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六花錦景(We Need Medicine)  作者: 枕木悠
第一章 告白(Dramatic Presentation)
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第一章①

 西暦二千何年かの十二月二十二日の黄昏の下、錦景市。

「あ、やっぱり似てる」

 錦景女子高校一年、齢十六の森村ハルカの黒縁眼鏡を取って、何かを確認して嬉しくなって微笑んだのは、錦景女子高校二年の斗浪アイナだった。「似てる、似てるよ」

 場所はハルカの行きつけの、錦景市駅地下街のマクドナルドだった。照明がしっかり届かなくてマクドナルドのくせに妙に雰囲気がある、トイレ横のいつもの場所だった。テーブルにはトレーが二枚。アイナのトレーの上にはダブル・クウォータ・パウンダの包み紙とポテトの油が染み込んだ箱と氷だけの紙コップ。ハルカのトレーの上には、アイスコーヒーの入ったカップを中心にハンバーガ以外のあらゆるサイドメニューの食べ後が散らかっていた。ハルカはマクドナルドでハンバーガを注文したことがなかった。そのことに別に意味はないけれど、唐突に眼鏡を奪われたことの意味はあると思ってハルカは聞く。「誰に?」

「岡本マミコト」アイナは歯切れよく答える。

「岡本マミコトって、」ハルカはアイナから眼鏡を奪い返して、掛け直す。「……誰?」

「アイドルだよ」

「アイドル?」

「うん、ハルちゃんが、眼鏡を取って、髪の毛を長くしたら、もうそっくりだぁ」

 アイナはその岡本マミコトというアイドルの画像をスマホで探して見せてくれた。ハルカは全然似てない、こんなB級アイドルと一緒にするなって言葉を用意していたのだが、岡本マミコトはハルカに本当にそっくりで、生き別れの妹がいるとするならばそれは彼女だと確信をもって言えるほどだった。ちょっとこれは、衝撃的だった。

「国民的アイドル、ユナイテッド・メディセンズのメンバでね、」アイナはニコニコしながら言う。「先週のミュージック・ギャラクシィでトーク中にいきなりMCの若さんのマイクを奪って『私はアイドルを抱くためにアイドルになったんだ』って自分がレズビアンだってことをカミングアウトして世間を騒がせた、なんていうかな、今、最も来ているアイドルだね」

「へぇ、そんな面白い娘がいるんだ、知らなかったな、」ハルカはアイスコーヒーを啜る。「それで、その娘って、魔女なの?」

 ハルカがそんな質問をしたのは魔女の真実の一つに、女性を愛する、という項目があるからだ。世界の半分のレズビアンとは魔女のことであり、もう半分のレズビアンとは魔女に魅了され運命を共にすることを決心してしまった可哀想な少女たちのことなのだ。

「うーん、どうかな、」アイナは頬杖付いて、スマホに映る彼女の写真をじっと見る。「写真じゃ分からないね、でも、その可能性はあるね、大いにある」

「もしそうだったら、妹にするのもいいな、」ハルカは声にして、それが叶うとしたら未来とは素晴らしいと思って首をわざとらしく傾げた。「いいね、それ」

「あら、」アイナは愉快そうに笑う。「向こうは東京に住まう国民的アイドルだよ、一方私たちは北関東の田舎でもないけど都会と言うには微妙な錦景市の魔女、第一世界と第四世界くらいの距離があるってものだわね」

 さて唐突だがここで、この世界のことについて説明しようと思う。

 ハルカとアイナ、二人の雷の魔女が仲良くマクドナルドで談笑するこの世界とは、通常、第三世界と呼ばれている。第三世界を一言で言い表すのならば、一般的な常識ではないが確かに魔法が存在している世界、と言うことが出来るだろう。ハルカやアイナのような魔法を司る存在は第三世界においては地球総人口の0.001%程度存在している。すなわちこの世界で魔法を編むことの出来る人間とは非常にマイナな人種であり、魔女が自己を魔女であると知り確信すること、また魔女が他の魔女と接触する、というのは、錦景市という特殊な空間を除いてだが、非常に稀な事態だと言えるのだ。

