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六花錦景(We Need Medicine)  作者: 枕木悠
第一章 告白(Dramatic Presentation)
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第一章②

 先週のミュージック・ギャラクシィで岡本マミコトが全日本に向けて発信した告白は多くの人々の人生を少しだけ変えたみたいだ。若干十四歳のマミコトに人生を捧げていた男たちは過度に泣いたり叫んだり笑ったりした。男たちの反応は様々だったが、彼らがマミコトに見せる眼の色は確かに変わった。よくも、悪くも。

 レズビアンの女たちからファンレターが沢山届くようになった。それまでにもマミコトはテレビや雑誌の取材などで、同性愛者に対するリベラルな意見を言っていた。だからレズビアンの女から熱烈な恋文が届いたことも告白以前にも何度かあった。逆にそのリベラルな発言によってボーイズ・ラブ愛好家なのではないか、とネット上で騒がれたこともあった。しかしマミコトの真実はガールズ・ラブだ。それがハッキリした今、マミコトのファンの九割は女になった。それはレズビアンのマミコトにすればちょっとした幸福と言える。

 連日ワイドショーはマミコトのことを取り上げた。アイドルを抱くためにアイドルになった、と宣言するマミコトの映像は一週間の間に何度も再生された。その間、猟奇的な殺人事件や原子力発電所の事故はなかったし、活発に運動していた北関東の方にある活火山も比較的穏やかだった。マミコトのカミングアウトが日本で一番の大事件、という状態が長く続いた。だからマミコトはちょっとしたムーブメントになった。マミコトが所属するアイドルユニット、ユナイテッド・メディセンズの十四番目のシングルはチャートの上位に返り咲いた。テレビ出演も今までにないほどの勢いで増えた。マミコトの告白を批判する知識人はこの時代にはマイノリティでほとんどの知識人がマミコトの告白を絶賛した。ある雑誌は新時代の到来を予感したと見出しに大げさに表現した。

 マミコトは自分がレズビアンであることを告白をしたことによって、手足に絡まった鎖が解けたような、体の軽さを感じていた。今までも親しくなった女の子のこと好きになったら全てのことを話してから愛を告白していたから、とても過度な変化、というものは感じてはいないけれどしかし日本人のほとんどがマミコトのことを認識して、レズビアンだと思ってくれる気軽さはずっと望んでいたことだった。いちいち女の子にキスするときに自分がレズビアンだと説明することは面倒なことだし、ロマンチックに水を差す行為だからだ。人生を最高なものにする上で、マミコトの告白はとても重要なことの一つであることは確かだった。

 さて、今日は新宿の夜の七時からユナイテッド・メディセンズの定例ミーティングが開かれていた。ユナイテッド・メディセンズのメンバは五人。そのうちの三人とマミコトが肉体関係を持っていたという事実がもう一人のメンバにつつがなく伝達されたことによって、このミーティングの雰囲気はガラリと変わった。ダーティに変化した。

「もう、アンタって、なんなのっ!?」

 唯一肉体関係を持たなかったユナイテッド・メディセンズのリーダで、十八歳の武知セイコはアイドルとは思えない形相でキレていた。「な、なななな、なんで、なんでアンタはメンバに手を出してんのよ、信じられないっ、信じられないことだわよっ!」

 テレビ画面とインターネット配信ラジオやコンサートのセイコは清楚でお上品で世間知らずのお嬢様、という愛らしいキャラクタなのだが、今の彼女にそれらは欠片も見当たらなかった。しっとりとして艶のある黒髪は乱れに乱れている。今のセイコは、アイドルのセイコに幻想を抱くスペシャルなファンたちには見せてはいけないものだ。きっとマミコトの告白よりも、通常のセイコの衝撃の方が大きいはずだ。

「まぁ、まぁ、セイコちゃん、落ち着きなよ、健康によくないよ、よそうよ」

 セイコを宥めるのはマネージャの古田ミツオだった。彼は背が高くスタイルがよくて、六十年代のロックスターのような長髪だった。掛けている眼鏡はダサいが、そういうファッションだと思えば悪くない。彼をアイドルとして事務所は売り込むべきだと常々マミコトは思っていた。年齢はもう三十代後半だけど、三十代後半だからこその需要ってあると思うのだ。

「ミツオは黙ってて!」セイコは六人が囲む長方形のテーブルを叩き奇声をあげる。「コレは私たちの問題なんだからっ!」

「あのぉ、」今まで静かに黙っていた十六歳の蒼川リョウコが膝の上で手悪さをしながら声を出す。「セイコちゃん、一体何が問題なの? 私たちとマミコトちゃんが、その、いろいろと猥褻なことをしたのは本当だけど、でもCDのセールスもいいし、マミコトちゃんだけじゃなくて、私たちの仕事もどんどん決まってるし、それに臨時ボーナスだって出たし、問題なんてないと思う」

 そう言うリョウコの冷静な発言を聞けば、きっと彼女のファンは幻滅するだろう。リョウコが演じるのは破天荒な発言と行動で場を混乱させる、エキセントリックなキャラクタだった。今の物静かに話す彼女とは真逆だ。

