解決編
瑞穂の爆弾発言にその場が静まり返る中、中村が代表して尋ね返した。
「あー、君。今何と?」
「いや、犯人はもうわかっているんですよ。でも、中村さんの言うように高校生に過ぎない私なんかが、推理小説みたいに関係者の前で推理ショーなんていう慣れてもいない芝居がかったことをやっていいのかなぁと……」
「犯人がわかったって!」
中村、三条、坂本がそろって思わず絶叫した。
「まぁ、そうなるのかなぁ。あからさまなヒントがいくつもあったし、落ち着いて考えればそれほど難しい話でもないと思うんですけど」
「それほど難しくないだって?」
ほとんどテロまがいのこの大事件をそのように言ってしまう瑞穂に、全員が震撼した。師が師なら弟子も弟子。本人は全く気がついていないが、充分彼女もすごいと思う。
「……面白いね」
市島が少し真剣そうな表情で言った。
「では、さっそく聞かせてもらおうかな」
「え、でもいいんですか?」
瑞穂が困った顔で中村の方を見る。
「……とりあえず聞かせてみなさい。それから判断する」
「はぁ、では慣れていないんで緊張するかもしれませんが、よろしくお願いします」
瑞穂はペコリと頭を下げた。
「では、最初に聞いておくべき事だけ聞いておこう。犯人はこの場にいると見て間違いないのかい?」
中村が聞く。立江、市島、日高が見つめる中、
「そうですね。犯人はこの場にいる人間の中にいる。それは間違いないと思います」
瑞穂はそう言った。三人の表情が緊張する。
「では、そこに至った経緯を説明してもらおう」
「はい。あの、日頃から先生に言われているんですけど、こういう事件の時には根本的な疑問を整理するのが大切なんだそうです。そして、その疑問を論理的に解決していけばおのずと答えが出るとか」
「つまり、君は今回その教えに従ったと?」
「はい」
「では、今回の事件の疑問とは?」
瑞穂はしばらく考えたが、
「まず、第一の疑問としてどうして犯人はこのような手段による殺人を強行しなければならなかったのかということです。これも先生のセリフなんですけど、殺人犯は捕まるリスクを避ける為にけっして無駄なことをしないんだそうです。自分の人生がかかっているから遊びなんて絶対にしない。一見して無駄だったり大胆すぎたりする事があれば、そこには犯人の必然があるんです」
「この螺旋階段を倒すテロまがいの大胆すぎる犯行には必然があると?」
「そうです」
瑞穂は続けた。
「第二に、犯人はどうして四時間も被害者を引き回したりしたんでしょうか? しかも結局出発地点の京都駅に戻す形で」
「単なる引き回しじゃないのかな?」
「いいえ、身代金が目的ならそれも考えられますが、この犯人は多分身代金を目的にしていません。あくまで犯人の最終的な狙いは殺人です。なら、そもそも引き回しが意味ないじゃないですか」
「身代金目的だと見せかけるためでは?」
「だとしても、四時間というのは長すぎじゃないですか。私が犯人だったら、そこまでしないと思います。大体、目的が殺人なら一刻も早く事を済ませたがるのが犯罪者の心理じゃないかと思うんですけど、どうなんでしょうか?」
中村は考え込んだ。確かに、瑞穂の言うことにも一理ある。
「第三なんですが、犯人がなぜあのタイミングで爆発を起こしたのかです」
「言っている意味がわからないんだが」
「殺人犯って、やっぱり捕まった後のことを考えるみたいなんです。当然死刑にはなりたくない。だから、快楽殺人者とか死刑になりたい人間でもない限りむやみに被害者を増やすことはないそうなんです」
瑞穂は全員に語りかけた。
「あの場合、爆弾を爆発させるタイミングはもう少し早くてもよかったんじゃないでしょうか。石倉さんは電車が来る数分前にはあの場所にいたんですから。その場合、電車の衝突は発生しないわけですから、運が良ければ被害は標的の石倉さんだけですみます。そしてこの場合、たとえ捕まっても死刑になる可能性は多少とはいえ低くなります。にもかかわらず、犯人は電車が入線しかけの停止不能な絶妙なタイミングで爆弾のスイッチを押した。まるで、犠牲者を増やしたかったかのように。捕まったら間違いなく死刑になるはずですけど、犯人はなぜかそれを自分の意思で選んだ」
