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六花錦景(We Need Medicine)  作者: 枕木悠
第一章 告白(Dramatic Presentation)
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第一章⑥

「さあ、さあ、さあ、さあ!」

 ミヤビは金属バッドを構えて、吠え、トウカに向かって走った。「ちゃっちゃと成仏しろてんだ、この野郎っ!」

 ミヤビが持つ金属バッドには特殊な模様が刻まれている。それによってミヤビが放つ電気は収束し、凝縮し、剣のような鋭い形状となる。それで幽霊の魂を思い切り叩けば、魂に巻き込まれたエネルギアは解かれる。とてもシンプルだ。とてもシンプルな方法だが、しかし今夜の場合はそのシンプルな方法が通じるとは限らない。

「待って、ミヤビ、」ハルカは髪の紫色を煌めかせて、ミヤビの背中に手をかざし、電気磁石を強く編んだ。「待つんだよ」

「ぬうわぁぁ、」変な声を漏らしながら、ミヤビはハルカにぐっと吸い寄せられる。「もぉ、何すんだよぉ!」

 ハルカはミヤビを前に密着させて耳元で言う。「今夜の幽霊はちょっと、事情が違っていて」

「え?」ミヤビは言われ、四人の魔女に向かって微笑んでいるトウカをじっと見つめた。「えっと、何が違うんだ、幽霊だろ?」

「足元を見てみ、」アイナがトウカを指差し早口で言う。「足元を見てっていうか、足を見て」

「足?」ミヤビは首を捻ってから幽霊の足を見た。「……えと、えっと、これって、え、ハルカ、一体どういうことなんだっ?」

「分からない、」ハルカは首を横に振る。「分からないけど、」そしてハルカはミヤビに足のある幽霊は錦景女子高校の萱原トウカだと言うことを説明した。「そういうわけだから、だから、ミヤビ、今夜は慎重にやるんだよ、分かった?」

「慎重にやるって言ったって、向こうはやる気満々なんですけどっ!」

 トウカは群青色を煌めかせ手の平を青い夜空に向けた。彼女は何かを企む目をして何か魔法を編んでいる。

「とにかくミャアちゃん!」ニシキが言う。「いつも見たいになんとかしてよっ、寒いんだから早くしてっ!」

「なんとかしてっていわれても、」ミヤビは右手で金属バッドを握り直し、左手で後頭部を掻きながら言う。「コレで叩けないんじゃ、どうしようもないっつうか」

「来るよっ、」アイナが強い口調で叫ぶ。「来る!」

「何がっ?」ミヤビが聞く。

「水、」アイナの瞳の輪郭は煌めいる。つまり少し先の、二秒後の未来を見ている。「上っ!」

 その声にトワイライト・ローラーズは上を見る。

「ジステロ」トウカが発声する。

 見上げた青い夜空は。

 ぐらっと揺れ、歪んだ。

 歪み。

 夜空に煌めく星たちの色が滲み。

 瞬間。

 夜空が落ちて来た。

 いや。

 その判断は錯誤。

 歪んだ夜空とは、見上げる視界に集められた水が理由だ。

 落ちてくるのは水。

 そのあまりにも潤沢な水からは。

 逃げられない。

 呑まれる。

 ハルカは咄嗟にミヤビの金属バッドを掴みそれを地面に突き刺す。

 電気磁石を編み、金属バッドと地面を接着して、固定する。

 自分の体にミヤビとニシキとアイナを呼び寄せる。

 四人はもぎゅっとくっついた。

 そのタイミングで水が来た。

 ずぶ濡れになった。

 滅茶苦茶になったけど。

 なんとか電気磁石のおかげで水に流されずに済んだ。

 死なずに済んだ。

 でも。

 死ぬほど寒い。

「くちゅん!」

 その寒さはミヤビに信じられないくらい可愛いくしゃみをさせた。

「誰なのっ!」アイナはおどけた声で言う。「めっちゃ可愛いくしゃみをしたのはっ!?」

「うるさいなっ、」ミヤビは鼻の下を擦りながら立ち上がり、金属バッドを掴んで肩に乗せて、トウカを見据えて言う。「……なぁに、笑ってんだ?」

 トウカの視線は水に濡れて凍えて死にそうなハルカたちに向いていて、その表情は笑顔だった。

 黙って静かにニコニコしている。

 何を考えているのか。

 それはとても不気味であるしやっぱりいつもとは違う夜だととハルカは強く思った。

「ああ、もう、あったま来たっ、」ミヤビはバッドを地面から抜き、グルグルと回しながら笑顔のトウカに向かって歩き出す。「もう、容赦しないっ!」

「だから駄目だって、ミャアちゃん!」アイナが言う。「トウカは幽霊じゃないかもしれないんだから、金属バッドで叩いたらそれこそ成仏しちゃうよ!」

「だったら、」ミヤビは金属バッドを捨てて拳を握った。「殴るっ! 本当に生きているんだったらこれくらいで死にやしないっ!」

「そうだね、パンチくらいだったら、」アイナは一度頷いて慌てて首を横に振る。「って、いや、駄目だよっ、ミャアちゃんの電気パンチじゃ、普通の女の子は死んじゃうよっ!」

