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六花錦景(We Need Medicine)  作者: 枕木悠
【*】
32/37

「別にあなたと会う約束を忘れていたわけじゃないのよ、」ヒヨコは言った。「ただあなたと再び会うことなんて無理だと思っていた、予報はずれの雪くらいの確率しかないと思っていたの、だからそんなに悲しい顔はしないでよ、コオリコ」

 私の名前はコオリコ。森村ハルカが適当に付けた私の名前は、本物だったのだ。

でも彼女の名前はヒヨコ。エイコじゃない。ABCDのエイコじゃなくて、ヒヨコだった。

 私とヒヨコは出会えた。

 ヒヨコは私のせいで恥ずかしがり屋になってしまった軽音楽部部長の萱原トウカに憑依し、魂の色を紅に染めて、彼女をステージに立たせ、歌わせたのだった。

 ヒヨコ曰く、彼女のことを救ったのだった。

 トウカ率いるフォレスタルズの登場はパーティのラストだった。

 本来は三人編成のバンドの後ろには吹奏楽部が並び、ステージの右手にはグランドピアノが用意され、男性ピアニストが登場し、さながらオーケストラのようだった。

 その豪華なステージはラストに相応しく。

 ラストに響いたトウカの歌声は素敵だった。

 その歌声にヒヨコの熱を感じ、私は幸せになった。

 会えた。

 やっと会えた。

 やっと会えたね。

 そして。

 錦景女子は夜の九時。

 場所は錦景女子北校舎六階。

 ヒヨコは今、ハルカの体を借りて私と言葉を交わしている。

 見た目はハルカだけれど、彼女の髪はほんのりと紅色で、私を見つめる瞳の動き、息遣い、言葉遣いは、紛れもなくヒヨコのものだった。「怒ってる?」

「怒ってない、」私は涙を精一杯堪えて優しく言う。「怒ってない、怒るもんか」

「後悔してない?」ヒヨコは上目でコオリコを見つめる。

「え、後悔?」

「うん、私と一緒に死んだことよ」

「後悔なんてしてないよ、するもんか」

「コオリコには私が抱いていた予感はなかったでしょう? 輪廻転生を見る予感よ、私は抱いていた、死ぬことに目的があったから、そして私は輪廻転生を見つけたわ、見つけて、そしてちょっと幻滅して、また別のことを予感している、神様の存在を予感しているわ、とにかく、」ヒヨコは無表情で淡々と言う。「あなたは違う、最初から違っていた、あなたには死ぬ目的がなかった、あなたは私が死ぬから、一緒に死んでくれただけ、だからあなたはきっと、後悔している、そう、考えられることが出来る」

「後悔なんてしてないよ、」私は強く言った。「後悔なんてしてないよ」

「嘘」

「本当だよ」

「生きることに未練があるからあなたの魂は、」ヒヨコは早口で言う。「大きくて硬くて色が付いているのでしょう?」

「それはヒヨコに会いたかったからだよ、ヒヨコに会いたかったから、私は」

「本当のことを言えば私、」ヒヨコは額に手を当て、前髪を弄る。「約束なんて忘れていたのよ」

「うん、」私は頷いた。「そうだと思ってた、そうだと思ってた」

「許せないでしょ? 酷い魔女だと思わない?」

「うん、酷い」

「うん、」ヒヨコは目を瞑り、頷く。「酷いよね、酷い話だわ」

「最低最悪の魔女だ」

「うん、」ヒヨコはもう一度頷く。「最低最悪よね、それにいろいろ足しても足りないくらい最低最悪よね」

「でも、私には、私の心の真ん中にはずっと、」私はヒヨコに顔を近づけて見つめる。「ずっとあなたがいるから、あなたがいなくちゃ私の心は空っぽなの、あなたがいなくちゃ私は駄目なの、生きてるとか、死んでいるとか関係ないの、私にはあなたがいなくちゃ駄目なの、私はずっとあなたといたいの」