全員が息を呑んだ。確かに、今思えばあのタイミングは少々絶妙すぎたようにも感じる。
「しかし、何でそんな自殺行為を」
「犯人に無意味な行動はありません。つまり、死刑覚悟で犠牲者を増やすことも必然だったということではないでしょうか?」
瑞穂は続ける。
「第四、なぜ犯人は連絡の手段にメモやカセットを使ったのか?」
「居場所を知られないためじゃないのかな」
「確かに、携帯電話は居場所を知られる危険があります。でも、それはどの基地局のエリアにいるかがわかるだけです。包囲網が狭められる前に携帯を捨てて逃げれば充分突破できます。一方的な要求だけだと不測の事態の際に対応できません。そういう意味で、電話はリスクが高いけど誘拐犯にとっては必須の道具のはずです。それを捨てたのはなぜか?」
瑞穂は続ける。
「第五に、犯人が最初の電話で携帯を京都駅内のホームに放置したのはなぜか。いいですか、ホームなんです。わざわざそんな場所に放置する必然性が普通に考えればありません。とすれば、ここにも犯人の必然性があったと考えられます」
立て続けに並べられる理論に全員が唖然としている。瑞穂はいったん緊張をほぐすように深呼吸すると、続けた。
「そして第六の疑問。殺された石倉氏は、本当に殺人の標的だったのでしょうか?」
事件の根幹を揺るがす発言に警察関係者が震え上がった。
「何を言っているんだ。事件の発端は石倉氏の娘・幸子ちゃんが誘拐されたことによって始まった。その結果、石倉氏が身代金受け渡し役になり、そして殺害された」
「でも、それって立江さんになる可能性もあったわけですよね?」
瑞穂が素朴な疑問を返した。
「な、何だって?」
「だって、犯人は別に石倉社長を直接指示したわけじゃないんですよね。あくまで『石倉夫婦の顔を覚えている。警察関係者が変わりになっても無駄だ』というような趣旨の事を言っただけで、夫婦のいずれが受け渡し役になってもおかしくなかったんじゃないんですか?」
中村と三条は慌てて確認する。
「た、確かに脅迫に石倉氏本人を受け渡し人に指名している発言は存在しません」
「まぁ、普通は犯人と接触することを考えて男の人が選ばれるんだそうですけど、全くありえない話じゃなかったわけです。とすれば、立江さんが巻き込まれる可能性もあったわけです」
立江の表情が青ざめる。
「待て、間違いなく石倉氏が受け渡し人になる方法がある」
中村が緊張した表情で言った。瑞穂は頷く。
「立江さん本人が固辞した場合ですね」
「なっ」
立江の表情がさらに青くなる。
「わ、私じゃない! 私はそんなこと……」
「ええ、私も違うと思います」
瑞穂はあっさり言った。
「立江さんが犯人だった場合、単独犯でないのは誘拐犯が男だったことから間違いないでしょう。この場合、共犯は上坂藤吉郎さんになりますが、そうなると第三の疑問がますますわからなくなります」
「確かに、自分が乗っている電車が事故を起こすタイミングで爆弾スイッチを押すなど自殺以外の何物でもないな」
「動機が浮気である以上、自殺願望はないでしょう。つまり、彼が事件に巻き込まれたのは偶然と言わざるを得ないんです。この時点で、立江さんは容疑者から除外してもいいでしょう」
立江はホッとしたように息をつく。
「では、残り二人のうちどちらかに?」
「ここで第三の疑問について考えてみると、日高さんがこれに引っかかる事がわかります。日高さんは駅にいたんです。この場合、わざわざあのタイミングで爆弾を爆発させる意味はありません。彼が被害者を増やしたいと思うような快楽殺人鬼にも見えませんし、見えた以上電車がないタイミング、石倉氏があの場に立ったタイミングで爆発を起こしたはずです。つまり、日高さんも容疑者から除外です」
日高がヘナヘナと崩れ落ちる。
「となれば、残りは……」