 ミヤビはアイナの静止を聞いていなかった。

 すでにミヤビは雄叫びを上げ、拳を前に出し、走っている。

 トウカは水の魔法を編む。

 無数の水の蛇がミヤビを襲った。

 ミヤビはクルクルと回転しながら絶妙に水を避ける。

 それは魔法の力じゃない。

 魔法よりも難しいことだ。

 ミヤビの先天的なポテンシャルは素晴らしかった。

 トウカはミヤビに驚く目をしている。

 ミヤビの拳がトウカの顔を捕らえる。

「喰らえ、私の、」ミヤビの拳からは紫電が迸しる。「エレクトリック・ジェネ、」

 そのときだ。

 トウカから、何かが離脱した。

 トウカは群青色を失い、その場に膝を付き倒れた。

「え?」ミヤビは拳の煌めきを消して、トウカの体を支え、彼女から離脱した何かに目を向ける。「……な、なんなんだ、お前」

「ご、ごめんなさいっ!」

 トウカから離脱したのは少女。

 白い髪の少女。

 氷の魔女?

 ちょっと、いや、さらに理解不能意味不明な事態だと、ハルカは思った。

「ご、ごめんなさいっ、」氷の魔女は四人に向かって土下座した。「つ、つい、出来心というか、なんというか、その、えっと、」氷の魔女は顔を上げて愛らしい笑みを見せ、自分の額をペンペンと叩いた。「……えへへぇ、弱ったなぁ」

「弱ったなぁ、じゃ、ねぇ!」ミヤビは氷の魔女の白いワンピースの襟首を掴んで軽々と持ち上げ睨み付けた。「弱ったなぁ、じゃ、ねぇんだよっ!」

「わ、う、浮いてるぅ!」氷の魔女はジタバタ騒ぐ。「降ろしてぇ!」

「……ていうか、ねぇ、ハルちゃん、」アイナはじっと氷の魔女を見ながら言う。「ないねぇ」

「うん、」ハルカもじっと氷の魔女を観察しながら頷く。「足がないな、つまり、この娘は幽霊っていうことで、いいのかな?」

「フラッシュ、」ニシキは指を鳴らして氷の魔女を強く照らした。「魂はそこだね、ちゃんと皆、見えてる?」

『うん』

 氷の魔女の魂はほとんどの幽霊の魂と同じようにきちんと心臓の位置にあった。魔女の幽霊は不思議そうに自分の透けた体の中にある魂をまじまじと見て感嘆の声を上げた。「凄い、クリオネみたいだぁ」

 クリオネと氷の魔女が言うように、彼女の魂は赤かった。

「よし、じゃあ、」再びミヤビは拳を輝かせた。「こいつの魂を叩けば終りだな、とにかく早く終わらせて、皆で風呂に行こうぜ、細かいことは風呂で話そうぜ」

『賛成』とにかく水に濡れた四人は寒さをどうにかしたかった。

「ま、待ってください、」氷の魔女の幽霊は高い声で言う。「待ってくださいっ!」

「命乞いかい、お嬢ちゃん?」ミヤビは優しい声で言う。「でも、残念ながらお嬢ちゃんはもう死んじゃってるの、何があったか私は知らないけれど死んじゃった娘を生き返せる魔法はこの世界にはないの、だから成仏しなきゃいけないの、大丈夫、安心して、成仏することって怖いことじゃない、成仏っていうのは第一世界に行って輪廻するための手続きをすること、つまり天使になること、一度天使になって、またこの世界か、この上か下の世界のどれかに生まれ変わるための手続きをするんだ、何も心配することはないんだ、第一世界はなんにも不安がない幸せな世界だよ、退屈かもしれないけどね、まあ、とにかく、じゃあ、お休み、奇跡があったら、またどこかで会おうね、バイバイ」

「バイバイしませんっ!」氷の魔女の幽霊は耳がキンとなるほどの大声を出した。「私はっ、私は、まだっ!」



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