えるわけないだろ、そんなことッ」


 僕は自分が不幸だと思っていた。母は僕を産んですぐ亡くなったそうだ。僕はあの父に育てられた。愛なんて一欠片もないような自分勝手な人間に育てられた。僕は幸せではないと思っていた。

 でも、それでも――新崎の過去を、新崎の生涯を知ってしまったらそんなことを言えなくなった。あれはあれで、きっと幸福だったのだろう。あれで不幸だなんていうのはおこがましい。不幸だなんて自惚れていた自分が恥ずかしい。かわいそうだなんて無責任なことをいうつもりはない。無責任な善意や同情は偽善に他ならない。それでも、こんな理不尽があっていいものかと嘆く権利くらいは僕にもあるだろう。こんな不条理があってたまるかと怒るくらいの権利は僕にもあるだろう。これほどの悲劇を知ってしまったら、僕はいったいどうすればいいんだ。何を以てして、幸福を享受すればいいんだ。


「やっぱり君は優しいね」

「優しくなんてないよ。だって僕は何もできなかったのだから」

「そんなことないさ。君は私なんかと一緒にいてくれた。私なんかのためにたくさんのことをしてくれた。優しくてかわいくて愛おしくて。そんな君が私は大好きだよ」

「こんなときまでふざけないでくれよ」


 今の僕はそんな気分にはとてもなれないんだよ。


「ふざけてなんかないさ。これは私の心からの言葉だよ。私は本当に君のことが好きなんだ……あまり女の子に恥をかかせないでくれよ」


 そういうとガラにもなく頬を赤らめた。こんな言い方をするのは失礼なのかもしれない。でも普段の彼女からは想像もできないほど、とても女の子らしい仕草だと思った。それをとても愛おしく思った。


「本当……なのか?」

「冗談なんて一言も言っていないだろう? 朴念仁もいいところだね」

「どうして……?」


 どうして――僕なんかを。


「私に普通に接してくれたからだよ。それだけで惚れてしまうなんて易い女だな、なんて思わないでおくれよ? 私は、私にはそれだけで十分だったんだ。私にそう接してくれた人は君が初めてだったから。いや、正確には二人目だったかな。それでもここまで一緒にいてくれたのは君が初めてだ。私はそれがとても嬉しかったんだ」


 新崎は微笑んだ。淋しそうではなく、悲しそうに。その笑顔が僕には苦しかった。胸が張り裂けそうになるくらいに。


「私には未練があるんだ。だからきっと何十年も経った今でも私はここにいるんだと思う。そこでお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「ああ。もちろん」

「キスを……してみたいんだ」

「なっ――キスを?」

「ダメ……かな?」


 新崎は上目遣いでそう言った。ダメなはずがない。断るはずがない。新崎がそう望むなら、僕はそれに応える。


「一応、理由を聞いてもいいか? どうしてキスなんだ? 画家になることじゃないのか」

「それは夢であって、未練ではないよ。叶わないならそれはそれでいいのさ。さて、どうしてキスなのかということだね。私は人を愛したことも人に愛されたこともない。だから大好きな君とキスをしたいんだ。私に愛を教えてほしいんだ。それに青春真っ盛りの男女は、熱いキッスをして大人の階段を登るものだろう? それとも君はセックスのほうがよかったかい?」

「セッ――ばっ……女の子がそんなこと軽々しく言うもんじゃありません!」

「ふふっ。やっぱり君はかわいいね。そういうところも大好きだよ」

「茶化すなよ。まあ、ええと。キスをするのもやぶさかではない、わけだが?」

「はははっ……なんだいその言い方は?」

「う、うるさい」

「ありがとう染川くん。すごく嬉しいよ」

「う、うん。それじゃあ……えっと。キスするぞ」

「ロマンチックの欠片もないセリフだね。もっとイタリアン紳士のような情熱的なセリフはないのかい?」

「そんなロマンチシズムを恋愛未経験者の僕に求めないでくれ。目、閉じてくれよ」

「ふふ――まあこういうのも嫌いじゃないよ、私は」


 新崎が目を閉じた。

 不思議で神秘的でキレイで愛おしい少女。

 艶やかな黒くて長いその髪も。

 透き通るように白いその肌も。

 今は見えないけれど、夜を落とし込んだようなその瞳も。

 全部が愛おしい。

 狂おしいほどに。


 顔を近づける。 唇が触れ合う。 とても柔らかな感触が伝わる。映画やドラマのワンシーンのような美しいキスではないけれど、彼女に対する全ての気持ちを注ぎ込んだキスだ。熱くとろけるような長いキスを交わし、ようやく僕は離れた。


「…………」

「…………」


 僕たちは無言だった。何を言えばいいかわからない。お礼を言うのもなんだか違う気がする。こういう時、どうすることが正しいのだろう。


「――――い」

「え?」


 新崎がか細い声で何かを言ったので、僕は反射的に聞き返した。


「――もういっかい。お願いしてもいいかな?」


 潤んだ瞳で恥ずかしそうに彼女は言った。


「ああ」


 短い返事の後、再びくちづけを交わした。頭の中が真っ白になる。言い知れぬ感覚が体の中を通り抜けていくような感じがする。


「もういっかい」


 キスを終えるとすぐに彼女はそう言った。僕は再びキスをした。望まれるまま何度も何度も。体を抱き、引き寄せるようにして。何度も何度も何度も何度も。僕たちはキスをした。この一瞬をずっと忘れないために。不意に新崎が泣き出してしまった。キツく抱きしめてしまったからだろうか。


