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堕天使

作者: 鳴瀬

仕事に疲れ切っているあなたへ。

人生に疲れ切っているあなたへ。

虐待を受けたあなたへ。


こうならないためにも、周りの人間へ早期に相談したり、頼って、甘えて。


頼れない人は命を落とすこともあるのだから。



虐待された子供や仕事に打ち込み過ぎている人は将来精神障害発症率が高いと言われている。

疲れきっている人程、休息の仕方が分からないものだと思う。




看護師になりたい方へ。働き方改革と言われているが、まだまだ多忙な日々が多い医療業界。天使になるために身や心を犠牲にしたり、自分らしさを失わなくていい。




 ナースとは看護師のことを指すが、看護師にも分類がある。


 日本ではまず、准看護師と正看護師に分けられる。昔で言うところの高看と正看だ。准看護師は、都道府県ごとに行われる試験に合格した上で、都道府県知事から免許を受けるのだ。准という漢字は主たるものになぞらえるということを指す。なぞらえるとは、物事を類似のものと比較して、仮にそれとみなす、擬するということだ。つまり、日本国にある保健師助産師看護師法の第6条の「准看護師とは都道府県知事の免許を受けて、医師、歯科医師又は看護師の指示を受けて、前条に規定することを行うことを業とするものをいう」と説明がいく。次に正看護師は、看護師国家試験という試験を受け、現職の厚生労働大臣からの免許を受ける。正とは「セイ」「ショウ」「ただ」「まさ」という読み方がある。漢字の意味としては本当であること、正式なもの、おさ、偽りがない、確かなものというものがある。業務内容は保健師助産師看護師法の第5条「傷病者若しくは褥婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう」と記載されている。准看護師は医師や正看護師に指示されれば、正看護師と同様の業が出来るのだ。正看護師は更に認定看護師や専門看護師に分けることが出来るのだが、ここでの記載は省く事とする。


  看護の「看」という漢字は看る(みる)という意味もある。よく看護学校では手の下に目という書き方である「看」という漢字について、次のように説明する。手で触って感じて、目で見て感じて、患者の状態を把握し、看病して(まも)るから看護なのだと話を聞かされるのだ。


 看護者には、日本看護師協会が定めた倫理綱領が15条ある。内容を簡素化して伝えようとするならば、私はこう記載するだろう。人間の尊厳と権利を尊重する。人間は平等に看護提供する。信頼関係に基づいて看護する。自己決定の権利を尊重・擁護する。守秘義務を遵守する。人間を保護し、安全確保する。自己責任を持って看護する。個人責任として継続学習による能力の維持・開発に努める。他の医療関係者と協働して看護する。より質の高い看護を行う為に、看護実践、看護管理、看護教育、看護研究の望ましい基準を設定・実施する。研究や実践を通して、専門的知識・技術の創造と開発に努め、看護学の発展に寄与する。質の高い看護を行う為に、看護者自身の心身の健康の保持・増進に努める。社会の人々の信頼を得るように、個人の品行を常に高く維持する。人々がより良い健康を獲得していく為に、環境問題について社会と責任を共有する。専門職組織を通じて、看護の質を高める為の制度の確立に参画し、より良い社会づくりに貢献する。以上が看護者の倫理綱領だ。


 世間では看護師は白衣の天使だと言われている。私は看護師とは、と調べて勉強していくうちにこれらの規則を遵守して多忙な仕事を乗り越えているのだから、天使であろうと思えた。しかし、当の本人達は私は天使であると思っていないだろう。天使と言われ出したのは由縁は、クリミア戦争で活躍したフローレンス・ナイチンゲールの存在が大きい。看護の日もナイチンゲールの誕生日が由来であり、看護師といえばナイチンゲールといっても過言ではない。看護学校でよく行われている戴帽式でもナイチンゲール像を掲げて蝋燭やライトを照らし、祈りを捧げているのだから、ナイチンゲールは看護者に奉られた天使だ。


