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聖アイネスの咆哮  作者: マリー・ラム
8/10

第8話 間話ー忠臣ー

 昼間の暑さで早くも夏バテ気味。

 本格的な夏が来たらと思うと恐ろしいですね汗

 ファリオ・ビルスキーという騎士が除名され、その存在が聖アイネスからぱったりと消えてから数日が過ぎていた。

 元々ジェローム・カーパスの部隊に属していた騎士であるが、かの神官殺し事件の捜査の責を問われて部隊は瓦解、大半の隊員が精神的に壊れてしまっている。

 そのような状態で、なんとか壊れずに居た数少ない隊員であった男は、先日教皇猊下が直々に連行していき、その翌日には騎士身分剥奪が公表され、当の本人は行方知れずになってしまった。

 その男と相棒であったマイルス・ロデスという騎士の落ち込む様は目も当てられないほどだ。すっかり憔悴してしまっている。毎夜毎晩相棒の情報を求め、所在不明になる前日まで入り浸っていたという酒場に通っているそうだ。

 これまで約四十年余り宮仕えをし、今は執事長という立場を拝命しているが、私が覚えている限りではあるが騎士の身分を剥奪された者はいない。私が生まれる更に遙か昔には何名かいたようであるが、悪辣極まりない人格の者ばかりであり、軒並み死罪となっている。

 だがしかし、今回のファリオという騎士がそこまでのことをしているのかと問われると、私はそのようには思えない。ジェローム・カーパスならば、神官殺し事件の責任を負って騎士身分の剥奪も無いことは無いだろうが、それも異例中の異例、百歩譲ってどころか世界を裏返さなければ下されない処罰だろう。

 騎士が身分を剥奪されるということは、それ程までに大変なことなのだ。

 長年教皇猊下にお仕えしてきた身としては、何か裏でのやりとりがあったのだろうと思われるが、猊下は私には何も伝えてくださらない。

 

 「……そう睨むな。そなたは私が幼少の頃よりの良き友だ。だからこそ言えぬ事もあるのだ」


 「ええ分かっておりますとも教皇猊下。猊下のお考えに私のようなただの執事が言葉を挟むことなど言語道断でございましょう。私は身の回りの世話だけしていればよいのです」


 「なあ、ブリストンよ。そなたには政治の後ろ暗い部分に触れてほしくないのだ。そう棘のある物言いをするでない、この通りだ」


 教皇猊下は苦い顔をして頭を下げる。全く、本当にこの人は昔から変わらない。一人で何もかも背負い込もうとしがちなのだ。


 「いいですかディルフィン。一体私が何年ここで仕えていると思っているのですか? この国の暗部など知らないはずが無いでしょうに。私の心配など無用、既に如何様な覚悟もしております。だかが一人の信念で全てを守ろうなど思い上がりも甚だしいのですよ」


 「そなた……言いたい放題であるな。私にそこまで言える者は、最早そなただけであろうな。ブリストン、そなたの気持ちは嬉しいが、やはりそなたを巻き込みたくは無いのだ。そなたには、純粋に友として私の側にいてもらいたいのだ」


 頑なにそう言われてしまえば、私もこれ以上何かを言い返すことは無粋だろう。脇へ一歩下がり、恭しく一礼する。

 

 「かしこまりました。それでは教皇猊下、私は紅茶を淹れてまいりましょう。気を落ち着けるにはうってつけですから」


 彼はゆっくりと頷く。その姿を確認し、私は長年繰り返してきた所作で部屋を後にする。彼が望むのならば何も知らない友人で居続けよう。それが私の忠心なのだから。

 

 部下の執事やメイドに指示を下しながら城内を歩いていると、廊下の向こう側から見慣れた姿が向かってくるのが見えた。

 

 「あ、ブリストンさん。お疲れ様です」


 「シルフィ君、お疲れ様です。きみも大変そうですね。どうですか、捜査の方は」


 「いやー、犯人は分かったんですけど消息が掴めなくて困ってるんですよね。今回の件の目的もまだはっきり分かっていませんが、一つだけ確信を持って言えることはありますね」


 目の前に立つ優男の細い目が少し開き、そして彼は明確に言葉を紡ぐ。


 「貴族と神官のどちらか、あるいはその両方に裏切り者がいます」


 彼の視線は私の目を捉えて離さない。何も後ろ暗いことはないのだが、思わず目を逸らしたくなる程に鋭い眼差しだ。

 

 「なるほど。しかし、それを私に言っても良かったのですかな?」


 「ブリストンさんだからこそお伝えしたのです。城内のことを知り尽くしているあなたなら何か気付くことがあるかもしれないと思いまして。もし何かおかしな動きを感じた時は僕に教えていただけると助かります」


 そう言い残し、彼は私に頭を下げる。それでは、とその場を離れる頃には彼の顔はいつもの飄々とした優男のそれであった。

 彼は来た道を戻ってゆく。なるほど、彼は私にこれを伝えるためだけにここへ来たのだろう。是非にも執事として教育し、いずれは私の後を引き継いでもらいたいと思える男だ。騎士としてある程度の立場ができていることが悔やまれる。そんなことを考えつつ、私は彼が角を曲がるまでその姿を見送った。


 日が落ち、教皇猊下がお休みになられた頃、私は自身の部屋でシルフィ・エルスの語った言葉について考える。

 聖アイネスを裏切って得をする者が本当にいるのだろうか。もしそうであれば一体何のために。内通しているのであれば間違いなくリデア帝国の息が掛かっているのであろうが、先だってのエーデリア特別遊撃隊による活躍もあってリデア軍の勢いはそこまで強くないはず。

 私のような素人が考えるも疑問が増えてゆくばかりだ。ならば何も余計なことは考えず、私は与えられた仕事に努めればよい。

 明日以降はより一層この城内中に目を配っていかなければならないだろう。

 年甲斐も無く決意を新たにし、私は今日の仕事を終え眠りについた。


 ― ― ― ― ―


 今夜の闇はいつもより深く、遠くの森でフクロウか何かが鳴いている。

 城内は眠りに包まれ、一体何が起こったのかを知る者はいない。

 城内のとある一室、そこの部屋の主は死を迎える恐怖に目を見開いていた。

 自分の口を手で塞がれ、刺された腹部からは血が流れ出ているのを感じる。流れ出る血とともに、抵抗する力も抜けてゆく。

 最早声すらも上げられないことを察したのか、口を塞いでいた手は離れ、男は冷たい目で部屋の主を見下ろす。


 「お前に残された時間は僅かだ。せめてお前の人生を悔いて死ね」


 そう言い残して、男は部屋を後にする。

 部屋の主である神官、アンドリュー・ビレイグはその言葉に何を思ったのか。

 夜明けを迎え彼の死が公になっても、その答えを知る者はだれもいない。

 ゆるりとお待ちください。

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