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貧しき人  作者: 寒村の住人
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序・第一話


 ネットが人々の手元に行き渡り作り上げられたこの仮想世界とは、奥ゆかしき人間をなんとここまで赤裸々に語らせるものなのか。特に世間のあらゆるコミュニティから孤立し放置された貧しき男による、ネットによって開け放たれた心のありのままたるや。


 この、かのドストエフスキーの処女作「貧しき人びと」のパロディ「貧しき人」は、実生活に充実し人付きあいに満ち足りた一人のある若い女への、人の輪から取り除かれ(あるいは自ら離れ)孤独を好むも満たされぬある種の欲や寂しさにやり場を失った貧しき男による、あるSNS上での応えを得る望みの薄き一方的で哀れな交信を描く。


 この小説の内容は端的に言えば、キモい。

 私が察する限りでは、特にこうした不快で一方的な交信を受けた経験のある人は読むのは避けた方がいいかもしれない。それ以外の人間にとっては、コメディ、あるいはホラー、ややもすればこうした悲哀を味わった者には悲劇として感じるであろう。

2月10日

 いやぁ、ミーザ!久しぶり!中学で1年の頃同じクラスだったアントノフですよ!覚えてますでしょうかね?あの頃はヘンテコなキャラでしたが、今はそんな面影はまるでありませんからね!

 なんだか君のような懐かしき同級生というのを、このSNSで突然に見つけ出してしまったものですから、飛び付くように今メッセージを打ってるんですよ!ですよ…さっきからでしょうかとかですよとか、なんだかよそよそしくなってしまって笑えてきちゃいますね笑

 なんせ自分と君じゃあ学校で1年しかクラス一緒じゃなかったし、部活も水泳部とバドミントン部で違うし(ちょっと活動場所が近くて顔を合わせる機会が多かったぐらいですかね)、あんまり話さなかったですもんね…いや、そういう間柄であっても何年か経ってみたら会話が弾むなんてケースは砂浜の粒くらいあります!そんなことで二の足踏んで距離を置くようじゃ人の輪は広がりませんよ!こういうときには遠慮なんて断じてするものではない!私はそう思いますね。

 そんなことはまあいいとして、ミーザ、卒業から11年、今どうしてます?


―返信なし―


2月11日

 昨日は急に前触れもなくメッセージを送って驚かせてしまいすいませんでした、それに、やっぱり相手に何かを聞くのなら、まず自分の近況から答えるというのが我々人付きあいのしきたりってもんですからね。

 というわけで自分の今現在は、うーん、あまり良いものではないんだけども、いやあ、しょうがないね、ぼんやりとですが話しますよ。

 実は高校以降が苦い経験ばかりで、まぁ満身創痍なんですね。大学を通い終えた後、求人募集会場に半年通い詰めてやっと得た仕事も薄給ですよ、おまけに周りと自分では雇用形体が違うしなかなか良いとこの会社だけに自分の学歴に劣等感を感じずにはいられないし、恐らくそれだからなのかみんな仕事上の接し方で誰からも心開いてもらえずで。認められないということがどういうことを言うのかを思い知ったような気がしますね。常日頃息苦しいし、自分は肉体労働で週5日が次第に2日間の休日では回復が追い付かなくなっていっただけに、1年もしないうちにやめました。

 なんだか暗ーい近況になりましたけども、いや、そういうところがまず自分の近況から告げるのをためらっていた次第でもあるんですが、でも自分ら若者はみんなそういうもんじゃないですか?いつの時代も、歳が若いうちは下積みに明け暮れるのが常、そんな気がしませんか?


―返信なし―


2月12日

 ひょっとしてミーザさん、僕に対して何か警戒心を抱いていますか?はい、それは私としても大いに懸念していたことであります!そりゃあこういう顔の見えないやり取りではよくあることじゃありませんか!しかし大丈夫、安心してください、私はあなたを勧誘やら何やらをしてあなたに損失を与えるような心積もりは断じてありません、私本人が誓ってあなたにそう伝えているのです!どうかご心配なく!

 もうひとつあなたが私に抱いていると懸念している負の感情は、恐れです!このご時世、異性が絡んだ暴力沙汰がニュースや新聞に頻繁に取り上げられていて、それらのショッキングな先入観が私を恐ろしい獰猛な心を持った人間に、男に映し出してはいませんか?そうだとすればそれはごもっともです。ですが私なりにそういった誤った認識を少しでもあなたに和らげてもらおうと、なるべく男性性のある角張った言葉遣いは避けて、かつ軽い男だと思われるのも嫌ですから、なるべく丁寧な言葉遣いを意識しながらこれまで文字を打ってきている次第です。そして昔のこともあるので日頃の容姿もなるべく柔らかい雰囲気を作り出しているつもりであり、それぐらい異性から不必要に怖がられるということに敏感なんです。


―返信なし―


2月13日

 夕べのニュースを見ましたか!?例の若い女性ばかりを狙った連続監禁殺人事件!私は許せませんでしたよ!監禁殺人自体はもちろんですが、特に私が腹が立ったのはそうした女性を誘き寄せる手口です。あの殺人犯の写真を見ましたか?一見すれば全く殺人といったような残忍なことをしでかすようには思われない、優しそうで純朴な風貌!その雰囲気で相手を騙して誘き寄せ悪行をはたらいたのかと思うと、私の立場が無くなるじゃありませんか!

 それにしても私が憤りを感じるのは、世に蔓延る悪というのが、善を演じて人を騙すということにあり、それが本物の善をなにか疑うべきものに歪めて見せ、世の中から安らぎを奪い、さらには自由までもを奪っていることなのです!

 よって、この事件に関しては、印象の発信者として妨害を被っているといった意味で、私も被害者であると感じずにはいられないのです!


―返信なし―


2月14日

 あなたの日常を取り巻く人付きあいがどのようであるのかは私にとって何もかも、ぼんやりと分かる程度かあるいは全く謎めいています。私を取り巻く人付きあいに関しては三日前のメッセージで伝えたものが大まかな状況です。

 ミーザさん、やはり人と人とのやり取りは、いわゆるキャッチボールのように送信と受信で成り立つものであり、そして続くものなのではありませんでしょうかね?今のところ、あなたばかりが私に関して吸収している状態だとは思いませんか?とすれば、あなたが私に関心を持っている前提での仮説ということになるでしょうが、あなたは私への関心の有無も意思表示していない、ということは私に無関心ということではありますまいか?それに、私のあなたミーザへの飛び付かんばかりの関心と、そちらミーザの私への無関心という、二人の間の関心のこの上ない不均衡がある中でのやり取り、あまりに不自然と感じはじめています。この不自然さには不気味ささえ覚えている程で、これまでのメッセージの送信がそちらにちゃんと届いているのかといった時点から疑問を感じています。

 ということでまず、私のこれまでのメッセージがしっかり届いているのか、一通でも届いているのかをこちらに伝えてくれないでしょうか?


―返信なし―

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