 現在の医療現場では、昔のような白いワンピースのユニフォームにナースキャップは少なくなり、動き易さを重視したズボン型のユニフォームでナースキャップは衛生面を考慮して廃止している医療施設は増えている。ハロウィン等のイベントで看護師のコスプレをしている人は未だに定番性かエロさを求めてなのか、ミニスカのワンピース型白衣に定番のナースキャップだ。男性諸君はそんな白衣の天使に憧れると聞くし、それはまた一興という事に話は収めておこう。


 私がこれまでに看護師とは何者なのか、法律や漢字の意味、倫理綱領等から説明した。読者は何が言いたいのか、長い説明で頭が痛くなったのではないか。これから以降に話す事は、日本の片隅の小さな世間での出来事だ。



  




  由利子は母から「真面目にコツコツと生きていれば、必ず誰が見てくれていて、きっと良い事があるから」と言い聞かされて育ってきた。


 母は苦労人だった。父はアルコール依存症で、飲酒運転による逮捕歴や酒に酔った勢いで知人を殴り傷害罪に問われた事もある馬鹿野郎だった。それでも母は父の事を可哀想な人だと庇い、夫婦生活を続けていた。父は母と由利子に暴力も振るった。よくある話で人前では暴力は振るわず、(おど)けた様子で世間を綱渡りしていた。そのため、周りからは剽軽(ひょうきん)な面白い人だと言われては酒の場に呼ばれていた。父は酒の場で知り合った男の連帯保証人となり、借金地獄に足を踏み外した。そんなこともあり、母は更に苦労を重ねていった。母は借金返済のためにも、家族の生活のためにも仕事に励んで昇進していくが、それが父にとっては(うと)ましかった。父は飲酒運転で免許取消となったのに無免許で運転をし、アルコールの匂いを(ただよ)わせて仕事をすれば、解雇になる事は小さかった由利子にも想像はついた。母は酒を隠したり、車の鍵を隠したりと色々工夫はしていたが、父の罪への認識は薄く暴力と飲酒は日に日にエスカレートしていった。由利子は忙しい母に変わって幼い頃から家事や父の面倒をみていた。5歳という年にして味噌汁や簡単なおつまみくらいは作れるようになっていた。小学生に上がり、学校から帰宅すると洗濯や食事の準備、風呂掃除に至るまで行っていた。それでも父には気に食わないようで、洗濯物の干し方や食事の味付け、皿の洗い方など姑の様にケチをつけられては手を挙げられていた。時には髪の毛を掴まれ引き摺り回されたり、裸で寒空の下に放り出されたこともあった。母に伝えても「ごめんね」としか返事はなく自分という人間の無力さを感じた。


 母は、昇進するにつれて職場の飲み会や企業パーティー、お客様への接待が多くなり、帰宅時間が遅くなる事が増えた。土日祝日も仕事に出向くこともあり、母は家にいる時間が少なかった。小さい由利子でも母が大黒柱なのだからと寂しさを我慢していた。だか、年端もいかない由利子だ。帰りの遅い母を出迎え、そして、顔を合わせる為に父が寝静まった後に家を抜け出し、近所の大きな交差点の電柱の下で母の帰りをひたすら待ち続けた。帰りが最高で朝4時近い日もあった。今の時代で考えたらこれらのことは児童虐待、ネグレクトだが、当時はまだ騒がれていない時代で、電柱の下で幼い子供が立っていたとして通報する人などいなかった。由利子は、玄関で待ち構えるよりも早く会える交差点の電柱の下での再会がとても嬉しかった。母はいつも私に気付くと車に乗せて、残り少ない距離の自宅への帰路へ一緒に着くのだった。由利子にとって母に愛される事が1番の生き甲斐だった。父からどんなに酷い目に遭わされても、母が家に帰ってきてくれることで安心感は確かに存在した。


