川で釣りをしていたら女神が釣れて大変なことになった
川で釣りをしたら女神が釣れた。
「あなたが落としたのはこの美味しそうなイクラですか? それともこの不味そうなイクラですか?」
両手にイクラ持ってなにを言っているんだこの人は。しかも釣り針が刺さったからか額に血が出ている。
「いや、落としたんじゃなくて餌として投げ込んだんですけど」
「あなたが落としたのはこの美味しそうなイクラですか? それともこの不味そうなイクラですか?」
こわい。正直に吐いてさっさとご退場願おう。なんか顔がひきつってるし。
「不味そうなイクラです」
「正直者にはどちらも差し上げましょう」
二粒のイクラを俺に渡し、沈んでいく女神。
……川が少し赤い。
女神からもらったイクラを見る。片方はもともと自分のものだが、もう一粒のほうは確かに美味しそうだ。
色の艶、粒の大きさ、ほどよい弾力、どれをとっても一級品のイクラだろう。自分のイクラとは比べ物にならないぐらい、見た目が違いすぎる。
正直食べてみたいが、血を流してまでくれた女神にバチが当たりそうなのでとりあえず餌として活用しよう。
これなら大物が釣れるかもしれない! 早速釣り針に仕掛けて投げ込んでみた。
また女神が釣れた。
「あなたが落としたのはこの活きのいいイクラですか? それともこの美味しそうなイクラですか?」
血が出ていてもなお笑顔の女神。ひきつってはいるが営業スマイルがたくましい。
「美味しそうなイクラです」
「正しい人にはどちらもあげましょう」
そうして今度は活きのいいイクラも手に入れた。
女神が用意してきたのだから、美味しそうなのより上位のイクラなのだろう。
「見ててください、大物を釣ってみせますよ!」
……イクラが喋った。
「ぼく、ピッチピチだからどんな魚も食いつきます。任せてくださいね!」
活きがいいというよりは威勢がいいと言うべきか。イクラは喋る度にプルンプルン揺れている。
まあ、そこまで言うからには活きのいいイクラを起用せざるをえない。その意気込み、見せてもらおうか。
ということで、再三川に投げ込んだ。
女神が食いついた。
イクラァ!
「あなたが落としたのはこのゴージャスなイクラですか? それともこの活きのいいイクラですか?」
相変わらずのひきつった笑みで見つめてくる女神。心なしか、睨んでいるように見える。
今度は鼻血か。
「活きのいいイクラです」
「出血大サービス。どちらもあげましょう」
これ以上血を流されても困るのだが。ともかく、またもや新たなイクラを手に入れた。
なんというゴージャス。このイクラは、金色だ!
「すごいですね。これならぼくよりもいい魚が釣れそうです!」
君はもう黙りなさい。活きのいいイクラを容器にしまい、ゴージャスなイクラを早速仕掛ける。
おお、輝いている。でも、何故だか期待できない。
案の定、女神が釣れた。
「あなたが落としたのはこの噂のイクラですか? それともこのゴージャスなイクラですか?」
もういやだ。
それから幾度となく女神との攻防戦を繰り広げた。釣っては女神釣っては女神、もらってはイクラもらってはイクラのオンパレード。
イクラの種類は様々だった。
可愛げのあるイクラ、伝説のイクラ、ツンデレなイクラ、最上級のイクラ、力がみなぎるイクラ……
尽きることのないイクラ戦隊。究極のイクラとか最強のイクラとか、もはやどれが一番のイクラなのかわからない。
「あなたが落としたのはこの宇宙のイクラですか? それともこの愛のイクラですか?」
この人も早く病院行ったほうがいいのではないだろうか。傷口が見るに堪えない。
「愛のイクラです」
「どっちもやるよ」
そして回を重ねるごとに雑になっていく。女神とはなんなのか。
気が付けばもう夕暮れになっていた。お腹も空いてきたし、そろそろ潮時か。
魚は釣れなかったが、今日の夕飯は決まっている。
――女神の犠牲を無駄にしないためにも。
今日はイクラ丼を食すことにする――