 私が生きた記憶は、死んだ私には朧。

 でも確かに分かるのは。

 ヒヨコが私の心の真ん中だったと言うこと。

 私は彼女の静かな炎に溶かされて、氷の魔女をこじらせた。

 冷徹で笑うこともなくて、涙を流さない魔女というのが、氷の魔女のキャラクタ。

 でも私はヒヨコと出会ってから、何度も白い頬をピンク色にして、笑って、泣いた。

 私は何度も奇跡を起こしたね。

 氷の魔女の、涙という奇跡。

 ヒヨコが全部いけなかったんだよ。

 ヒヨコが何度も約束を破るから。

 そうだよ。

 あなたが約束を守ってくれないから私は何度も泣いて。

 何度もあなたの言い訳に泣いて笑って許してあげて。

 そのたびに雪が降った。

 季節は関係なかったね。

 春に。

 夏に。

 秋に。

 冬に。

 四季に六花が舞い踊り天気予報師は困っていたね。

 全部あなたのせいだったんだよ。

 あなたが私といてくれなかったから、春に犬が雪車を引いて走ったね。

「……あなたとずっといるためには、」ヒヨコはまっすぐに私を見つめる。「どうしたらいいんだろうね?」

「一度、天使となれ、二人とも、」屋上のフェンスにもたれていた死神の四条キョウカが笑いながら言った。「とにかく二人とも、このままこの世界にはいられない、いられない、というか、私たちが困る、もう錦景女子は夜の九時だ、さっさと第一世界に行って、天使になってくれ」

「天使って何ですか?」ヒヨコは質問する。

「天使とは真理を研究するものだ」

「真理の研究?」ヒヨコは首を傾げる。

「そして輪廻するのを待つ」

「輪廻を、待つ」

「ああ、とにかく、第一世界に行けば分かる、こういうものかと漠然にわかるさ、」キョウカは二人の方に歩み寄り腰を下ろし微笑む。「天使になって、天使も嫌で、輪廻するのも違うと思ったならば、その時は私が羽根を抜きに行ってやる、死神になれば輪廻からは少しは遠ざかれる、まぁ、死神になったとして、この世界を彩る歯車の一つであることは変わらないがな、しかし私はこの職業を気に入っている、四国の小さな城の主よりも、キネマ女優よりも、研究者よりも何よりも私は、この死神という職業を気に入っている」

「どうして?」

「死神になれば世界の境界を感じない、自由に世界を行き交うこととは、それはそれは、箒に跨がって飛ぶよりも、天使の羽根で飛ぶよりも、ジェットロケッタで飛ぶよりも、心地がいいことだよ、」キョウカは大きな口を開けて笑った。「あははっ」

「神様になれる予感がしたんだけどな」ヒヨコが小さく言う。

「その予感は限りなく間違いだ、天体史研究において、いわゆる全知全能の神、というものの存在はまだ観測されていないし最新研究において見つけられる予定もないものだ、しかし恥ずかしがり屋のお嬢さんたちは君に未来を変えられた、きっと素敵な未来に、だからあの娘たちは君のことを感謝しているだろう、そういう点で君は神様だ、そういうことでいいじゃないか、なあ?」

「そう思えば悪くない気分かも、ええ、気分は悪くないわ、でも、」ヒヨコは笑う。「でもやっぱり残念だな、という気持ちは残る、一度予感してしまったからかしらね、火の魔女は諦めが悪いのよ」

「まぁ、そう残念な顔をするな、」キョウカはヒヨコに微笑み掛ける。「まだまだ天体史は謎ばかり、まだ分からないことだらけだ、天体史の全てとは私たちが知ることの出来ないことなのかもしれない、だから全ての予感とは正解と言えるかもしれない、それが天体史研究を私が気に入った理由だし、大嫌いになった理由でもある」

「適当なことを言っていますね?」

「ああ、適当だ、」キョウカは笑顔で大きく頷く。「この世は適当偶然ランダムが作り出した世界だ、全ての言葉とは、そんなものだ」

「それはちょっと真実に聞こえる」ヒヨコは笑った。声を出して笑った。

「もういいか? 時間だ、九時を過ぎて長い、それに、」キョウカが急に表情を真面目にして言う。「これ以上ハルカの中にいてもらっては困る、ハルカの魂の色が変わってしまう、それは死神の業務に支障を来すことだ、名残惜しいかもしれないが、お願いだ、すぐに出て行ってくれ」

