あれから、それから
「ごめん、待った?」
その息はいたって穏やかで、しかしこれから踊るかのごとく弾んでいた。
黒のキャミソールに白のブラウス、濃いめのベージュ色のベストの重ね着、デニムのショートパンツというコーディネートは、彼女――――立花蓬にとって気合の入れた服のひとつだ。市松人形のような童顔と黒髪は、この若者然とした服装は若干ズレているようにも感じるが、そこが魅力だ。
駅前のロータリー広場で待ち合わせの約束をしていた俺は、そんな彼女の様子を、主に後頭部を見やって案じた。また後ろ髪が跳ねている――――車内で寝てたなコイツ、と。
「俺も今来たとこ」
けど本当は二〇分前に到着していたんだ。――――蓬の「待った?」が聴きたくて、だなんてさすがに言えない。
「よかった」
にっこり、と、蓬はその人形のような顔を綻ばせた。あまりにも屈託なく笑うものだから新藤はつい吹き出してしまった。
「なに?」
「いいや、なんでもない」
蓬の笑顔はいつも癒されてしまう。ああ、幸せだ。と、しみじみ思う。
そんな幸せに浸りながら、俺は彼女の頭にそっと触れ、上から下へと髪を撫でた。蓬は抵抗せず、俺の手の動きに頭を委ねている。ほとんど触ったことがないが、絹のようにさらさらとしている。触り心地の良い髪だ。
少し時間はかかったが、蓬の跳ねた後髪はもとの形に整えられていった。
「はい、終わり。 ――――あんまり無防備にならないでくれよ。蓬はそういうの、ほんとに多いから」
蓬はうつむき加減に小さな声で、
「ありがとう。……慶二、怒ってる?」
と言った。新藤はふっと微笑み、蓬の小さな手を取り、引く。手汗をかいていないかちょっと心配した。
「怒ってないよ。ほら、行こうか」
蓬もまた微笑み返し、引いてくれる手をぎゅっと握り返した。力強さと温かさを感じた。
繋いだ手がほどけないように指と指を絡め、二人並んで歩きだした。最初の目的地に向かって歩き出した。
デートの始まりだ。