全員の視線が市島に集まる。市島は無表情なまま立っていた。
「市島さんは駅にいなかったと証言しています。とすれば、爆破のタイミングを自分ではかれなかったことになります。なるほど、第三の疑問はクリアできますね」
瑞穂はいったん肯定したあと、こう続けた。
「ですが、それでは石倉さんが本当に所定位置に立っていたのかわかりません。つまり、逆に安心してスイッチを押せません。結果的に石倉氏がいない瞬間に押してしまったら標的が死なずに他の人間が死ぬだけ。プロの市島さんならそんなことはしないでしょう」
「お、おい。該当者がいなくなってしまったぞ」
三条が焦ったように言う。
「条件は石倉氏がいるのを確認し、それでいて駅にいてはいけない。となると、犯人は問題の電車の中にいた人間と考えるべきではないでしょうか。駅に接近するまで石倉氏の姿が見えないわけですからスイッチを押す事ができず、逆に石倉氏が目視できるあの絶妙なタイミングで押す事ができる。それに該当するのは……」
「上坂だ」
中村が困惑した表情をする。
「しかし、上坂が犯人でないと君はさっき言ったばかりじゃないかね」
「はい、つまり、いくらやっても堂々巡りになります。そこで考え方を変えてみましょう」
瑞穂はいったん息を吐いて推理を続けた。
「ここでいったん第六の疑問に戻ります。立江さんが犯人でない以上、犯人としてはどちらが来てもおかしくなかった。百歩譲って犯人が石倉夫婦両名に恨みがあって、どちらが死んでもよかったとしましょう。でも、それでもなお不思議なんです」
「何がだね?」
「本気でこれで殺せると思っていたんでしょうか?」
あまりにも根本的な質問だった。
「だって、背後から階段で押しつぶす、大胆ですけど乱暴な方法ですよ。途中で気づかれたら逃げられておしまい。確かに大音量のテープや引き回しによる集中力の欠如はあると思いますけど、人間ってこの程度で背後の物に気づかなくなるものなのかなぁと思ったんです。いくらなんでも気配でわかりませんか? それに、爆破の衝撃爆風、瓦礫なんかが襲ってくるでしょうし」
言われてみれば、結果論としては成功しているものの、実際に計画としてみれば成功するかしないかわからない方法だ。
「つまり、犯人は本気で石倉氏を狙っていなかった。死のうが生き延びようがどちらでもよかったことになります」
「未必の故意か」
坂本が法律用語を口に出す。
「へぇ、そう呼ぶんですか」
瑞穂は少し感心したような表情をした。
「なんだかこんがらがってわけがわからないな。となれば、犯人の目的は螺旋階段を駅に倒すことだけ? 何のために?」
「いえ、犯人の目的は殺人です」
瑞穂の表情が少し緊張した。
「気づきませんか。この犯行を行った場合、必ず死ぬ人間がいるじゃないですか」
瑞穂は思わぬことを言った。
「その必ず死ぬ人間こそが本当の標的であり、その人間に利害関係がある人間こそが犯人。そう考えるのが妥当じゃないかと思うんですけど」
その言葉に、全員が絶句した。そして、ある人物に視線が向いた。瑞穂は緊張した表情のままその人物を指差し、推理小説の十八番である犯人の指名を行う。
「ですよね。及川奨兵運転手の殺害を計画し、それを実行した……川崎進車掌!」
あまりにも唐突で、そして意外すぎる指名を受け、当の車掌……川崎進は呆然としてそこに立っていた。
「車掌が犯人だと!」
中村が思わず叫んだ。あまりにも、あまりにも予想外すぎる犯人である。その場にいる全員がざわめいている。川崎は唇をかみながら瑞穂を睨んでいた。
「お、おい。アメリカの某推理小説の意外な犯人を意識しているんじゃないのかね?」
「いいえ、川崎車掌が犯人なのは間違いない事実だと思います」
瑞穂はキッパリと断言した。
「川崎車掌が犯人だとすると、例の六つの疑問が全部氷解するんです」
「なんだって?」
中村は呻いた。