 そしてキョウカは胸の前で手を合わせ、死者に祈るように目を瞑った。

「はい、」ヒヨコは私の頬に手を伸ばして触る。触れないけれど、触られた気がした。ヒヨコはとても暖かいと感じた。「それじゃあ、コオリコ、私、先に行っているわ、先に行って天使になっているわ」

「うん、」私はヒヨコの手を触る。触れないけれど、触った気がした。「私もすぐに行くから」

「見つけてね、私の全てが変わっていたとしても、約束よ」ヒヨコは小指を立てる。

「見つけるよ、」コオリコは小指を立て、絡めた。「絶対」

「大丈夫、」キョウカは明るい口調で言う。「二人の運命的な出会いを私が演出してやる、約束が果たされるのは未来に予告して、真実だ」

「それは悪いことでは?」ヒヨコは笑顔で聞く。

「悪いことじゃない、正しくはないことだがな」

「一緒でしょ?」

「一生懸命生きている人に、日本を管理する死神たちは優しい」

「私は死んだのよ」

「でも君はまだ、一生懸命生きている」

ヒヨコは大きく目を見開き、瞳を光らせて言う。「ありがとう」

「お礼を言われるのは慣れていない、だから照れる」

「ばいばい、」ヒヨコは私の頬にキスした。「またね、コオリコ」

「うん、ばいばい」

 私は手を振りながら。

涙を止められなかった。

 氷の魔女の涙は雪になる。

 それは第二世界でも、第三世界でも共通の事実。

 錦景市に降る雪は強さを増す。

 私が泣きやむまで止まないだろう。

 明日の朝は白い化粧をしたこの街が見られるかもしれない。

「やっぱりあなたは綺麗に泣くね、」ヒヨコは顔の横で小さく手を振り言った。「そんな君が私は好きだったんだよ」

 そしてヒヨコは目を閉じた。

 紅い髪の色が、黒く染まる。

 ヒヨコは再び、目を開けた。

 ハルカが目を開けた。

 ハルカは額を押さえて、首を横に振り、私に微笑み聞く。「……会えた?」

「ありがとう、」コオリコは涙を振り払って言う。「本当にありがとう」

「この雪はコオリコの涙のせい?」ハルカは照れた顔を見せて夜空を見上げて言う。「これは凄まじい、六花錦景」

「さあ、次は君の番だ、」キョウカは優しく言う。「バットとピストル、どっちがいいか選ばせてやる」

「どっちも痛そう、痛くない方で」私は答える。

「この作業に痛みはない、痛いと思うかもしれないが、それは絶対に気のせいだ」

「じゃあ、」私は左でリボルバを構える斗浪アイナを見て、右でフルスイングを繰り返す御崎ミヤビを見た。「バットで」

 バットを選んだのは。

 バットに打たれた方が、第一世界に早く昇れそうな気がしたから。

 私の魂を運んでくれそうな気がしたから。

「フラッシュ」藍染ニシキが魔法を編み、私は強い光に照らされる。心臓の位置に白い魂がハッキリと浮かび上がる。

 ハルカは魔法瓶を用意する。ハチミツの空き瓶のように底が広い透明なガラスの瓶に、お札が張られ、コルクで栓がされていた。その栓を抜き、ハルカはコオリコを見つめて言う。「素敵な天使になってね」

 ミヤビは髪の毛を紫色に煌めかせ、バットも煌めかせる。

 私は目を瞑った。

 不思議と怖くない。

 怖くないどころか、私は望んでいる。

 私が自分の魂に巻き付けたエネルギアの束縛からの脱出を望んでいる。

 私は雪の落ちる夜空に手を伸ばす。

 弾けたいと思っている。

 急いでヒヨコの元に行かなくちゃ。

 ミヤビの声が後ろに高らかに響いた。

 瞬間。

 私の魂はバットに打ち抜かれた。

 エネルギアは弾け。

六花錦景に舞う。

 雪を演出する白い光が煌めいて。

 そして私は第一世界に飛ぶ。



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