1/9日目:佐々木詩菜
南百瀬魔法祭を一週間後に控え、南百瀬高校は大わらわだ。
魔法祭―――いや、南百瀬高校はアニメに出てくるような魔法学校ではなく、一般の公立高校だ。魔法祭という呼称は、今年の南百瀬高校文化祭のテーマが"魔法"だからだ。全クラスまたは参加希望のクラブは何かしら"魔法"にちなんだ出し物を企画してもらう。と、夏休み前に生徒会副会長―――つまり俺が全校集会で全生徒に宣布した。魔法祭は十月上旬、宣布したのは七月の下旬に差し掛かるあたりだったので、八月の長い夏休みを利用して練りに練ったと思われる企画書の山が生徒会室に届けられた。結果、非常に高いクオリティの企画の多くがそのまま実現する形となり、現在どのクラスも出し物の準備に追われている。
生徒会も例外ではなかった。各クラスから届けられるアニメショップへのコスプレ用衣装レンタル承認書の発行、飲食ブースの衛生安全講座の手配、予算の過剰および不足による計画の変更などの作業に追われていた。
そんな中、生徒会はとある企画を急ピッチで進行させていた。
企画担当者の生徒会長・青島貴明先輩はホワイトボードに書かれた文字をちらりと見て、演説を始めた。
「『南百瀬高校・象徴生徒選出』を、今年も執り行いたいと思います。今年のテーマは"魔法"なので、我が校の顔に足るだけでなく、テーマに沿った生徒を選び出し、今後のミナモモの発展を……」
「あーあー。型っ苦しい前置きはそこまで。……今年も、やってきたわね」
佐々木詩菜先輩は青島さんの演説を止めると、頭を抱えてあきれ果てた表情になった。
「去年のことは思い出したくないわ……」
げんなりした様子の詩菜さんを見て青島会長は「去年の先輩、素敵で最高でしたよ」と褒めた。
「あーうるさいうるさい。見てるそっちは面白いと思うけど、やらされた身になりなさいよ。あー穴があったら入りたかった……」
詩菜さんは両手で顔を隠して「あ゛ー」と唸っている。
「そんなに嫌だったんですか、佐々木先輩」
「嫌っていうか……。新藤くん、象徴生徒って響きはいいけど、これミスコンの言葉変えただけだからね。騙されないで、これは悪魔の企画よ。どっかの誰かが組織的に票を集めるだけでさらし者にされるかもしれないのよ。しかも文化祭の衣装を纏ったまま……。去年は大変だったわ、色々と」
どっ、と、詩菜さんの顔が曇る。
この原因は言うまでもなく象徴生徒選出、ホワイトボード曰く『魔法少女(少年)"ミナモモ"決定戦』―――南百瀬略してミナモモ―――のことだ。詩菜さんの言うとおり、ミスコンの別称だ。
ミス南百瀬を決める、この南百瀬高校のミスコンは創立した翌年から代々行われている伝統ある行事だ。年ごとに生徒会が決めた文化祭のテーマにぴったり合った生徒を見つけ出し、その年の『顔』にする。『顔』になった生徒は学校のホームページやパンフレットなどの対外的な媒体に載ることになっているのだが、乗る生徒のレベルが毎年とても高いことで有名だ。
ところで今年のテーマは魔法。
「じゃあ今年選ばれた生徒は、魔法使いの衣装を着た写真をいろんなところで使われるって訳ですね、先輩」
その媒体に載る写真は、ミスコンを取ったその日の写真と、通常の制服を着た写真の二つが使われることになる。ところで今回の文化祭のテーマは魔法。
「死ぬまでネタにされるわね……」
昨年グランプリに選ばれ、ナース服姿が永久保存された人の言葉は重かった。
この全く乗り気でない先輩、佐々木詩菜さんは三年生―――青島貴明先輩のひとつ上の学年の女子生徒で、先代の生徒会長だ。この南百瀬高校の生徒会は選挙時期と三年の受験の都合上、代々二年生が生徒会長に任命される。なので本来なら詩菜さんは生徒会メンバーではない。しかし、文化祭など三年生の声を届ける、又は運営のアドバイザーが必要となった場合は先代会長として運営メンバーに加わるのだ。他にも文化祭運営には数人ほど三年生が参加しているが、積極的に顔を出しているのは詩菜さんだけだ。
その理由はおそらく二つ。
うち一つは今、自分の口で説明している。
「今更ミスコン中止にしろだなんて言わないけど……。せめて受賞者が嫌な思いをしないように取り計らう必要があるわ。去年は私の知らないところで私の写真が出回ったりしたし、SNSの普及もあるからその辺気を付けないと。貴明、学校側はその辺何か言ってた?」
「できる限り写真の使用は最低限に抑える、って。あと撮影は事前に許可を貰ってから行うこと。注意事項をまとめた用紙を明日配るから、詳しくはそれを見て」
「お、さすが貴明。仕事が早いね。もしかしてもう出場者の了承も貰った?」
「うーん、だいたいは。でも何人か乗り気じゃない生徒がいるんだよね……」