「第六の疑問、すなわち石倉氏が本当の標的だったか否か。これに関しては否です。川崎車掌の本当の狙いは運転手である及川奨兵だった。動機については私にはわかりませんけど。だからこそ、石倉氏は死んでも死ななくてもどちらでもよかった。川崎車掌がほしかったのは、あくまで『石倉氏が標的であった』という事実だけです。そうなれば、本来の目的である及川運転手の死はあくまで『事件に巻き込まれた哀れな第三者』という扱いになり、結果、及川運転手に恨みを持つ川崎車掌に嫌疑がかかる可能性はほぼ皆無です」
「標的の錯誤が目的か。なるほど、確かに我々は石倉氏が狙われたと判断して、それ以外の被害者に対する捜査は巻き込まれた第三者としてほとんど捜査していない」
坂本が納得したように頷く。
「第一の疑問。なぜこんな大胆な事件を起こしたのか。起こさざるを得なかったんです。この犯行で石倉氏に目を向けさせておきながら本来の目的である及川運転手を巻き込む形で疑われることなく殺すには、両氏を同時に殺害する必要性がある。しかもいかにも巻き込まれたかのようにするには及川運転手の勤務中にやるのが理想でしょう。となると方法は限られてくる。大津駅はこの条件が整っている唯一の場所だった。だから螺旋階段で駅ごと叩き潰すしかなかったんです。両名を同時に殺す為に電車ごと押しつぶす。これがこの大胆な犯行を行った必然です」
「第三の疑問もその延長線上か」
「はい、あのタイミングだからこそ電車は急停車できず螺旋階段と衝突し、正面にあった運転席は跡形もなく押しつぶされました。そして、あのタイミングで爆破して必ず死ぬ人間は、停車することもできず、逃げることもできないまま螺旋階段に正面衝突するしかない運転席にいる人間、すなわち及川運転手だけです。あのタイミングはまさに絶妙でした。少し早ければ死人は石倉氏だけというのはさっき言いましたが、タイミングが遅ければ運転席は被害を受けず、後続車両、最悪車掌席が押しつぶされていたはずです。逆に言えば、あのタイミングで押しつぶされれば、最後尾の車掌席ほど安全な場所はありません。あれはまさに、運転手だけ殺して車掌は絶対に助かるタイミングに他ならなかったんです」
瑞穂の糾弾に、川崎は唇を噛み締めたまま何も言わない。ばれるはずがない完璧な計画があっさりばれて呆然としているようにも見える。
「となると、石倉氏はこの事件においては完全な第三者ということになるのか」
「ええ。単純に、生け贄ということで選ばれた人間だったんでしょう。川崎車掌の第一目標は自分の本当の標的を全く関係ない他の事件に巻き込んで殺害するという巧妙なものです。『人の恨みをある程度かっていて、誘拐に適した人間がいる裕福な人間』という条件さえ整っていれば、日本中の誰でもよかったんです」
ゾッとする話だ。要するに石倉氏は、全く動機がないにもかかわらず、単に恨みをかっている人間が多いというだけで生け贄にされて殺害されたということではないか。
「第二、第四、第五の疑問は連結して一気に解明する事ができます」
「なぜあそこまで引き回したかということと、犯人がメモを使った理由、京都駅のホームに携帯を放置した理由だな」
瑞穂は推理を続けた。
「犯人が車掌なら、全て氷解します。京都駅のホームに携帯が放置されたのは単純明快。その時犯人がホームにいたからです。すなわち、その時ホームに入線してきた電車から通話スイッチを入れた携帯とレコーダーをホームに放置し、すぐに電車で発車して逃亡が可能な人間。これは電車の乗客か乗務員しかありえない。問題のホームは二番ホーム、すなわち米原方面の電車です」
瑞穂は緊張した表情で糾弾を続ける。
「駅員の人に確認してみました。そしたら、京都駅を出た琵琶湖線の電車は敦賀行や長浜行でない限りは野洲、もしくは米原の車両基地で折り返すとのことでした。時刻表で確認してみたら、問題の脅迫電話があった時間に二番ホームを出発した電車は米原行の普通電車です。米原まで約一時間半。電車は十一時半ごろに米原に着いた後、米原の車両基地で乗務員の休息をかねたメンテナンスを受けた、二時間後の午後一時半に同一の乗務員で今度は新快速電車として折り返す。そして、その電車は午後二時半ごろに大津駅に到達するんです」