 由利子は小学高学年になると離婚すればこの生活から抜け出せることを理解できるようになった。母には何度も離婚を迫ったが、父が可哀想という理由から断り続けた。ヤクザの事務所に置いてある様なガラス製の大きな灰皿で叩かれても、椅子で背中を叩かれて腰の骨を折っても、ステンレスのやかんを投げつけられ鼻が(えぐ)れても、母は離婚を切り出さなかった。ある日、父が些細な事で逆上し、包丁を投げつけた。投げた包丁は座っていた母の体スレスレで畳に突き刺さったが、その時、母はやっと命の危機を実感したのだろう。母は離婚を決意した。その日から母は何度も父へ離婚を迫まるが、父は何度も離婚届を破り捨てた。その頃の由利子は中学生となっており、進路に悩んでいた。家庭の環境を考えると今後母子家庭になることは分かりきっていた由利子はやりたい事よりも、どうすれば母の荷物にならないのかを一生懸命考えていた。母は車で1時間半以上かかる職場へ通勤していた。その近辺に文部科学省が定めた5年一貫看護学校があり、そこは病院奨学生制度があると知った。病院奨学生制度を使えば学費免除の上、卒業後奨学金を出してくれた病院で契約年数働けば奨学金を返済しなくても良いのだ。母に迷惑をかけたくない由利子にとってその制度の情報は金塊のようなものだった。すぐさまその学校を志望し、勉学に勤しんだ。倍率は高かったが、学校へ合格し、晴れてN病院の奨学生となった。母には、父に秘密で職場と学校に近いところにある安いアパートを借りて、そこへ夜逃げしようと説得した。中学校の卒業式が終った数日後に15年過ごした家を母と飛び出し、夜逃げしたのであった。




 学校ではそれなりに苦難はあり、勉強、実習は厳しいものだった。最初の章で述べた通り、天使を目指すのだから容易くはない。由利子はバイトを何件か掛け持ちしながら勉学に勤しんだ。奨学生だから授業料は出るといえど、看護学校のテキスト代は専門書の為、高いものばかりだ。テキスト代や実習で発生する移動費、社会人になれば必要となる自動車免許取得時に発生する費用、様々な事に金はかかる。母に迷惑をかけたくない由利子にとってはバイトする事は大切な事だった。離婚していない母は母子家庭手当も使えなかった。キャリアウーマンである母は高収入だが、借金返済の身であった為、金には常に困っていた。そんな母へ由利子は、お小遣いはいらないと言い切り、それもバイトで補っていた。バイトと学業の両立には苦労したが、青春という輝きを犠牲にした代償で看護師国家試験に合格し、地方を抜け出し、N病院へ就職したのであった。






 由利子は真面目だった。周りの新人ナースは浮き足立ち、自分のナース服姿を写メって家族や友人、恋人、SNSに披露していたが、そんなことはしなかった。周りは段々と垢抜けていき、髪も色が抜けていき、明るい毛髪が増えた。ピアスの数も増え、ヘアアクセサリーも増えていたが、由利子はずっと黒いヘアゴムだった。何故なら、真面目だったから。看護者倫理綱領には品行を維持しろと書いてあったし、入職時にもらった規則手帳にもヘアアクセサリーは黒、ピアスも1ペア、SNSへの投稿は控えるようになど書いてあったからだ。由利子は守り続けた。だがある日、患者に華がないと言われ、水色のシュシュを付けてみようとした事があった。つけたその日にキラキラのヘアアクセサリーをつけたお局からだらしがない、不潔だと罵られ、すぐさま外した。それ以降、由利子は規則から1ミリも出ないように心掛けた。しかし、先輩や同期や後輩は規則を破っていた。金髪や赤や青のインナーカラーの入った毛髪もいた。SNSに患者の事を記載している人さえいた。それでも由利子は真面目だった。

