第2話 進まぬ捜査
パソコンを買い換えました。
新しいパソコンの設定やら何やらで更新が非常に遅くなっておりました。
約9年一緒に過ごしたパソコンは丁重に弔う予定です。
人の口に戸は立てられないということか、神官が殺された事はその日のうちに聖アイネスの国民全員が知ることとなる。
要らぬ不安を駆り立てぬように、と気を回して騎士や神官たちが情報統制を行おうとする前にはもう、町中にその事実が広まっていた。
現場となった教会の周囲には騎士が数人駐留し、現場の確認が終わるまで住民や野次馬を寄せ付けないように警備している。
現場や遺体の見分は、それを専門とする騎士の部隊が行っている。
何か分かれば僕たちにも情報が回ってくるだろう。それまでは通常通りの哨戒任務を続けるように、とのシルフィさんからの指示に従い、僕とセライラはいつも通りの一日を終えていた。
「さて、今日の報告を聞こう。まあ、何かあったかと聞くまでもないんだけどね」
「流石に私も驚いたわ。この国でそんな大それた事をする輩がいるなんて」
「聖アイネスの国民だって人間だ。何があっても不思議じゃねえさ」
「だけど、必ず死罪になることが分かった上でやるだろうか?」
「やる奴はやる。それだけだ。他にあるとすれば、神官を殺すために何者かがアイネスに入り込んだかだな」
いつもの酒場の熱気も今日はなりを潜めている。
聖アイネスの身分制度を簡単に言えば、教皇を一番上として順に宰相、神官、貴族・騎士、兵士・平民となっている。平民と貴族の間には大きな差があるが、神官と貴族の間の差はそれよりも遙かに大きなものとなっている。
いくら有力な貴族であっても、神官にはその権威を振りかざすことはできないのだ。
仮に貴族を殺すと重罪ではあるが、諸々の事情を勘案した上で減刑される場合もある。しかし、神官となるとそうはいかない。神官を殺そうとしただけでも極刑は免れないのだ。
ライヴィスさん曰く、クソみたいな身分保障制度らしい。シルフィさんが慌てて窘めるが、本人は意に介していないのか、椅子に深くもたれ掛かって欠伸をしていた。
「しかし、全く情報がねえってのも難儀なもんだな。殺して屋根に飾り付けるくらい派手にやってんだ。悲鳴や物音くらい聞こえてそうなもんだけどな」
「犯人を捕まえられなきゃ、捜査班にいる騎士も只じゃ済まないだろうね」
神官という特権階級に対する殺人だ。犯人を捕まえられなければどれ程の責任を問われるか分からない。
「ジェローム小隊長も気が気ではないでしょうね。何も犯人に結びつく物が見つからないのですし。シルフィさんなら解決できるんじゃないですか?」
「ジェローム先輩には流石に同情するよ。何も情報が見つからないような神官殺しの捜査班長をさせられるなら……僕ならどこかへ亡命するかもね」
現時点では全く解決の糸口が見つからない状態だった。
そんな事件の捜査をしている部隊員たちの顔は、事件のあった翌日以降急激に青ざめ、やつれていくのであった。
― ― ― ― ―
状況が動いたのは、神官が殺された日から一週間が過ぎた朝だった。
「マルセロ! 起きて! 急いで出るわよ!」
休息日の朝だというのに、僕はセライラに叩き起こされていた。初めて見たわけではないが、セライラの私服というものはなかなかに新鮮に感じてしまう。
眠さで働かない頭でそんな事を考えていると、セライラから目覚ましのビンタが僕の左頬を捉える。文字通り叩き起されてしまった。
「叩かなくてもいいじゃないか。一体どうしたのさ」
「早く着替えて! また神官様が殺されたのよ!」
近くにあった服を引っ掴んで、僕たちは宿舎を飛び出した。
貴族街には数カ所教会が建てられており、今回は貴族街の最奥に建てられた教会が現場だった。
僕たちがそこへ辿り着いた頃には、既に神官の遺体は運び出されており、捜査部隊の面々が青白くなった顔の上に絶望を浮かべながら現場確認を行っていた。
騎士により現場は立ち入りができないようにされ、その周囲では、貴族や神官たちが不安そうな顔で現場を眺めている。
付近にいた神官見習いの少年から今回の件について教えてもらったが、前回とまるで同じく、身体を大きく切り裂かれ殺された神官が屋根の上の女神像に引っかけられていたらしい。そして、貴族の往来の激しい場所であるのに悲鳴や物音を聞いた者は皆無だったそうだ。
「今回も有益な情報は何も得られそうにないのね。ジェロームが胃を押さえているし」
「ランスリッドさんも来られたんですね。神官ばかり狙われているんでしょうか」
「阿漕な商売をしていたからじゃないかしら?」
ランスリッドさんの声が聞こえたのか、数人の神官が凄まじい目で振り返る。
僕たちは素早くその場を立ち去った。
第二の犯行が行われてから更に二日後、再び貴族街の教会で同じように神官が殺された。
事ここに至り、教皇から僕たちエーデリア特別遊撃隊に出頭命令が下る。シルフィさんは嫌な予感しかしないと、呼び出しを受けたその日の夜はヤケ酒をあおっていた。
― ― ― ― ―
教皇から直々の呼び出しを受けた僕たちは、教皇と謁見するため城内を歩いていた。
「おい、あれジェロームじゃねえか?」
ライヴィスさんの言葉に僕たちは、前方から歩いてくる一人の騎士に目をやった。
その顔は目の下に大きな隈ができており、頬も痩せこけ目元が窪み、健康だった頃のジェローム小隊長の面影を殆ど感じさせない姿だった。
「たった半月で人間ってあんなに追い込まれるもんなんだな……」
いつもは飄々としているライヴィスさんであったが、流石に今のジェローム小隊長の姿には引いている。
「……今度は僕がああなるのかもしれないね」
遠くを見つめるシルフィさんに対し、僕たちは同情の目を向けるしかなかった。
「さて、皆を呼び出したのは他でもない。今聖アイネスを騒がせておる神官殺しについてだ」
謁見の間において、僕たちは教皇の前に跪きその言葉を聞いていた。
後ろからなのでその表情は分からないが、多分シルフィさんは心底嫌そうな顔をしているのだろう。
「ジェロームの部隊が捜査をしておるが、状況は芳しくない。何の手掛かりもない状態で既に三名の神官の命が奪われておる。非常に由々しき事態だ。捜査態勢の強化に伴い、そなたらもこの件の解決に尽力してもらいたい。女神と共に歩んだ気高き一角獣の如き活躍を期待する」
教皇が去った後、謁見の間に残された僕たちは、予想通りの展開に頭を抱え、特にシルフィさんの顔からは表情が抜け落ちていた。
「二件目が起きた時からこうなるんじゃないかとは薄々思っていたけど、いざ直面すると辛いな」
ため息交じりにシルフィさんが独り言つ。進展が見通せない現状が続けば、シルフィさんもいずれジェローム小隊長のような顔になるかもしれない。それはそれで見てみたいものではあるのだけれど。
「とりあえず、僕たちも現場を見に行ってみようか。正直、今更捜査に参加したところで何ができるんだって話なんだけどね」
教皇からの勅命を受けたその日、先行きの見えない捜査の日々が始まった。
まだ手に馴染んでいない所為か、タイピング中に誤操作を頻発させております。
更新スピードは早くて週一になると思います。