最愛のきみへ
最愛の夫を亡くした。
出張帰りの飛行機が墜落し、ものの数秒で飛行機は木々をなぎ倒し、部品を撒き散らしながら着陸した。一瞬にして夫を含む数百名の命を奪いながら。
その一報を聞いた時も、現実味がなくて涙も出なかった。涙を流してしまえば、現実であると嫌でも理解してしまうから。涙さえ流さなければ、また私の名前を呼びながら玄関を開けて帰ってきてくれると思ったから。
あの日から数ヶ月して、あの人の遺品が手渡された。あの人の時計、私があげたタイピン、付き合いたての学生時代にお揃いで買ったネックレスまで。
泣いてしまった。あの人はもう帰ってこないのだと嫌でも納得してしまった。
「奥さん」
初老の警官がところどころ焦げたような、手帳を手渡してきた。
手帳の一ページ目には夫の名前が書いてある。カレンダーには仕事の予定の他にも、私の誕生日、私達の結婚記念日、私達が出会った日まで書いてあった。
初老の警官が優しい手つきでページをめくった。
そこには、荒々しい、震えた手つきで書き殴ったことがわかる字体で
『ナナミ、オゲンキデスカ』
それはまさに夫があの緊迫した機内で残した最後の、手紙。遺言だった。
「元気なわけないじゃない…」
『コノテガミヲヨンデイルトイウコトハ、ボクハモウ、キミノソバニハイナイノデショウ。ゴメンナサイ』
自分の命が危ういというのに、書いてあることは私の身を案じるようなことなかりだった。
溢れる涙を抑えながら、文章を読み進めていった。後半はもう何が書いてあるかを読み解くのは難しかったけれど、それでもあの人を感じた。あなたを感じた。
『サイゴニ、ボクガイナクナッタアトフアンデショウ。ダケド、ボクハマタアナタニアエルヒヲタノシミニシテマッテイマス」
初老の警官と共になんとか読み解いた最後の言葉は、夫が残した最愛の妻への言葉はこんな言葉で締めくくられていた。
「また、きみに会いたい」
私は、周りの目など気にする余裕もなく泣き崩れてしまった。今まで現実を受け入れないようにしていた心の堤防が崩れ去ったように。
後追いなんてしたらあの人に胸を張って会いに行けない。そんなことをしようと考えていた自分が恨めしくてあの人に申し訳がない。
あの人は自分の気持ちなんかより、私が前を向いて生きていけるようにこの言葉を残してくれた。もう二度と会えないあの人の名前を叫びながら私は呟いた。「ありがとう」と。
いつしか窓から差し込む日差しは、私を包むあの人のように暖かい夕陽へと変わっていた。
蛙の鳴き声が聞こえる。
「こんなものが…手に握りしめられていました……」
若い検死官が苦虫を噛み潰したような表情で、初老の警官にしわくちゃになった紙切れを手渡す。
「こんなもの……見せられん…」
警官はそのままポケットへしまう。封印するかのように。もう誰も傷つけまいとする彼なりの機転でもあった。
『ダカラオマエモシネ。オマエモシネ。オマエモシネ
オマエモ。クソ。オマエモ。ドウシテオレダケ。オマエモ。オマエモ。オマエモ オマエガ。オマエガ。オマエガシネバヨカッタノニ。マダ。ズルイ。イヤダ。オマエガ。ドウシテオレガ。オマエガ。オマエガ。オマエダケ。オマエガ。オマエガ。オマエガ。ズルイ。ズルイズルイズルイズルイズルイズルイ ズルイ。イヤダ。シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネ シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ イッショニ。』
最愛の君へ。