その日は議員の選挙候補者の発表があった日だった。由利子は仕事で疲れ果てて、家でテレビを観る暇などなかったが、患者からの教えで知った。休憩に入ると看護師長から「看護部長からの御達しで、看護協会が推している議員へ投票しなさいとのことです。しっかりと投票するように。投票してるか後で調査もするそうですよ。仕事が忙しいは理由になりませんよ。期日前投票が有るんですから。」と言い渡された。由利子は選挙まで口出しされるのかと正直思った。確かに看護者倫理綱領には、「専門職組織を通じて、看護の質を高めるための制度の確立に参画し、より良い社会づくりに貢献する」となっているが、それは選挙で看護協会から出ている候補者を看護師全員で推す事も含まれるのかと疑問に思った。由利子は師長へ「その方に投票すると、どうなるんですか」と率直な疑問をぶつけた。師長は「看護師の働き方改革をされている方らしいわ。残業とかお給料とかに反映されていくんじゃないかしら。」と力説した。どうせ、看護部長にそうやって説明しなさいと言われた通りに説得しようとしてるだけでしょ、なんて思ったが口には出さなかった。残業、残業といっても用紙で申請しないと残業代は貰えないし、下っ端が書けるはずもない。勉強会と称して集められても、残った仕事は減るはずもなく、勉強会が終わればまた仕事に戻り、帰宅すると深夜を回る前なんて病院では当たり前の出来事だった。


  由利子は看護師になって3年目になっていた。その間には救えた命も、救えなかった命もあった。忙しい中で、先輩の愚痴や八つ当たりに耐えながらも真面目をモットーに掲げて仕事に打ち込んだ。3年目の春に異動を命じられた。その先でやっと「頑張ってるのに、何でそんなに評価されないの」と言ってくれる先輩と出逢うが、その先輩は半年で異動となり、由利子はすぐさま理解者になり得る人物を失うのであった。その頃から由利子は、夢でも仕事をしている事が増えた。眠っているのにリアリティな仕事の夢を見るのだ。休まる気がしなくなり、睡眠量は減った。食事も喉を通らなくなりゼリーや果物で(しの)いだ。そんな日が続いている上に更に災難は襲ってくる。お局達からの心無い言葉に、毎晩思い出しては過呼吸に(おちい)った。母に相談してみた。由利子にとっては母へ甘えた一瞬だった。母はメンタルヘルスの受診を勧めた。受診結果は、「(うつ)病」だった。


 鬱病となった由利子は仕事を続けるものの、段々と心身共に弱り続けた。先輩達は体調管理が悪いと罵るようになった。ある日、患者「由利子ちゃん、(やつ)れたね。何かあったの。」と何気なく声を掛けられた。その患者も鬱病歴がある方だった。類は友を呼ぶではないが、やはり経験がある人には分かるのかと由利子は涙を堪えた。鬱病の服薬治療を開始するが、上手くは行かず、何度か自殺企図を行った。医師に仕事を辞めるように説得され、残りの奨学金75万円を支払い退職した。




 看護師を辞めた由利子は金も職も何もかも失った。今まで全力で走り続けてきた由利子には、生きる意味を失ってしまった。確かに退職した事で弄りやストレス等はなくなったが、やる事も無くなった。医師は由利子へ「今は休む事が君の仕事。心身は大切にするべきだ。看護師の君なら分かるだろう。」と伝えるが今の由利子にとっては自分自身はどうでもいい事だった。全てを捧げてきた由利子にとってこのゆったりとした時間がぎこちなかった。由利子は睡眠薬とアルコールを過剰に摂取し、息を止めた。命を救う、命を護る。看護師という天使の世界へ足を踏み込んで3年という月日を歩み、命の駆け引きの中で、命の重さや大切さ、尊さを知っていながらも由利子は死を選んだ。それはもはや堕天使なのだろうか。







現在、由利子は生きている。あの後、病院で運ばれて人工呼吸で息を吹き返し、CPAP治療を受けた。集中ケア室で目を覚ました時は、何故死ねなかったのかと嘆いていた。今でも看護師時代の事を思い出すと身体症状が出て苦しんでいる。それでも、由利子が生きていてくれて良かったと周りは言って聞かせたが、由利子の耳には、頭には、入っていかないのが現状。


由利子は未だ地獄でもがいている。「胸が痛い。生きるという苦しみから逃げたい。死なせて。記憶が消せるなら消して欲しい。」と毎日泣いて過ごしては、自殺したい気持ちと理性が戦っている。



いじめが社会問題になっている今日に死なないと解決しない、この雰囲気が消えて無くなりますように。



鳴瀬

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