 第三世界の魔女を魔女だと確認するために、その少女の髪に光を当てる、という方法がある。光が当たり、色を放ち煌めくのならば、その少女は魔女である可能性が高い。色が紅く煌めくのならば、彼女は炎の魔法を編む魔女だ。色が群青に煌めくのならば、彼女は水の魔法を編む魔女だ。魔女とは基本的に、髪に色を持つ。色とはすなわち属性のことだ。属性というのは第二世界と第三世界の魔女が保有する特性であり、魔法という概念が一般的な第二世界の髪の色はかなりハッキリしていて魔法を編む際にはネオンのように煌めくらしい。らしいというのは、この第三世界に住むハルカには確認できないことだからである。この世界が第三世界であり、この世界以外の世界があることをハルカが知ったのはこの年の夏のことだった。

 夏の次世代エネルギア研究所で起こった事件にハルカたちは遭遇していた。その事件を錦景新聞は地熱発電システムの異常に寄る火災だと報道したが事実は全く違っていた。それはまた別の話なのでここでの記述は割愛するが、とにかくハルカたちはそこで天使と死神に話を聞く機会があった。もしかしたら彼女たちが教えてくれたことは全て嘘かも知れない。しかしあの場所でハルカは奇跡と呼ぶに相応しい現象を魅せられた。だからハルカは今でも、彼女たちを天使と死神だと信じているし、彼女たちが教えてくれたことも真実だと思っている。

 天使と死神は、この世界は多様であると教えてくれた。天使とは第一世界の住人で第二世界と第三世界と第四世界の死者であり、下等世界に輪廻するのをただ待つ存在。死神とは、第一世界から第四世界までを管理する存在であり、それぞれの世界を行き来できる唯一の存在だった。死神はこの第三世界に巨大な綻びを見つけて、この第三世界に天使と一緒に来た。巨大な綻びの要因とは次世代エネルギア研究所だった。第三世界に許されないほどの大きさを持つ綻びを、次世代エネルギア研究所はその目的である次世代エネルギアの創世のために生み出してしまっていたのだった。その綻びの大きさは、第四世界を起点として第一世界へと天に広がる世界の秩序を崩壊へと導く因子だった。だからハルカたちはその綻びの広がりを防ぐために研究所を破壊した。破壊したがしかし、その巨大な綻びが小さくなるまでには時間がかかるのだと死神は言った。その例えにフロンガスによって開けられた地球と宇宙の境界の穴、オゾンホールを持ち出した。「その綻びの修復にはオゾンホールと一緒でかなりの時間がかかるだろう、大きな綻びはこの第三世界に過剰なエネルギアを供給してしまう、空気が滲みすぎていると感じたことはないだろうか、この年の錦景市に魔女がこんなに沢山いるのはその綻びのせいだ、エネルギアが君たちに作用したんだ、とにかくね、この綻びは悪の種さ、君たちみたいに恋に生きる少女たちが魔女ならば問題はないんだけれど邪悪な心に作用すれば大変だ、その責任を私は君たちに押し付けてしまいたいと思っているんだけど、いいかな、この綻びが小さくなって意味が失われるのは、そうだね、君が高校を卒業するくらいかな」

 この世界の説明はこれくらいにしよう。ハルカたちが第三世界の大きな綻びを死神に無理矢理押し付けられて邪悪な心と戦っている正義の魔女であることを知ってもらえば、とにかく今はそれでいい。

 さて次は舞台をマクドナルドから占いの館『マシロの家』に変えてハルカの仲間を紹介しよう。すなわち、トワイライト・ローラーズのメンバ紹介。

 マシロの家は錦景ターゲット・ビルの地下一階にある。マクドナルドからそう遠くない距離だ。マシロの家の前には通路を挟んでタワーレコードの倉庫がある。その隣はもちろんタワーレコードで、このフロアはほとんどが黄色い。黄色くないファンシィ・ショップのような店構えがマシロの家だった。マシロの家に近づくと、おしゃべりオウムが騒ぎ出す。体長は五十センチ。全身の色は白。立派な冠羽は黄色だ。そのオウムはアイナの使い魔だった。アイナはマシロの家で働いている。自称恋の占い師。アイナの魔法は未来見。アイナは未来のことを見通すことが出来るのだ。と言っても、その未来とは断片的で、当の本人もよく分からないことが多いという。ハルカはアイナに誘われて魔女になった。だから一応、アイナはハルカの師匠でもある。

