マグカップ
僕は何度彼女の事を考えただろう
思い出しては泣いただろう
泣かないでよ
笑って居てよ
僕が居なくたって
生きていけるだろ?
僕を必要となんかしてないんだろ?
君がそんな風に泣いていたら
何があったって
離れられないじゃないか
好きだよ
好きなんだよ
それなのに...どうして
なんで僕じゃないんだよ
「いかないで」
僕はこの言葉に弱い
「慧ちゃん」
「帰ろっか」
僕は彼女の手を握った
いつにましてその手は冷たかった
まだ何にもわからない
ただ、この決断を僕が選んでしまった
この現実は変わらない
「慧ちゃん、ごめんね」
「僕の傍にいてよ...ね?お願い」
握った手を強く握った
もうこれで最後にしてよ
僕を苦しめないで
その戒めだった
「うん」
焼き付いたシーンを見た
あの時の感情を
僕はそっとしまい込んだ
繰り返し思う
君が好き
久しぶりに帰る家に
違和感を感じた
玄関には香水の匂い
僕の香水じゃなかった
ソファには男物の服
彼女とお揃いのマグカップは
誰かに使われたまま
「誰か来たの?」
僕は頭が真っ白だった
「ちょっと私はこんなんだから心配して話聞いてくれてたの」
「もしかして男?」
よぎる姿
思い出してしまった残像
まさかなんて思いたくなんかなかった
「職場の先輩なの」
「...」
言葉なんかなかった
出てくるはずもなかった
「慧ちゃん?」
彼女の姿が二重に見えた
「うん」
やっとできた返事は
あっけない言葉だった
僕はマグカップを手に取った
何も言葉にできないまま
「あっ慧ちゃんの使っちゃった、ごめんね?」
力を入れて持っていたはずのマグカップは
無意識のまま
割れていた
落としちゃったみたい
「慧ちゃん、大丈夫?手洗わなきゃ、血が...慧ちゃん!」
僕は膝をついた
右手はマグカップの破片で真っ赤にそまっていた
左手で彼女の頭を撫でた
「大丈夫だから」
正直右手なんかより心の方が痛かった
「高杉!おはよって怪我したのか?大丈夫かよ」
「ああ、ちょっとな」
机の上に鞄を置いて頭を乗せると
「あっあの、高杉先輩」
睡魔で記憶は曖昧だった
「んっうん、ん?」
寝ぼけていたせいか情けない返事をしていた
「授業終わりましたよ?次、移動教室ですよ?私、次先輩の教室で授業なんです!」
二人のテンションは真逆だった
「あっうん。ありがとね」
僕はだるい身体を起こしながら
後輩だと思われる女の子の頭を撫でた
「あっあの...先輩//」
彼女は恥ずかしそうに
下を向いた
いつもクセでつい頭を撫でてしまった
「あっ悪い。クセで」
「いえ//」
彼女と目は合わない
下を向いたまま
僕はその場を去った
帰ろうとした僕の前には
彼女がいた
「あの!高杉先輩!これ忘れていたので」
彼女が持っていたのはボールペンだった
「あっありがとな」
手をさしのばした瞬間
彼女は僕のジャケットのポケットにボールペンを入れた
「先輩、手怪我してるんですよね?無理しないでください」
彼女は一礼して一度も振り返らずに歩き出した
気にせいだったかもしれないが
彼女の頬は真っ赤だった
「あの子、お前の事好きなんじゃないの???やるねー最近、モテキな高杉くん!w」
イタズラをたくらんだ悪ガキみたいなノリで絡んできた上田
「冷やかしはイラねーよ」
「まぁまぁ、そう言うなってw」
「はぁ」
「お前、ほんと最近になってモテてるよな!羨ましいわー」
いつも通りの日常
何か変わったとしたら
周りの反応くらいかな
いきなり強く引かれた先には
遥香さんがいた
「慧ちゃん」
「どうしたの?遥香さん」
下を向いたままだった
僕の手を引く力が強かった
かすかに震えていたのを感じた
そんな彼女を愛おしくも
抱きしめる僕がいた




