第5話 邂逅(後編)
遅くなってしまった(汗
東通りの教会は静まり返っている。
監視の目が弱まってから更に一週間、僕とセライラは夜な夜な教会の近くで張り込みをしていた。
「本当にここに来るのかな」
「何も手掛かりがない以上、ライヴィスさんの勘を信じて続けるしかないわね」
今となっては日中の監視も緩くなっている。毎日毎日同じような靴屋の一日を眺めるのは、監視を命じられた貴族上がりの騎士にとってこの上ないほど退屈だったろう。今朝など、店が開いているのを確認した後から監視をサボっていた。
「元々暇を持て余してるお飾りの騎士だもの。騎士としての矜恃なんて持ち合わせちゃいないわ」
貴族上がりの騎士に思うところがあるのだろう、セライラは苦い顔で呟く。
そんなセライラの言葉に、僕は何も応えることはできなかった。
沈黙が僕たちを包み、永遠に続くのではないかと錯覚するくらいゆっくりと時間が流れる。日付が変わり、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。僕とセライラの意識が少し揺らいだ頃、教会の方から、何かを引き摺る音が聞こえた。
慌てて僕たちは教会を見上げる。屋根の上には
夜が深まり、雲で月明かりが遮られた瞬間、僕たちはその姿を目の当たりにした。
「そこで何をしている!」
屋根の上の影に向かって叫ぶ。その影はゆっくりとした動きで引き摺っていた物を屋根に置いた。
「驚いたな。教会を監視する気配は途絶えていたはずだが。なるほど、事を急いたか」
雲が風に流れ、月が再び地上を照らし、屋根の上の影もそれに伴って姿を露わにしてゆく。
屋根の上の影は、その男は感情のない虚ろな目でこちらを見据える。
「若いな。……だが、面白い気配だ。なるほど、修羅場を経験した者の空気だ」
長身痩躯の、長髪の男がほんの少し笑う。その足下には、この教会の神官が横たえられている。遠目から見ても既に事切れている。
「神官の護衛を命じられていたのならば、残念だが任務は失敗だ」
「私たちは神官殺しの犯人を追っていた。あなたを捕まえたら任務は完了。あなたを拘束するわ」
屋根の上の男の表情は変わらない。
すると突然、その男は教会の屋根から飛び降りた。
僕たちは短剣を抜き、男の動きに注意する。
「なるほど、捕まるのは拙い。抵抗させてもらおう」
男は外套の下に隠し持っていたナイフを僕たちに向けて放る。
飛んできたナイフを短剣ではたき落とす間に、男は教会の中へと駆け込んでいった。
「逃がすか!」
僕も男を追って教会に走り、セライラもそれに続く。
教会の扉を蹴り開けて一歩中に入る。
その途端、猛烈な悪寒を感じた僕は、踏み出した足に無理矢理力を入れ、二歩目へと向かう身体を強引に引き留めた。
その鼻先を、銀色の筋が通り抜けていった。
「よく躱したな。なるほど、纏う空気は本物か」
軽いステップで、男は僕たちから距離を取る。
教会の中には月明かりが差し込み、その男の手には大きな鎌が握られていた。
ゆらりと立つ長身痩躯の男が握る大鎌は、月明かりの中で妖しく光を放つ。その異質な姿に僕とセライラは言いようのない圧迫感を感じていた。
「生きて返すつもりはなかったが……なるほど、気が変わった。どのみち教会に押し込むのも今日が最後だ」
「最後だって?」
「ああ、既に今日は神官を四人殺している。神官で殺すべき者は全て殺した」
「何だって!?」
短剣を握る手に力が入る。そんな僕の様子を見た男はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「修羅場を経験したとはいえ、なるほど、圧倒的に経験が少ない。今この場で命を刈り取らずとも、これから起きる流れの中でお前たちが生き残れるとは思えないな」
「一体何をするつもりなの?」
男は何も応えない。その代わりに、男は僕たちに向かって殺気を放つ。
今までどこに隠していたのかというくらいおぞましい殺気が僕たちの心臓を握りしめる。男と対峙するだけで僕たちの呼吸は乱れ、汗が額に滲む。
まるで地面に縫い付けられたかのようにその場を動くことができない。そんな僕たちの隣を、男は悠々と歩いてゆく。
「時代は既に回り始めている。もう誰にも止められはしない。もしもお前たちがライヴィスという男を知っているのなら伝えろ。断罪の鎌が振り下ろされると」
男の殺気が遠退くまで、僕とセライラは一言も発することなくその場に立ち尽くしていた。
― ― ― ― ―
翌日の聖アイネスは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
それもそのはずだ。男が言い残したとおり、一晩で四人の神官が殺害されたのだから。
今頃は貴族と神官たちが城内でてんやわんやしているだろう。どうせ結論の出ない会議に勤しんでいるはずだ。
そんな中、未だに僕たちの謹慎は解かれていない。事が事だけに、おそらく僕たちの事など頭からすっ飛んでいるのだろう。エーデリアの面々は馴染みの酒場で卓を囲んでいる。
「それで? その男は本当にそう言ったんだな?」
事のあらましを語る僕たちの言葉に、敏感に反応したのはライヴィスさんとランスリッドさんだった。
「ええ、ライヴィスさんに伝えろと」
二人は考え込む。その姿を、シルフィさんと僕たちは黙って見つめていた。
「……生きていたのね。それは喜ぶべきなのでしょう……けれど」
ランスリッドさんが呟く。その言葉を皮切りに、ライヴィスさんは空を仰ぎ口を開いた。
「……そいつの名はカイン・クロノス。俺の義兄弟だ」