「大丈夫だよ。ちょっと感極まってしまっただけだ」


 狼狽える僕を安心させるように彼女が言った。


「ああ――胸が満たされる思いだよ。こんな気持ちになったのは初めてだ」


 さきほどまでのキスを思い出すように彼女は目を細めた。


「もっとはやく、君に会いたかった」


 その呟きが合図だったように彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「もっとはやく……生きているうちに……君に会いたかった。そうすればきっと、私はこんなところに独りで何十年もいずにすんだのかもしれない。そうすればきっと、幸せになれたのかもしれない。私は生まれてきてもよかったんだって……思えたかもしれない。私は悲しかった。淋しかった、辛かった、苦しかった。でも我慢した。それしかできなかったから。我慢して我慢して、いつか幸せになれると信じていた。でもそんな日は訪れなかった。私は誰にも知られないままに死んだ。独りで惨めに死んだ。私は悔しいよ。私の人生は何だったのだろうか。私はなんのために生まれてきたのだろうか。誰にも望まれず、愛されず、必要とされないまま死んだ。私の人生に何の意味があったというんだい。無意味だよ。なんの意味もない。意味を持つ前に死んでしまったのだから。私はそれが悲しくてしかたがないよ」


 堰を切ったように彼女の感情が溢れ出た。彼女が抱えていた想いや気持ち。明かすことのなかった心の叫び。いつもあっけらかんとしていたのは、気丈に振る舞っていただけだったのかもしれない。僕はそれに気づけなかった。気づくことができなかった。そんな自分が少し嫌いになった。


「すまない。少し取り乱してしまった。君が責任を感じる必要はないよ。だからそんな悲しい顔をしないでくれ。過ぎてしまったことはどうすることもできないのだから」


 それでも僕は、もっとはやく生まれてこなかった自分を呪うよ。


「もう私はいくよ」


 涙を拭いながら彼女は言った。


「いく? それってどういう――」


 察しがついてしまった。彼女は幽霊だ。その彼女がいく場所といったらひとつしかない。


「君のおかげでもう心残りはないんだ。私は愛を知った。だからもう、ここにいる理由が無くなってしまった」

「そんな。ちょっとまってくれよ」

「私は死んだ人間だ。ずっとこの世界にいてはいけない人間なんだ。君もわかってくれるだろう?」

「で、でも――」

「私も離れたくはないよ。でもこれは正しいことなんだ。そもそも幽霊になってこの世界に留まれること自体が奇跡なんだ。そのうえ、未練まで晴らしてもらったんだ。それ以上を望んだら本当にバチがあたってしまうよ。いいかい染川くん。これは夢なんだ。いつ消えてしまうかもわからない儚く脆い夢。叶うはずのなかった、うたかたの夢なんだ。夢はいつか覚めなければならない。わかるだろう? 染川くん」

「わかんねぇよ! ずっといればいいじゃんかよ。ずっと、ここに!」

「聞き分けを持ってくれ。ワガママかもしれないけれど、私を幸せなままいかせてくれないかい? 私は君のおかげで救われた。本当に感謝してるんだ。だからいかないと。今までありがとう、染川くん」


 そう言うと、新崎は窓に腰掛ける。


「ま、まって! まってくれ! 僕だって――」


 僕はまだ君に伝えていないことがあるんだ。僕の気持ちをまだ言っていないんだ。だからまってくれ。


「僕だって、新崎のことが――」


 その先は、唇にあたられた彼女の指によって止められた。


「その言葉は私のような死んでいる人ではなくて、君のような生きてる人に言うべき言葉だよ。そうしないと報われないだろう? 君も、私も」

「それでもいい! それでも僕はかまわない!」

「意地悪かもしれないけれど、ここは私に勝ち逃げさせてはくれないかい? 君の気持ちは十分に伝わったよ。今君に優しい言葉をかけられたら決心が鈍ってしまうよ。染川くん、どうか私を困らせないでくれ」


 そういって背を向けた彼女の肩は震えていた。きっと新崎だって僕と同じ気持ちだ。それでも彼女が本来いるべき場所へ旅立つというのであれば、笑って見送るのがきっと僕の役目なのだろう。もしもここで僕が引き止めてしまえば、彼女が旅立つ機会を永遠に失うことになりかねない。僕が卒業するまでの間は一緒にいられるだろう。でもその後は?

 また独りになる。ずっと独りになる。ずっとずっと。永遠に。そんなことはしてはいけない。ようやく彼女は解放されたんだ。呪いから。彼女を縛るこの世界から。だから彼女は彼女がいくべき世界にいかなければならない。それが正しいことなんだ。僕自身が望んでいなかったとしても、それがきっと正しいことなんだ。


「――ああ。わかったよ」


 僕は自分にできる最高の笑顔で頷いた。うまく笑えているかはわからない。でもこれが僕にできる、最後に与えてあげられる餞別なのだから。新崎も安心したというように笑顔を浮かべてくれた。


「ありがとう染川くん。君に出会えて、私は――幸せだったよ」


 最後にそう言い残し、新崎は窓から飛び出した。僕はしばらく彼女がいた場所を見つめていた。







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