「ま、まさかその電車が……」
「はい、今回事故を起こしたあの電車です。そして、乗務員は及川運転手と川崎車掌でした」
瑞穂は一瞬だけ事故車両を見た。
「四時間も引き回したのはなぜか? その間、犯人の川崎車掌と本来の標的である及川運転手が大津駅に到着するタイミングまで待たせなくてはいけなかったからです。及川運転手が標的だったとしたら、犯人はいつでも犯行を起こせたわけではなく、まさに午後二時三十五分のあの時刻しか犯行ができなかったことになります。川崎車掌としては犯人が京都市内にいると思わせたほうが、都合がよかった。だから自分の乗務する電車が京都駅に着いた瞬間に脅迫電話を入れて携帯を駅のホームに置き去りにするしかない。しかし、犯行ができる大津駅に自分や及川運転手が戻ってくるのは四時間後。だからこそ、脅迫電話をあのタイミングで入れながら延々四時間も引き回すしかなかったんです。何しろ、この犯行ができる時間は電車が大津駅に到着するあの一瞬だけですからね」
瑞穂は続ける。
「メモを使ったのはなぜか? 使わざるを得なかったんですよ。何しろ、電話を使ってしまったら、たたき出される基地局は滋賀県内を線路沿いに移動し続けるか、車両基地内の基地局になってしまいますからね。いくら石倉氏に目を向けさせていても、これではバレバレですし、犯人が京都にいると思わせる為の布石も台無しです。最悪、滋賀県警への連絡が早まって米原まで警察が来るかもしれない。それだけは避けたかったんでしょう」
「つまり、すべてが及川運転手を殺す布石だったというわけか」
中村が唸った。
「さて、反論はありますか?」
瑞穂が直接川崎に尋ねた。
「……言いたいことならいくらでもありますよ」
川崎は青ざめながらもしっかり反撃し始めた。
「そもそも、死んだのは六人なんです。石倉という以外にも五人。なぜ及川さんなんですか?」
「さっきも言ったように、及川さんだけが必ず死ぬからです。巻き込まれたタクシーを時間通りにあの場所に通らせるのはほぼ不可能。残るは先頭車両の運転席付近に乗っていて亡くなった二人の乗客ですけど、これこそ偶然でしょう。彼らが運転席のすぐ後ろに乗る可能性は低い。指示できたとしても『先頭車両に乗れ』までで、運転席近くに乗れとはいえない。消去法から言って、この事件が全て仕組まれていたとした場合、偶然なしで必ず死ぬ人間は及川運転手だけです」
川崎は顔をゆがめた。小心そうな表情の向こうに小ざかしい表情が見え隠れする。
「いいでしょう、犯人が及川さんを狙っていたかもしれないという推理はとりあえず認めましょう。でも、それでなぜ僕が犯人になるんですか? 例えば、及川さんに恨みを持つ第三者、例えば日高さんのような人間がホームで目視しながらスイッチを押したかもしれない。僕をいきなり犯人に結びつけるのはあまりにも乱暴じゃないんですか?」
「私が犯人ではありえないというのは、さっきこの子が証明したはずだ!」
日高がわめくように叫ぶ。一方の川崎も必死だ。
「あれは亡くなった石倉という人が狙われていたらの話でしょう。標的が石倉さんならいつ螺旋階段を爆破してもいいんでしょうが、及川さんだとしたら爆破できるのはあの一瞬だけ。いつでも爆破できるのにしなかったから犯人から除外というさっきの推理は否定されるんじゃないかと僕は思うんですがね」
「そんな馬鹿な……」
青ざめる日高にさらにたたみかけようとする川崎を遮るように、瑞穂が発言した。
「ホームにいた人間が犯人という可能性はないと思います」
「なぜですか!」
「理由は単純。警察の目が光っているからです」
川崎が呆気に取られたような顔をする。
「警察はプロですよ。ましてや、このときは身代金受け渡しを警戒して周囲を必要以上に見張っていた。犯人である以上、受け渡し人である石倉氏を警察が見張っていて、周辺に犯人がいるかどうかを監視していると考えるのは自然です。いくら慎重に行動してもばれる可能性は非常に高いし、誘拐を仕組んでわざわざ警察を呼んだ犯人が自ら警察のいる場で殺人を実行して危険を犯すとも思えません。警察に捕まったらその時点でアウトですから。その状況下で、警察に見張られることなく爆弾を押せる場所。それは駅に到着していない電車の車内です」