 さて、パワーストーンが並んだショウケースの脇を通って中に入れば、足元に黒猫が寄ってくる。黒猫のスコールだ。黒猫のスコールはマシロの家に住み着いていた野良猫で、ハルカにとても懐いている。

 スコールはハルカの足元を一周して、パーティションによって仕切られた占いスペースの方に向かい、そこにある円卓に向かって跳躍する。

「こらぁ、食べちゃ駄目ぇ!」

 叫び声は中央高等学校三年で、生徒会長の職をこの秋に辞したばかりの桜吹雪屋藍染ニシキのものだ。ニシキが身を挺して守るのは壁際の水槽の中で孤独に泳ぐ白勝ちの桜錦という金魚だった。ニシキはこのマシロの家にやってきて金魚の優雅に泳ぐ姿に魅せられてから、何か嫌なことがあるとここに会いに来る。生徒会長の職を辞してからは毎日のように会いに来ている。最新機能が揃った大きな水槽を買ったのもニシキで、それまでは金魚鉢の中で白勝ちの桜錦は孤独に泳いでいた。スコールは金魚を食べる気はないと思うんだけれど、ニシキはスコールのことを過剰に警戒していた。スコールに対してニシキはいつも厳戒態勢だった。そんなニシキの魔法はテラス。ニシキが魔法を編むと、とにかく明るくなる。

「全くもぉ、うるさいわよぉ、静かにしなさいよぉ」

 館の一番奥のソファに座り、アメリカ製のフォーチュン・クッキィを食べているふくよかな女性がこの館の主であるマシロだった。本名はハルカもアイナもニシキも知らなかった。年齢も誰も知らなかった。マシロは二十代にも三十代にも四十代にも見える。そんなミステリアスな彼女はノートパソコンを叩いていた。最近マシロはエッセイを執筆している。そのエッセイは錦景市のローカル雑誌に連載され、話題になり、それをまとめた単行本は五十万部売れていた。マシロは悪い顔で言っていた。「こんな適当なことを書いてお金を貰えるなんて、この世界、絶対歪んでいるわよね」マシロの魔法はバッテリ。口移しでエネルギアを魔女に供給する魔法だ。と言っても、ハルカはその魔法を見たことはなかった。ああ、マシロはトワイライト・ローラーズには含まない。トワイライト・ローラーズ、命名したのはニシキだが、そのメンバは今のところ四人だ。

「すいませーん、」とお客が店に来る。「あのぉ、占って欲しいんですけどぉ」

「おきゃくだよ、おきゃくだよ、おきゃくだよ!」おしゃべりオウムが騒ぎ出す。「おきゃくだよ!」

「お一人様でーすっ」受付をするアイナが高い声を出す。

「ハルカ、適当に、あと八千字、書いといてくれる?」マシロはハルカに耳打ちして席を立った。マシロは占いを高校生たちには絶対にやらせない。そこに占い師としてのプライドを感じる。でもエッセイはどうでもいいみたいだ。「はぁい、こちらへどうぞ、あらぁ、久しぶりじゃない、あれからどうだったの?」

 錦景市は夜の七時。

 平日のこの時間帯はお客さんが最も多い。そのほとんどが仕事帰りのオフィス・レイディだ。まれに将来に悩むサラリーマンもマシロの占いを聞きに来る。

 ニシキはここではコーヒーを用意したりして、マシロの秘書のようなことをしていた。アイナはパワーストーンの営業の忙しく、ハルカはエッセイの執筆に忙しい。それぞれただいるだけのようだが、一応役割はそれぞれ持っていた。

 ふと壁際の振り子時計を見ればすでに夜の九時、というのは珍しいことじゃなかっった。

 最後のお客さんを見送りマシロが「ああ、お腹が空いたわ」と言えば本日の業務は終了。

 トワイライト・ローラーズのもう一人の魔女は、このマシロの家に来たり来なかったりする。彼女はこの秋、中央高校の生徒会に入り、夏に比べて比較的多忙な毎日を送っていた。今日は結局、看板の電気を消してシャッタを閉めても姿を見せなかった。

 そしてシャッタを閉めた瞬間だった。

 ハルカとアイナとニシキのスマホが同時に震えた。

 この過度な振動は死神がこの第三世界に残したアプリケーションの起動に他ならない。


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