「別に無理に出場してもらう必要は……あ、ひょっとして桜井美知とか倉谷良助とかの事前投票上位の人?」
「そう。男女の事前投票で一位だったその二人と、和久照佳、宮松宥―――女子の二位、三位の四人」
「……得票数凄かったんじゃないの?」
「うん。女子の上位三人と倉谷くんはかなり票が集まってた。特に倉谷先輩はぶっちぎりの票数だったよ。ここまで票が集まった四人を、文化祭期間中の最終選考に出場させなかったらどうなるか……。けど、四人共首を縦に振らなくて」
「会長権限で何とかしちゃえば? 私も去年、そうやって出場拒否ってる生徒とっ捕まえたし……って、貴明には難しいか。気配り上手な癖に押しが弱いんだから」
「詩菜先輩は強引すぎます。だいたい会長権限なんてすごい貧弱で無いも同然のもの、あれだけ派手に装飾するのは詐欺の領域です。傍で見てて唖然としたんですからね」
「凄かったでしょ、私」
「独裁者になるまいと肝に銘じました」
と、二人で延々とやり取りをする現・会長と元・会長。
詩菜さんが生徒会の会議に顔を出す一番の理由は、青島先輩がいるからだ。青島先輩と話している時と、俺など他の男子と話している時の表情がぜんぜん違う。
この二人が付き合っているか、実のところよくわからない。しかし一度、直接本人たちに関係を訊いてみたことがあるのだが、そのときの様子は、明らかに互いを意識したものだった。
ぼーっ、と、何でだろうなー、と考えていると、突然詩菜さんに名前を呼ばれた。イチャついているだけかと思って聞き流していたがしっかりと話を進めていたようだ。
「というわけだから、後は頼んだわ」
何が何だか聞き逃したまま、妙な役職を押し付けられたようだ。
◇◆◇◆
昼休み。俺は同じクラスの仁科信吾の勉強に付き合っていた。
文化祭の準備期間とはいえ、やはり学生の本分は勉強である。祭りに参加するにはそれなりに学業をきちんとしなければならないもので、成績の悪い生徒―――夏休みを怠けて過ごした一部生徒には、特別補習として文化祭直前まで毎週テストが行われる。この仁科信吾はその一人、いわゆる補習組だ。生徒会の活動で時間が削られていく中、まとまった時間である昼休みは基本的に信吾の勉強時間に充てられていた。
クラスメイトの綾野有美が俺に声をかけてきた。
「おーい新藤、立花さんが新藤に用があるってー」
教室の入り口を見ると、黒の三つ編みおさげの女子生徒がこちらの様子を窺っていた。あの腰まで届く三つ編みおさげは見紛えようがない、一年A組の立花蓬だ。このクラスは一年E組なので、教室三つ分隔てた場所にある。しかし、俺は立花に何か用のあることをした覚えはなかった。
「前会長の代理だって」
「代理?」
そういえば昨日の会議の最後に、詩菜さんが「さっき言った件だけど、あれ私より適任の子がいるから、その子を代理に立てとくわ」と言って去って行ったのを覚えている。
もしかしたらその代理が。
「……なんで立花……?」
どうにもピンとこなかった。
が、無視できない存在だ。仕方なく俺は信吾の勉強を見るのをやめて、立花を連れて廊下に出た。席を立つとき信吾が「お、告白か?」と冗談を言うが、詩菜さんの代理で来たなら生徒会の話だろう。教室の入り口であっさり終わる話じゃないな、と思った俺は少し歩いて校舎の外階段の踊り場に出た。
人気がないことを確認できたのか、立花は所在なさげに話しかけてきた。
「……えと、あの話は先輩から聞いたんだけど……私が代理ってこと、話し通ってる?」
相変わらず見た目通りの地味な喋り方だ。
まあ、今はそれはいい。代理ということも知っている。しかしあの話と聞かれても、話の内容を完全に聞き逃していた俺はピンとこなかった。青島会長といちゃつく前の話から文化祭、ミスコン関連の話だろうと目星はつくが。
「通ってるけど……話って何?」
「えっ、知らないの?」
「気が付いたらなんかやれって言われたけど、話聞いてなかったんだ。後で聞くにも連絡を取る時間がなくて……。何を頼まれたのか、実は何も知らないんだ」
「ええっ!」
何もそこまで驚かなくても。
えぇー、と言っていた立花だったが、すぐに気を取り直して説明を始めた。
「私たち、佐々木先輩からミスコンの出場者を説得するように頼まれたの」
「……説得?」
「文化祭のミスコンは当日の格好で人前に出されるっていうけど、それを嫌がって出場しない人もいて。けど、なんか出さないままっていうわけにもいかない事情があるみたいだから、説得役が必要だって。―――私はその手伝いっていうか、出場者と新藤君の仲介役」
と、立花は言った。
詩菜さんが『頼んだ』のは、自分の代わりに出場者の説得を頼む、ということらしかった。だが立花は俺の手伝い、仲介役ということは―――本人たちを説得する役は、俺だ。