「確かにCDのセールスも好調、スケジュールも今までにない速度で埋まっている、臨時ボーナスで私はフェラーリを買おうって思ってる、マミコトには感謝しなくちゃいけないと思ってる、でも、」セイコは今度はバンバンと二回、テーブルを叩いた。「リーダの私に内緒で三人がマミコトと猥褻なことをしていたなんて、問題よ、問題だわっ、私たちはアイドルなのに!」

 マミコトは息を吐いて、セイコの方から視線を逸らし、髪に指を絡めた。

「別にいいじゃないのよ、」ステージでは笑顔が素敵なナチュラル酔いどれキャラの編嶋アサコはセイコのことをキッと睨むように見る。ユナイテッド・メディセンズでは十九歳の彼女が一番の年長者だった。「バレなければなんだってしていいじゃない、ステージで私たちはこの世界に求められるキャラクタを演じていることだし、まぁ、マミコトは例外だけど、とにかくさ、別にいいじゃん、セイコが怒ることじゃないと思うんだけどな、あ、もしかして、仲間はずれにされたと思ってる? あるいは、セイコ、実はマミコトのこと、好きだったりして」

「そそそそそ、」セイコは顔を一瞬で真っ赤にして動揺していた。「そんなことある訳ないじゃない、私がマミコトといちゃこらしたいなんて、あり得ない話だわよっ!」

「怪しい、」アサコは得意のサンデーモーニング・スマイルで微笑む。「ねぇ、テンマちゃんも、そう思わない?」

「あ、はい、いえ、あの、えっと、」ステージでは元気一杯、天真爛漫なキャラクタを演じる十三歳の箕作テンマは普段はどうしようもない恥ずかしがり屋さんで怖がり屋さんだった。セイコに睨みつけられビクッと震え、隣のマミコトの腕にしがみつき耳元で小さく言った。「こ、怖いですぅ」

「よしよし、」マミコトはテンマの頭を優しく撫でる。「怖くない、怖くないからね」

「怖くねぇよ!」セイコは吠える。「怖くねぇからっ!」

「ったく、うるせぇなぁ」アサコが舌打ちして、茶色い髪を掻き上げる。

「はぁ、」リョウコは手の平を合わせて息を吐いた。「帰りたい」

「まぁ、まぁ、」古田がまた宥める。「落ち着きなよ、セイコちゃん」

「私は落ち着いているっ!」

「それでセイコ、一体私に何を言わせたいわけ?」マミコトはセイコに聞く。「内緒にしていたのが問題なら謝るよ、もし私のことを愛してくれていてジェラシーにヒステリックになっているとしたら、鈍感な私のせいだ、ごめん、ごめんね、心は君に土下座してる、謝罪の気持ちは真実だよ、その真実の担保に今夜セイコのことを抱いてあげる、だからそれで許してくれるかな、いつもの優しいセイコに戻ってよ、仲良くしようよ、セイコ」

「は、はぁ!?」セイコは一瞬で顔を真っ赤にして動揺した。「私を抱くって、本気で言ってんのっ!?」

「本気よ、今夜抱いてあげる、実は朝から今日はセイコのことを抱こうって決めていたんだ、ホテルも予約してある、部屋は地上三十四階だよ、文句ないでしょ?」マミコトは早口で言って、誰かに魔性と形容された微笑みを見せる。「私はアイドルの女の子だったら、誰でも抱いてあげるから」

「ふ、ふふ、ふざけるなっ!」セイコは今度はテーブルを三回叩いた。「私はレズじゃねぇんだよっ!」

「皆も最初はノーマルだった、」マミコトは席を立ちセイコにキスできる距離まで接近した。「でも、私は皆のことを変えた、魔法を使ったんだよ」

「は、はぁ!?」セイコは身を引きながら、うわずった声を上げる。「ま、魔法って、バカじゃないのっ!」

「そうだね、私はバカだ、」マミコトはセイコを壁際に押しやり、彼女の手首を掴んだ。「セイコのことを一番最初に可愛がってあげればよかったんだ、でも気の強い君に嫌われるのが怖かった私の気持ちも分かってくれる? 私は自分のことを世界に向けて告白してからセイコのことを可愛がろうって思っていたんだ、ずっとね、突然だと、セイコが驚いちゃうと思ったからじわりじわり、ゆっくり攻めていこうって企んでたんだ、でも、それはどうやら間違いだったみたいだね、君を怒らせてしまった、私はバカだ、でも今ここでキスしてあげれば、君の機嫌は直るのかな?」

 急に何かが炸裂する音がとても近くで聞こえた。

 セイコがマミコトの頬を叩いたのだった。

 じんわりと、痛みが来る。

 マミコトはセイコに叩かれた事実をしばらく、信じられないでいた。

 女の子に暴力を振るわれることは未だかつてなかったことだったから。

「最低っ!」セイコの罵声が轟く。「死ねっ、変態、ロリコンっ、バカっ!」

 セイコは会議室を出て行ってしまった。

「ああ、セイコちゃん!」古田が慌てて追いかける。「待ちなさいっ、これから五人でロケなんだからっ!」

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