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☆10月21日(土)

★【cyan-layer】


 二人でいるのは嫌いではありません。

 だって自分もあの子もお喋りだから。

 時が経つのも忘れて、語り合うことがたびたびあります。


 三人でいるのは大好きです。

 淀みない会話の流れ、先輩の容赦ない突っ込み、あの子の楽しげな笑い声、そのどれもが心地良く響いていきます。

 他人から見れば、何の変哲もない穏やかな時間。だけどそれは、自分にとって、なによりもかけがえのないものなのです。



○○○


☆10月21日(土)


 日本全国酒飲み音頭というのがあるらしい。毎月のように理由を付けて酒を飲もうという唄だと、どこかで聞いたことがある。

 ところが世の中には毎晩のように飲む(やから)もいるわけで、それに比べれば今、目の前にいる彼女たちはかわいいものだろう。

 なぜなら、週末になると安いワインとチューハイを持参してマサキの部屋に押しかけてくるだけなのだから。それも再来月で一年になる。



「だいたい嫁入り前の奴が、週末は酒盛りしてせっかくの休日を二日酔いで過ごすなんてもったいないと思わないのか?」

 マサキは独り身で、恋人すらいない。それはいい。だが、彼女たちは学生時代のただの後輩、恋人関係ですらない。何が原因なのか、何が要因なのか、彼女たちに懐かれるような心当たりはまったくなかった。

 彼女のプライベートをそれほど知るわけでもなく、せいぜい母子家庭の三人暮らしだということと、おっとり口調のメグミはきれい好きで、ノゾミは逆にきちんと片付ける事ができないそうだ。実際に部屋を見ているわけではないので、マサキとしてはそれがどこまで本当なのかはわからない。一見似てそうな二人の性格も、深く付き合えば付き合うほど、その違いは明確に出てくる。

「先輩、なんかオヤジ臭いですよ」

 メグミが不機嫌そうにそう呟く。

「そうそう、今どき『嫁入り前』なんて単語使いませんって。年だってそんなに離れていないんだから、そんな一人でオヤジ道を突っ走らなくて」

 ノゾミの説明はメグミの舌っ足らずの不機嫌さを補うかのような諭し方だった。

「そうか、俺としてロマンスグレーなる『おじさま』を目指しているんだけどね」

 『オヤジ』と言われては黙っているほど彼のプライドは低くはなかった。

「『ちょいわるオヤジ』じゃなくて?」

 メグミはやや不満げだ。

「流行のオヤジよりも定番だ。だいたいオレが年とるころには、そんな流行は廃れてるに決まってる!」

「でも髪質細いし柔らかいですし、たしか先輩のお父さまって」

 ノゾミは意味深にニヤリと笑いを見せる。

「綺麗な白髪なんて簡単に目指せるもんじゃありませんって。今からケアしたって間に合わないに決まってます」

 酔ってはいても、メグミ言葉には説得力はあった。

 二人の言葉はマサキがあまり考えたくなかった事柄だ。だからこそ、改めてそれを指摘されると落ち込むのはあたりまえだろう。

「それを言うなって」

「希望なんて未来をもっちゃいけないですよ」

 そろそろメグミの言語中枢に影響が出始めたのだろうか? 言葉の組み立てがうまくいかないようだ。そんな彼女の姿を見るのは毎度の事である。

「メグミちゃん、それを言うなら希望と未来が逆だって」

 漫才で言うところのツッコミ役はノゾミが引き受けている。

「俺は希望も未来も持てないのか?」

 しょうがないのでマサキは意訳してやった。

「そりゃ迷い猫ですから」

 迷い猫はメグミ、おまえの事だろうと彼は心の中で彼は呟く。

「なぁーお」

 鼻にかかった甘ったるい声で猫の鳴き真似をするのはノゾミだった。

 単純に茶化したいのか、それとも彼女も酔いはじめたのか。

「人生に迷った覚えはないぞ。だいたい俺の座右の銘は『ご利用は計画的に』なんだから」

「計画通りに逝かないのが人生」

 メグミがニヤリと笑う。

「逝かない? そりゃまた結構で」

 ノゾミがすかさずフォローってところが感心する。

「そりゃ計画通りにはいかないだろうけどさ」

 酔っぱらいには絡みたくないので、彼は真面目に反応した。たぶん「行かない」を「逝かない」にかけたのだろう。

「やっぱりオヤジ街道まっしぐらの先輩には、高度な言葉遊びが通じませんね」

「そりゃ字幕とか出ないんだから、メグミちゃんの高度な言い換えには普通気付きませんって。ていうか、メグミちゃん、それオヤジギャグと紙一重なんですけど」

 身も蓋もない事をノゾミははっきりと言う。

「そうだよなぁ。俺も気付いたんだけどさ。思わずスルーしたくなっただけ」

 なんだか無性に頭の回転が悪い。メグミのこれぐらいの言動は、素面のノゾミに比べればかわいいものだというのに、その相手さえ面倒になっている。

 マサキもだいぶ酔いがまわってきていた。学生時代はもっと飲めたはずなのにと、そんな事を思い出す。二人の相手をするようになってから、だいぶアルコールに弱くなってきたようだ。

「え? 気付いたんですか?」

 ワンテンポ遅れてのメグミの反応は要領を得ない感じだった。マサキに対しても不審そうな表情で見つめている。

「いや、どうでもいいよ、もう」

「よくないですよ。わたしの満身創痍のネタが」

 何が言いたいのかわからない。

「それを言うならって……あれ?」

 ノゾミが首を傾げる。

「うん、俺にもメグミの元々言いたかった言葉がわからん」

「わたしの怪人のネタが」

 めげずに次の言葉を装填するメグミだが、さらに意味がわからなかった。

「いや、それもなんか違うと思うぞ」


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