第4話 邂逅(前編)
主に体調不良で逝っておりました。
久しぶりに書けて嬉しく思っております。
皆様も体調には十分ご注意ください。
「さて、どうしたものかな」
いつもの酒場には普段通りの喧騒が戻っている。隅の席に座る僕たちは、その喧騒を聞きながら今後の事を考えていた。
「まさか神官連中が教皇に直訴しに来るとはな」
ジェローム隊との会話から一週間ほど過ぎた頃、僕たちは教皇からの参集命令を受けた。
その場で僕たちに申しつけられた内容は、捜査から外され、暫く通常任務もさせられないとのものだった。
「そなたらに疑いを向けることは愚の骨頂であるのだがな。神官どもの総意として上申してきたのだ、微塵でも疑惑がある者を捜査に加わらせる事が適切なのかと」
「それを呑んだってのか。面白くねえ話だ」
「ライヴィス! 控えろ!」
「よい……私も不愉快極まりないが、各地の大司教から突き上げられた枢機卿団の方が気苦労が絶えぬだろう。ライヴィスの言う通り、まさに面白くねえ話だ」
教皇自身も不愉快なのか、ライヴィスさんの粗暴な言葉遣いをなぞって口にする。側に控えていた従者も、思わず驚いた顔で教皇の顔を見つめていた。
「暫くそなたらには暇を出す。恐らく監視も付くだろう。……我が心中に一切の変わりは無い、それを忘れるでないぞ」
苦労を掛けるな、と言い残し、教皇は謁見の間を後にした。
その場に残された僕たちも立ち上がり、お互いに顔を見合わせた。
「よし、休暇だ」
「違うからね?」
そして、冒頭に至る。
「で、どうする。ご丁寧にこんなとこにまで監視を寄越してるんだぜ?」
僕たちの座る席は酒場の一番奥の端、丁度建物の角に位置する場所だ。その席に座るのは店内を見渡すことができるからというのが大きな理由であり、現に僕たちを監視するため店のカウンターに座っている騎士らしき二人組の姿を捉えていた。
「どうせ監視を付けるならもうちょっと人選を考えるべきだと思うけどな」
監視を命じられた騎士はおそらく貴族出身者なのだろう。乱暴者の集まる酒場において、この二人だけ異様に浮いているのだ。
そんな二人が目障りなのか、この店の客はその二人に対して無駄に絡んでいる。こういった手合いのあしらい方を知らないのか、二人の顔は不快感と若干の恐怖で引きつっていた。
「あれは放っておいても大丈夫だろう。それよりも僕たちが何をすべきかが重要さ」
シルフィさんは監視の者の存在など意に介さずに話を進める。謹慎の最中に、これからどう動くかという算段を付けているのだ。
「ろくなもんじゃねえな。不良騎士」
「部隊として暇は出されているけど、個人的に事件を調べるなとは言われてないからね。とりあえず、僕の考えを聞いてもらえるかな?」
― ― ― ― ―
「おば様、研ぎ終わったナイフは片付けておけばよろしいですか?」
「あら、もう終わったの? 助かるわねえ、このまま皮の裁断をしちゃうからこっちに置いておいてくれる?」
シルフィさんの指示に従って行動を始めてから二週間が過ぎている。
事件については何の進展もないし、変わったことと言えば、僕の実家の靴屋へセライラが丁稚奉公に来ていることくらいだろう。
「特に難しくはない。みんなには普通に暮らしてもらう」
「……それだけですか?」
「ああ、それだけさ。何日かかるか分からないが、いずれ監視が弱まるはずだ。監視が弱くなったら、君たちにはやってもらいたいことがある」
そんな会話の後、僕は実家に戻った。暫く騎士としての仕事は休みになった事を母さんに話すと、母さんは思いのほか喜んで受け入れてくれた。
店番をしながらぼんやりと窓の外を眺める。ゆったりとした時間が流れ、思わず欠伸をしてしまう。
「マルセロ、お客様に失礼よ」
「そんな高尚な客層じゃないから」
実家の靴屋を手伝いながら二日ほど過ごしていると、セライラは家政婦のナディアさんと共に、突然僕の家にやってきた。