「だったら、その時反対からきた米原行の普通電車の客かもしれないでしょう!」
川崎が吼える。
「いいえ、山科駅から大津駅に向かう際にトンネルがあります。このトンネルは大津駅の直前まで続いていて、爆破があった際、問題の普通電車はまだトンネル内です。今回の犯行は石倉氏が標的ならともかく、及川運転手が標的だった場合一瞬たりともタイミングが外せませんから、必ず爆破の際に目視確認が必要です。この電車では肝心のタイミングを計る目視確認ができません」
「それなら駅の周辺のビルかどこから目視で……」
「この駅の周辺は官庁街です。あるのは銀行や裁判所。おまけにその銀行や官庁の建物が邪魔で北から駅のホームは覗けません。残る南側には問題の廃ホテルだけ。まさか、犯人が今から自分が爆破するマンションから双眼鏡でホームを見ていたとは言わせませんよ。それに事件後にホテルから脱出することは不可能で、中から見つかったのは人質の石倉幸子ちゃんだけだったそうですし」
「ホームも駄目、対岸の電車も駄目、外から覗くのも駄目。残るは激突した電車だけだな」
中村が呟く。
「待ってくださいよ。電車に乗っていたからといって僕が犯人とはあまりにも早急です。電車には数百人の乗客が乗っていました。その乗客の一人が窓から目視して爆弾を押したというのはどうでしょうか」
川崎は続けて反論する。
「車掌室が一番安全なのはこの子がさっき言った通りだ」
「それを逆手に取ったのかもしれないじゃないですか。もしかしたら、意識不明の上坂という人がそれを覚悟で押したのかも……」
「いいえ」
瑞穂はばっさり切り捨てた。
「電車の運転席は光の反射を抑えるため昼間でも一部を除いて通路向けのカーテンを閉めている事が多いのはあなたがよく知っているんじゃないですか。開いているとしても運転席の反対側の窓です。上坂氏が発見されたのはカーテンが閉まっている運転席の真後ろ。わざわざスイッチを押した後移動する理由もないし、運転席から目視確認はできません。それに、いくらなんでもこれだけの犯罪を企てた人間が相打ち覚悟というのはないでしょう」
「では、二両目以降の人間が窓から外を見て……」
「無理です」
瑞穂は自分を奮い立たせるようにしっかりと告げた。
「なぜですか!」
「理由はあなたが一番ご存知でしょう。米原方面から京都方面に向かう場合、駅直前で緩い右カーブがあるんです。あの電車が到着するホームは電車から見て左にあります」
「それが何か……」
途中で川崎が詰まった。
「気づきましたね。そうです。石倉氏を目視しようとしても、電車はカーブで左に膨らんでいて、左の窓から見ても着く直前までホームが見えないんです。緩いカーブですからそれほど膨らみは大きくないとは言え、それこそ窓から身を乗り出さない限りは見えません。確か、あの電車の窓は開いても半開きで身を乗り出すのは無理でしたね。それに、できたとしても周りの客が違和感を覚えるでしょう」
「だったら、僕にだって犯行は無理じゃないですか」
「いえ、あなただけは可能なんです。なぜなら、車掌が駅到着直前に目視確認のために車掌室の窓から身を乗り出す事は極めて自然な動作ですからね!」
川崎は頭を殴られたような表情をした。
「結局、あの時の大津駅で、あのタイミングでスイッチを押す事ができたのは、あなただけしかいなかったんです。それが、私があなたを犯人ではないかと疑った最大の理由です」
が、川崎はまだ諦めない。
「そ、それだけじゃ足りませんね。もっと決定的な証拠はないんですか!」
「と言うと?」
「僕が目視確認していたかどうかなんて今となってはわかりません。たまたま車内アナウンスか何かでしていなかったのかもしれない。結局、僕が目視確認した証拠はない」