念のために確認を取る。
「……ちょっと待って。てことは、俺が交渉役やれってことなの?」
「そういうこと」
……聞いてねーぞ、おい。いやその通りだけど。
昨日、俺が聞き流してしまった話の内容があらかた見えてきた。今さっき立花が言った通り、ミスコン出場を渋る人の参加交渉を行ってくれ、とあの時頼まれたのか。本来なら俺と詩菜さん、又は会長と詩菜さんの二人で交渉と説得を行う者が、何かしらの事情で立花に変わってもらった、て訳か。
だが、やはりいまいちピンとこなかった。
代役を頼まれた本人もそれは理解しているようだった。しかし詩菜さんが代役を頼んだ以上、それなりに理由があるには違いなかった。
「ミスコンの出場を断ってる人の説得するにあたって、都合いいみたいなの、私」
「立花が?」
「うん。出場者の名前を聞かされて、ああ、って思ったから」
立花はなぜか気難しそうな顔をして出場者の名前を言う。昨日の会議で聞いた名前と同じだ。
桜井美和、和久照佳、宮松宥、倉谷良助。
この四人は学年もクラスも別々だ。俺と立花も、この四人のうち一人と同じクラスメイトではない。詩菜さんや青島会長ならともかく、立花とその四人に何か接点があるとは思えなかった。
「桜井……美和ちゃんは、私の従姉妹。和久先輩は私と同じ小学校に通ってたことがあって、宮松先輩は部活の先輩で。三年の倉谷先輩は、えーとその、お姉ちゃんの、元彼で……」
「も、元彼!?」
「と言っても、私の姉が中三だった時で……。これ、あんまり人に言わないで……」
立花に姉がいたことを初めて知った。当時中三の姉、つまり二つ上の姉は、現在はここから遠く離れた大学に通っているという。だが俺は、あの倉谷良助先輩に彼女がいたことに驚いた。学校一のイケメンと目されながら、彼女の一人も作る気がない、とは男女問わず有名な話だ。女っ気がありながらも彼女を作らないためゲイ説まで流れていたと聞いたこともある。倉谷先輩が唯一(なのか?)作った彼女が、まさか立花の姉とは。
ここまで聞いて、立花が代理に選ばれた理由が理解できた。
「つまり、この四人と共通している人間が」
「……私、なの」
詩菜さんの考えは、つまりそういうことだろう。もっと言えば、立花と俺にも共通点がある。出身中学が同じで、一年と三年の時に同じクラスだった。現生徒会執行部とこの四人に中継点を設けるなら、立花蓬という人選は正しい。
そこからとある疑問が浮かび上がる。
「あの人、どこまで人間関係把握してるんだ……?」
立花蓬はただの手芸部員で、先輩はただの元・生徒会長のはず。しかし、この人選は的確すぎる。
ここまで把握しておいて、自分が出張らない理由があるのか。
これらの疑問は立花も思うところがあったようだ。
「そこは私にもわからない……。私と佐々木先輩の接点といったら、先輩と同じマンションに住んでて、ご近所づきあいがあったってぐらいだから。この話を聞かされたのも登校中だし。けど、先輩が出張らない理由は聞いたよ。こないだ受けた模試で志望校C判定だったって言ってたから、勉強時間を増やさなくちゃいけなくなったんじゃないかなあ」
最後は思ったほど現実的な理由だった。まぁ、確かに、夏休み期間もあれだけ生徒会の文化祭企画に付き合っていたら、ねぇ。よっぽど青島会長に会いたかったのか。
「……とりあえず、あの人の情報網考察は置いとこう。今は生徒会の仕事だ」
考え出すときりがないのでここで切る。俺がこれからやるべきことは、ミスコン出場者との出場交渉の段取りを決めることだ。押し付けられた役割とはいえ、副会長の立場から放棄するわけにはいかない。さて、まず最初に誰と交渉するか。
最初に候補に挙がったのが―――。
「立花、放課後、部室にお邪魔してもいい? 最初に宮松先輩から話をつけたい」
「う、うーん……。いい、けど……」
おや。
何だか歯切れが悪いような。
「どうした?」
「う、ううん、なんでもない。……部室に来るなら、部活の終わる時間帯でも大丈夫?」
「いいよ。長い話になるかもしれないし。できたら立花からも出場を断った理由を聞いててくれないか。俺が青島会長から聞いた理由と、立花に話した理由が違ってるかもしれないから」
「……わかった」
立花は困惑した顔で承諾した。この歯切れの悪さといい何かある気がするが、今無理に聞き出して段取りがオシャカになるのは勘弁だ。
五時限目の予鈴が鳴り、俺と立花は互いのアドレスを交換して別れた。足早に去っていく立花の姿を見送りながらふと思った。
あの三つ編み、やっぱ長ぇな、と。
読みにくい文章ですね。
読みやすい文章を書くには何が必要か探して改善したいので、どなたかアドバイスをください。