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聖アイネスの咆哮  作者: マリー・ラム
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第6話 阻喪

更新までの時間が空きがちになってしまっているのが一番の悩み

もう少し時間を上手く作らなければと思う今日この頃

 「んで、ジェロームの様子はどうだ?」


 「ひどいもんだね。ベッドの上で枕に噛みついて壁に吠えてるよ」


 神官がまとめて4人も殺された夜以降、ジェローム小隊長は多方面から責め立てられた。

 当然、ジェローム小隊長以下、神官殺しの捜査に携わっていた兵士たちも一様に責められ屍のような顔をしていたのだが、事ここに至り、とうとうジェローム小隊長の心が折れた。

 責任感の強い彼であったが故、心が折れてからの変貌ぶりは周囲の騎士たちにも動揺を与えている。


 「俺たちはこれからどうすれば良いのでしょうか……」


 ジェローム小隊長の部下たちは、暗い表情でシルフィさんに問いかける。


 「……君たちも今は少し休むと良い。指示があるまで待機しておいてくれ」


 彼らは力なく頷き、各自の部屋へと戻ってゆく。

 その姿は見るに堪えないほど弱々しいものであった。


 「とりあえず、教皇への謁見許可が下りた。まずは事の次第を報告してからだね」


 僕たちは謁見の間へと歩む。

 僕たちが騎士の正装を身に纏い城を訪れるのは数週間ぶりだ。その期間は謹慎という体裁であったせいか、様々な憶測や尾ひれの付いた噂が流れていたのであろう。僕たちの姿を見た他の騎士や役人たちは皆様々な表情で僕たちの行動を遠巻きに眺めていた。

 謁見の間に入ると、教皇は既に玉座にて僕たちの到着を待っていた。


 「遅くなり申し訳ありません」


 「跪かずともよい。私の意を汲んで行動していたそなたらから謁見の願い出があったのだ。神官殺しについて急ぎの報告があるのだろう?」


 シルフィさんは神官殺し事件について、僕たちが遭遇した男のことを教皇に報告する。それがどんな男であるか、そして、ライヴィスさんの旧知の仲であることを。

 その報告を教皇は無言で聞き続け、そして僕たちに問うた。


 「その男を捕まえられるのであるか?」


 その問いにシルフィさんは答えず、視線をライヴィスさんへ向ける。


 「現時点では無理だ」


 「そなたらに捜索させてもか?」


 「俺やランスリッドとほぼ互角に戦える上に、あいつはリデアの暗殺部隊、その中でも軍規粛正のために仲間殺しをしていた精鋭部隊の出身だ。一度隠れられたら見つけるのは俺でも時間が掛かる」


 ライヴィスさんの言葉に、僕の心がどんよりと沈み込んでいく。セライラの身体もピクリと震えていたので、たぶん彼女も同じなのだろう。

 もしも僕たちが、あの晩、あの男を追うことができていたら。そう考えると悔しくてたまらない。

 そんな僕たちの気持ちなど関係なく状況は変わるもので、ライヴィスさんの言葉を受けた教皇は即座に言葉を発した。


 「ならばそなたらにカイン・クロノスなる者の捜索を命ず。シルフィ・エルス以下五名、ただ今を以てエーデリア特別遊撃隊は原隊復帰、必ずカイン・クロノスを見つけ出すのだ」


 「勅命、謹んでお受けいたします」


 シルフィさんの号令によって条件反射で跪いたものの、カイン・クロノスを追うことに、僕の心の大半は不安で埋め尽くされたままだった。


 ― ― ― ― ―


 「……俺たちは一体どうなるんだろうな」


 相部屋の仲間が天井を見上げながら呟く。

 暫く俺たちの部隊は何もできない。いや、何もできなかったからこそ、何もさせてもらえなくなったのだ。

 これから先どうなるかなどただの平騎士には分かる訳がない。神官殺し事件捜査の責を負って騎士の身分を剥奪されるかもしれないし、国外追放だってあり得る話だ。

 死罪までにはならないだろうが、身分の剥奪や国外追放は事実上の死罪のようなものだ。

 良くて身分剥奪、悪くて国外追放であろうという想像がつくだけに、ただ何もせず沙汰を待つ日々が苦痛で仕方ない。


 「ジェローム隊長に続いてジッドとノーラも医療棟に行っちまったな」


 「ウィルバーとタロンとリズも追加だ。仕方ないさ。毎日いろんな奴に責め続けられたんだ、心が折れても不思議じゃない」


 ジェローム隊長の元で、俺たちは神官殺し事件の捜査をしていた。

 最初は犯人はすぐに見つかるだろうと思っていた。だが、そんな楽観的な考えはすぐに打ち砕かれた。

 第二、第三の犯行が行われるにつれ、俺たちへの風当たりはどんどん強くなり、先日起きた神官四人同時殺害がトドメとなった。

 今まで批判を一身に受けていたジェローム隊長の心が折れてしまったのだ。

 隊員に批判が向かないよう必死に防波堤となってくれていた隊長がいなくなったことで、各所からの声が直接俺たちに届くようになった。

 そうすると、もはや俺たちは外を出歩くこともできなくなり、日暮れを待ってこそこそと動く、まるで薄汚いネズミのような生活を過ごしている。

 ジェローム隊隊員も徐々に心が折れていき、今医療棟送りになっていないのは俺たちを含めて四人だ。部隊の半数以上の心が折れてしまったのだ。もはや部隊の復活は叶わないだろう。

 ジェローム隊長の部隊であることに誇りを持っていた俺たちにとって、それが何よりも悲しい。


 「俺たちは一体何のために生きてるんだろうな」


 その独り言について、俺は聞こえないふりをした。


 太陽が姿を隠し、それに併せて人の往来も無くなった頃、俺は街へと繰り出す。

 大叔父が神官であった俺は、今まで貴族街や商人街、騎士街といった城の周辺の、比較的裕福な人間が住む場所しか知らずに育っていた。

 今となってはそんなところを歩こうものなら、たちまち取り囲まれてしまう。足が向かう先が職人街や平民街になっていったのは当然のことだろう。

 そんな中、俺はふらりと立ち寄った酒場に毎夜入り浸るようになっていた。

 初めのうちはあまりの騒々しさに辟易したものだが、ここに来る威勢の良い職人やおちゃらけた平民たちは皆気の良い奴であり、今ではこの喧噪が心地良くさえ思っている。

 今日もこの酒場に立ち寄り、ここで出会った職人たちと酒を酌み交わして現実逃避していると、俺は誰かに肩を叩かれた。

 

 「程々にするんだ。ファリオ、きみの無念は僕たちが全て飲み干そう」


 そう言ってその男は俺の手からエールを引ったくり、一気に飲み干した。

 そうだ、ジェローム隊長がこの男のことをよく話していたっけか。

 ジェローム隊長の心を折った連中への怒りをぶちまけてくれたっけか。

 ジェローム隊長が最も誇り認めた後輩の騎士が、シルフィ・エルスがそこにいた。


 「ファリオ、ゆっくり休むといい」


 その言葉を最後に、俺の意識はゆっくりと途切れていった。

のんびりとお待ちください。

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