「では、あなたの発言などはどうでしょうか?」
瑞穂は真剣な顔で返す。
「日高さんの証言で、あなたが『螺旋階段の下敷きになっている男の人がいる! 救助を手伝ってくれ!』と言った事が判明しています。あなたもこれは認めています」
「それが何か?」
「おかしいですよ。目視していないなら、何であの螺旋階段に人が下敷きになっているとわかったんですか?」
瑞穂の質問に、その場の全員がざわめく。
「あの場所はホームの端で普通なら人はいない。それでもあなたは『人が下敷きになっている』と言った。あの通りの現場ですから、目視していないなら人が下敷きになっているかどうかなんてわかるはずがありません。なぜですか?」
「そう言えば、事故の直後にも同じようなうわ言を言っていたな」
中村が思い出す。川崎は慌てたように返答した。
「血まみれのお札が舞っていたから、思わずそう思ったんです」
「へぇ、男の人だってこともですか?」
川崎の顔色が変わった。
「男?」
「自分で言ってるじゃないですか。『下敷きになっている男の人がいる』って」
川崎は黙りこんでしまった。
「札で下敷きになっていることはわかっても、それが男かどうかなんて普通はわかりませんよね。しかも話し方じゃ一人しか下敷きになっていないようにとれます。なぜ下敷きになっているのが一人だとわかったんですか。こんなこと、目視していないとわからないじゃないですか」
川崎は言い返せない。
「私も、救助活動に参加するまでつぶれた電車の衝撃が強くてあの下に男の人が下敷きになっているなんて全く想像しませんでした。だから、あなたの発言に『あれっ?』と思ったんです。そもそも、衝突した電車の車掌であるあなたが電車のことより螺旋階段の下を気にしている時点でおかしいと思いました。普通はいるかいないかわからない人間より、目の前で苦しんでいる人のことを気にかけます。それが普通の車掌だったら、ですけど」
瑞穂は悲しそうな目を向ける。
「もちろん、これは状況証拠ですけど、あなたに集中して探せばいろいろ物的証拠も出てくると思いますよ。この計画の肝は標的を誤認させて自分を容疑者圏外に置くことですから、容疑者になった際のことを考慮していないと思います。事情聴取後に捨てれば良いと思っていたのかもしれませんが、携帯電話だってそのままじゃないでしょうか。爆弾側から着信記録は調べられませんが、あなたの携帯から爆弾側の起爆装置に発信があったら、それは決定的な証拠です。記録を消しても、警察が調べればすぐにわかるはずですし」
瑞穂はそこで静かに告げた。
「どっちにしても、これで詰みです」
その瞬間、川崎はガタガタ震えながらその場にへたり込んだ。かぶっていた帽子がホームに落ち、彼の車掌としての人生が終わったことを告げた。
滋賀県警に任意同行された川崎進が正式に殺人、殺人未遂、往来妨害致死等数々の罪状で逮捕されたのは翌日のことである。川崎は容疑を全面的に認め、マスコミはひっくり返ったような大騒ぎになった。
一連の事件の動機はやはり及川運転手の殺害であったが、同時に会社に対する恨みもあったようである。川崎は数年前まで運転手だったのだが、何度もオーバーランを繰り返すなどのミスを連発し、運転手から車掌に降格人事となっていた。もちろんこれは川崎の責任であって会社としては当然の処置なのだが、川崎はそれを逆恨みしていたらしい。そして、そんな川崎に対していじめのようなことをしていたのが、先輩格の及川運転手であった。
ただ、いじめといってもこれは川崎の主観であり、傍から見れば及川が降格した川崎を慰めているとしか見えなかった。実際、面倒見のよかった及川が同僚であった川崎の降格を残念に思い、常日頃から気にかけていたというのが真相らしい。が、川崎はそう取らなかった。慰めることで自分をより惨めにしていると勘違いし、これまたほとんど逆恨みのような感情を抱くようになっていったのである。最初は小さい感情だったのだが、やがてそれも限界近くに達しようとしていた。
