第3話 推測
遅まきながら明けましておめでとうございます。
本年ものんびりと更新していきますので、気長にお付き合いください。
教皇から神官殺しの捜査の応援を命じられたその日、僕たちエーデリア特別遊撃隊の面々は最初の事件現場に来ていた。
教会は事件以降閉鎖されており、今は騎士が数名常駐して誰も立ち入らせないようにしている。
僕たちが神官殺しの捜査に加わることは既に伝わっていたのか、シルフィさんが教会の入り口に立つ若い騎士に声を掛けると、すんなりと中へ入ることができた。
事件以降は誰も内部を管理しておらず、礼拝堂の天窓から差し込む光に舞い上がる埃が照らし出されている。礼拝堂の奥に佇む女神の像は今日も変わらず穏やかな微笑みを僕たちに向けていた。
礼拝堂の脇にある神官の執務室に入ると、穏やかな礼拝堂の空気から一変し、途端に血と臓物の匂いが鼻腔を刺激した。
「殺されたのはこの部屋のようだね」
「流石に血痕しか残ってねえな」
神官が殺された部屋を一頻り検索してみるが、やはり遺留品のような物は何も見当たらない。更に、その部屋の中は綺麗に整頓されており、争ったような痕跡すら見られなかった。
「分かったのは抵抗する間も無く殺されたんだろうってことだけかしらね」
「うん、神官の遺体も確認できたら良かったんだけどね。三人とも既に埋葬されてしまっている以上、ジェローム班の報告書から推測するしかないかな」
「めんどくせえな、墓掘り返すか?」
「……神官が聞いてたら激怒するだろうね」
その後、他の現場となった教会も一通り確認してみると、一つだけ現場に共通している状況が浮かび上がる。
「どいつもこいつもなんら抵抗できずにやられちまったのか。神官も訓練所でしごいたらどうだ?」
「ライヴィス、神官に聞かれてたら後が面倒だから止めてくれよ。しかし二人目はまだしも、厳戒態勢になっていた三人目まで同じような状況で殺されてるのは不自然だね」
すべての現場を確認し終えた僕たちは、今日も今日とて馴染みの酒屋で食事を取りながら情報を精査する。これまでの捜査の情報が記された報告書は明日確認する予定だが、僕たちが現場を見回って得た情報から導き出している可能性については既に間違いなく記入されているだろう。
「明日はジェローム先輩に会ってみよう。報告書には何か目新しい情報があるかもしれないし。その上で僕たちの方針を決めていくのがいいかもしれないね」
捜査に加わった初日、現場を歩き回って得られた情報は、その現場を見れば誰もが分かるような物ばかりだった。すんなりと解決できる訳がないということは頭では分かっていたけれど、実際にやってみると精神的に大きく疲弊させられる。
ジェローム小隊長の部隊に改めて同情するとともに、僕も同じような経験をするのだろうと思うとげんなりしてしまう。
僕は目の前に並ぶ夕食へ、溜息交じりに手を伸ばすのだった。
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現場を見て回った翌日、僕たちはジェローム小隊長たちが詰めている城の一室を訪れた。
「やあ、シルフィ君。きみたちが協力してくれるなんて心強いよ」
部屋の奥から、目が虚ろになりながらもジェローム小隊長ができる限りの痛々しい笑顔で出迎えてくれた。
部屋の中にいる騎士たちも同じような様子ながらも、僕たちを精一杯歓迎してくれているようだ。重苦しい空気の中の乾いた笑いに、僕たちは皆が一様に引き攣った笑いを浮かべるのだった。
「それでジェローム先輩、これまでの報告書を読ませていただいてもいいですか?」
「ああ、もちろん構わないさ。だが、下手人に繋がるような内容は何も書けていないけどね」
ジェローム小隊長は自嘲気味に笑う。彼の机の上には報告書のほか、有力な神官や貴族など様々な宛先からの書簡が積み上げられていた。至る所から追い込みをかけられているのだろう。僕はそれを見なかったことにした。
報告書に目を通してみるが、その内容は、僕たちが昨日現場を見て回って纏めたものとほぼ相違ないものだった。
様々な内容の書類に目を通していると、ライヴィスさんがある報告書に目を留めた。
「おい、ジェローム。本当にこの報告書に書いてある通りなんだな?」
「それか。ああ、その報告書の通りだ。神官たちは一刀のもとに切り伏せられている。そしてその切り口だが、骨から内臓まで綺麗に切られている。あれほど綺麗な切創を見たのは久々だったよ」
僕たちはライヴィスさんの手に握られていた報告書を読み進める。
神官の遺体を見分したもののようで、遺体の状況を説明した文章と詳細な絵が描かれていた。
「どの神官も同じだ。綺麗にスッパリ斬られている」
ジェローム小隊長は短く溜息をつくと、椅子に深く腰掛けて呟いた。
「間違いなく、素人じゃないよねえ……。出せないよ、これ」
その言葉で、部屋の中が微妙な空気に包まれる。
その空気の意味が分からなくてセライラに目線を移すも、彼女は理解しているようでこめかみの辺りを押さえていた。
「あの、それってかなり重要な情報じゃないんですか? どうして出せないんですか?」
「神官だけを狙って玄人の殺しが起きている。警備も厳しい貴族街でだ。誰かの手引きがなけりゃ、ここまで目撃者もなく証拠も残さずやってのけるのは俺でも無理だ」
「ライヴィスが言うように、そんな状況下で神官を三人も殺しているとしたら? 当然内通者として真っ先に疑われるのは、貴族街をよく知る者だろう」
「貴族街をよく知り、警備の情報も簡単に手に入れることができる者。そして、切創を見るに相当な手練れであることね」
「ああ、その通りだ。そして、それらの条件を満たす存在は、この国では間違いなく君たちしかいない。エーデリア特別遊撃隊、これは君たちの動きを封じ込めるための事件だ」
僕たちの動きを封じ込めるためと言われても、僕にはいまいち要領を得ない話だ。余計に意味が分からない。
セライラにもう一度視線を送ると丁度目が合った。今度は僕の意を汲んでくれそうだ。
「マルセロ、私たちエーデリアは貴族と同格として扱われているの。それに加えて、教皇の直属という立場は、神官ですら得られない特別なもの。私たちを良く思わない貴族や神官も少なからず居るのよ」
「……もしも今の情報を外に流すと僕たちはどうなるの?」
「教皇直属の立場にある以上、直接的に何かをされるということは無いだろうが、神官と貴族それぞれの立場で起きる権力争いに巻き込まれるだろう。内通の疑い有り、容疑が晴れるまでしばらくどこかに軟禁ってところだろうね」
僕はシルフィさんの言葉をどこか信じられずにいた。だが、その部屋にいる者は皆同じような考えを抱いているらしく、捜査班の面々も小さく頷いていた。
「だから言っただろう。下手人については何も書けていないって」
ジェローム小隊長は僕に向け、力なく笑った。
「陰湿なこった。やった証拠はねえが、やってねえ証拠もねえんだ。こんな捻くれた事を考える奴の心当たりはあるが、もしあいつが絵を描いてんなら……間違いなくこんなもんじゃ終わらねえな」
ライヴィスさんの言葉に、エーデリアの面々は同じ人物を思い浮かべたことだろう。もしも、あの男が今回の件を考えたのだとしたら……。
僕たちの懸念は、そう遠くないうちに的中してしまうのだった。