何だかんだと話をしていたが、要約すると暇だから働いてみようという思い付きらしい。貴族の考えることはよく分からない。
余談だが、突然セライラが僕の家を訪れたとき、母さんは慌てふためいていた。我が家に貴族が、更にその相手が聖アイネス屈指の名家の令嬢なのだから当然ではあるのだが。
「セライラちゃん、屋根裏に皮を運んでもらえるかしら」
「はい、ただいま!」
馴染んでいるのは、セライラが凄いのか母さんが凄いのか、おそらく両方なんだろう。
「セライラ様も楽しそうで何よりですわ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
眠そうな僕を察してか、ナディアさんが紅茶を運んできてくれた。この人もセライラに従って僕の家で過ごしている。
「お嬢様の思い付きでご迷惑をお掛けして申し訳御座いません」
「いえ、いいんですよ。むしろ助かってますから」
西日が道行く人々の顔を照らし、向かいの服飾洋品店は店じまいの準備を始めている。
もう少ししたら母さんたちも作業を終えるだろう。ナディアさんの紅茶を飲みながらその時を待つ。
「マルセロ君はご両親によく似ていますね。顔立ちはコリナに似ているけど、あなたの目は間違いなくロランドさんの目を受け継いでいます」
「そういえばナディアさんは母とは旧知の仲だったんですね。父のことはあまり覚えていないんですが、そんなに似ていますか?」
「ええ、ここに来た時にお話しした通り、コリナとは女学校の同窓生なんです。……あなたが幼い頃だったものね、ロランドさんが亡くなったのは」
ほんの少しの時間だろうけれど、僕はナディアさんから父さんのことを色々聞いてみた。
彼女は昔を思い出しながら、両親の馴れ初めから戦死に至るまでの話を教えてくれた。
その話をする彼女は驚くほど饒舌で、僕の父とセライラの姉がいかに素晴らしく誇らしい存在であったかを止めどなく喋り続ける。
「ナディア、あんまり小っ恥ずかしい話をしないでくれるかい」
「あら。ふふっ、つい話し込んでしまったわね」
いつの間にか僕たちの後ろには、母さんとセライラが工房を片付け終えて立っていた。
「マルセロ君は素晴らしい騎士になるわ、間違いなく。何人も騎士を見てきた私が保証する。それに、ロランドさんの意思を引き継いでいるいい目をしているしね」
「いい騎士じゃなくていいから、無事に帰ってきてくれればそれでいいんだよ」
そのまま母さんに急かされ、僕は店の看板を片付け戸締まりをする。自分のわがままで騎士になり、心配を掛けていることに少しだけ申し訳ない気持ちが浮かんだ。
― ― ― ― ―
母さんの作る晩ご飯を食べ終え、ナディアさんの淹れる紅茶で一息つく。
ありふれたようで実は贅沢な時間なんだろう。自分の部屋でそんなことを考えていると、誰かがドアをノックした。
「マルセロ、ちょっといいかしら」
「どうぞ、開いてるよ」
ドアを開けてセライラが僕の部屋へ入る。
「マルセロも気付いてるわね?」
「うん、やっとだね」
「ええ、やっと監視役がサボりはじめたわ」
僕たちはある確信を持って日常を過ごしていた。監視役に付けられる騎士がいつまでも真面目に僕たちの監視を続けるわけがないと。
そして、監視の目が緩くなり、僕たちはようやくシルフィさんからの命令を実行するときが来た。
「やってもらいたいこと、ですか?」
「ああ、神官殺しがこれで終わることはないはずだ。目撃者が出ない以上、現場を押さえるしかないだろう。監視がいなくなったら君たちには東通りにある教会で張り込んでもらいたい」
「どうしてそこに?」
「ライヴィスの勘さ。次に殺されそうな、いけ好かない神官がいるんだとさ」
監視の者に聞かれなくて良かったと今になって思う。
酒場の喧噪も案外聞かれたくない内容を喋るにはいいのかもしれない。
「東通りの、だったっけ?」
「ええ、根拠はないけど」
僕たちは闇に紛れて行動を開始する。
使い慣れない短剣を懐に忍ばせて。
次回もよろしくお願いします。