そんな中、川崎の行動が不審だと及川も社の方に相談していたようであり、社も川崎に対する面談等を行った。川崎はこれをパスしたが、及川が自分を売ったと内心では激しく怒り、同時に自分を追い込む社に対しても怒りの矛先を向けた。怒りは頂点に達し、ついには及川に対する殺意を抱くようになった。
大津駅から問題の廃ホテルを見ているうちに今回の計画を思いついた川崎は、数ヶ月以上をかけて綿密に計画を練った。京大理工学部出身の川崎にとって、市島ほど高性能ではないが簡単な爆弾の作成はお手の物である。標的誤認トリックはその際考えたもので、自分と関係なく、そしてなるべく多数の人間から恨まれている誘拐事件に巻き込まれてもおかしくない人間をリストアップした。そして、過去にセクトに所属していて爆発物関係者とつながりが深い石倉が、その生け贄に挙がったのである。
まさか一日でばれるとは……。それが、川崎が取調べの最初に漏らした一言であった。
「あー、緊張したぁ」
川崎が連行されて数時間後、瑞穂は京都府警のパトカーの後部座席でくたびれたように伸びをしていた。運転するのは三条警部補である。中村は取調べのために滋賀県警に残っていた。
「初めての探偵役の感想は?」
「先生、いつもこんな心臓に悪いことをしているんですねぇ。正直、もうやりたくありません」
瑞穂はぐったりした様子でシートにもたれかかる。
あの後、何か礼をしたいという中村たちに対し、瑞穂は、
「じゃあ、京都駅まで送ってください! 新幹線は動いているんですよね? 電車が動かなくって、これじゃ今日中に帰れない!」
というわけで、三条が京都駅まで送ることになったのである。
「しかし、榊原さん顔負けの名推理だったね。さすが、あの名探偵のお弟子さんだ」
三条が微笑みながら言う。が、瑞穂は罰の悪そうな顔をした。
「うーん、さすがにあれだし種明かししちゃおっかなぁ」
「あれ?」
「実はあの推理、私一人でやったわけじゃないんです」
瑞穂は種明かしをする。
それは、市島に言われてホームに上がる直前のこと。
『やぁ、そっちはどうだい?』
東京の榊原事務所の主で瑞穂の師である名探偵・榊原恵一が携帯電話の向こうから瑞穂に質問していた。瑞穂が何かヒントでも聞けないかと思って電話したのである。どうも、声の調子から察するに、瑞穂が大津にいることを知らないらしい。
「先生、大津で起きた事件ご存知ですか?」
『ああ、今テレビでやっているやつか。それがどうした?』
瑞穂は今まで聞いた事件の内容を説明する。
『ふーん、厄介ごとに巻き込まれたって感じだね』
「何かヒントはありますか?」
『そうだねぇ』
榊原はしばらく考えていたが、
『悪いが、私がそっちにいるわけじゃないから断定的なことは言えない。ただ、パッと聞いて気になった点が六つある』
「六つ?」
『今からその六つの疑問点だけ伝える。あとは現場にいる君がそれに沿って考えてみたまえ。私の予想では、それで充分真相に行き着けるはずだ』
「私に探偵役をやれってことですか!」
『他に誰がやるんだい?』
「……わかりましたよ。やってみます。こうなったらやけくそです」
『よし。まず、第一の疑問だが……』
「じゃあ、あの六つの疑問は榊原さんが提示したものだったのか」
「はい。私はそれに沿って考えただけです」
しかし、それでもその六つの疑問以外の推理は瑞穂がしたということではないか。
「いいえ、あの六つの疑問さえわかれば、警察の人でも充分検討すれば解けたと思います。私でも解けたくらいですから。正直、推理しているときは冷や汗ものでしたよ。本当にこれで当たっているのかなぁって。本当に、これは心臓に悪いですよ」
瑞穂はため息をつく。
「まぁ、こんな事はもう二度とないでしょうから、いい思い出になりました。やっぱり、私は先生の後ろにくっついているのが性に合っています」
そう言うと、瑞穂は疲れたのかそのまま寝てしまった。
「まぁ、確かに二度とないだろうな。女子高生探偵なんて漫画みたいな話」
三条は苦笑すると、京都駅へ向けてパトカーを急がせた。