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キツネノヨメ×イリ  作者: eyebox
第二話 マジモノ
9/9

4 キツネ、 お邪魔する

「待ってろ。今お茶用意する」

 塔野を居間に通し、瑤子は鞄を置いて台所に引っ込んだ。

「いえ。それより、姫の部屋に入ってもいいですか」

「はいぃ⁉」

 がたあーん、と音を立てて水の入った片手鍋をひっくり返し、瑤子は居間の塔野を振り返った。どうしても、と言うので家にあげたが、まさか部屋にまで入れようとは考えていない。


 塔野はごくごく真面目な顔つきで言っていた。

 曇りのない真っ直ぐな瞳で見つめられると、言う通りにしてあげたくなってしまう。

「…なんでお前は眼鏡してないんだ…」

 眼鏡のフィルター(?)がないとなおさら、塔野の美少女顏が強調されて破壊力が増大する。お願いする時に外しているのは卑怯だった。


「や。もういいかなと」

「その厚い眼鏡は度が入っていないのか」

「入ってますよ?」

「…裸眼で見えてるのか?」

「はい。両目7.0あるんで」


 それはおかしくないだろうか。

 眼鏡をかける意味がない気がする。

 瑤子はしばらく絶句したのち、やっと疑問を口にした。

「…そんな視力が存在するのか?お前は本当に人間か⁈」

「四分の一は狐ですから。普段は見えすぎちゃって困るんです」

 そういえばそうだった。塔野は普通の人間ではないのだった。


「姫のお部屋は二階ですか?」

「入る気満々だな。いいって言ってないぞ」

「駄目なんですか…?」

 潤んだ瞳に悲しそうな表情。身長的に上目遣いではないのに、捨てられた仔犬に見つめられているような気持ちになって瑤子は揺らいだ。


(かわい…いや、落ち着くんだ。たとえ四分の一狐でも、私の眷属でも、いくら可愛くとも、同い年の男の子にかわりはないんだ。ここで素直にいれてしまっては駄目だろう!)

 見せられないものが置いてあるわけではないが、そう簡単に異性を自室に入れるわけにはいかない。理由がないのなら尚更。

「…目的を言え。なんの理由もなく部屋にあげることなんてできない」

 塔野は少し動物っぽく鼻をヒクヒクと動かして天井を見上げた。

「この家に入って、はっきりと分かりました。…匂うんです」

「匂う⁈」

(確かに頻繁に掃除しているわけではないけど。使う部屋しか掃除していないけど!だからって異臭が漂うまでになっていたとは…!)


「ですから、匂いの元を確かめようと」

 塔野が指差したのは二階だった。つまり、二階にあるのは。

「だっ、だめだ!それなら掃除して来るから!換気もファ●リーズもして来るから!」

「いえ、掃除してもあまり意味はないと思います」

(掃除しても意味がないほど、部屋に染み付いていると…⁈気づかなかった!しかも人にわかるくらいに!)


「このままにしておけば、姫の身体に影響を及ぼす恐れがあります。入らせてもらえないと言うのなら、術者を探すことから始めなければならないのですが…」

 部屋の異臭の話にしては奇妙な単語が出て来たので、瑤子は話の途中で口を挟んだ。

「待て。なんの話をしている」

「ですから、姫にかけられた呪いの話です」


 瑤子は溜息をついてへなへなと力が抜けたように床の上に座り込んだ。騙された…というか、何がどうなってそうなったのか全然分からない。塔野の言うことはいちいち要点を抜きすぎだった。

「だ、大丈夫ですか⁈どこか具合でも⁈」

 塔野はおろおろとしゃがみこんで瑤子の額に掌を当てて熱を計った。塔野の掌は元々冷たいようで、正しく計ることは出来ないだろうと瑤子は思った。


「…言えよ!そういうことは!ちゃんと言ったか?呪いの話だって」

「言ってませんでした?」

「言ってないよ」

 塔野は瑤子が立ち上がるのに手を貸し、心配そうに言った。

「…姫、やっぱり熱が…」

「ない。塔野の手が冷たいだけ」

「…いえ、あの」

 瑤子は立ち上がって廊下へ続くふすまを引いた。眉を下げている塔野を振りかえる。

「そういうことなら、ほら。来い、確かめるんだろ」


××


 呪い。

 恨みや憎しみを抱いている相手に、(わざわい)があるようにと神仏に祈る事。酷く怨むこと。


 違うショックで考えが及ばなかったが、瑤子も誰かに呪われたのは初めてだ(気づかなかっただけという可能性もあるにしろ)。

「呪いって、実際効くものなのか?ただのおまじないみたいなものだろ?」

 階段を上がりながら、瑤子は後ろを振り返らずに塔野に訊いた。

「姫がそれを言いますか。遊び半分のものであれば別ですが、相手を恨む強い気持ちがあり、正しい手順を 踏めば専門の術者でなくとも可能ですよ。…第一、もう効果が出ているじゃないですか」

「やっぱり専門の人がいるんだ…――――なにか言ったか?」

「いえ。何も」

(呪われている…それはつまり、私のことを心の底から恨んでいる人がいるということだよな…)

 たとえ自分の性格や行動によるものではないとしても。

 少しもへこまないと言えば嘘になる。

 けれど、この程度でへこたれるには瑤子はあまりに慣れすぎていた。


 階段を上りきり、右手の廊下を進んで瑤子の部屋に着く。この部屋に家族以外の他人を入れるのは初めてだった。広海ですら無い。


 ふすまを引く。

(あれ…?また、)

 くらりと三半規管が狂ったような感覚。視界がぶれて二重になる。

 後ろにひっくり返りそうになり、塔野に支えられた。

 瞬きして部屋を見ると、やはり違和感は消えている。


「大丈夫ですか?辛いなら、下で待っていては」

「…いい。塔野を一人で行かせたら、なにされるか分からないしな」

「信用無いですね…」

 瑤子は強がってそう言ったものの、吐き気が酷くて立っているのもやっとだった。体中に疲労を感じる。

(昨日まともに寝れなかったせいだ…同じ夢を繰り返し見て。―――――)


「――――め。姫。無理は良くありませんよ」

「…大丈夫だって。それで、塔野。なにをするんだ」

「とりあえず座って楽にしていてください。出来るだけ手早く終わらせますから」

「頼む…」


 塔野は瑤子をベッドに座らせ、室内を見渡した。

 南は白壁に窓。北に廊下につながるふすまがあり、西は隣の部屋に続くふすまがあるものの、ベッドで塞がれ、普段使われているようではない。東は押入れ。端の部屋だ。


 本の多い部屋だった。女の子らしいのは大きなくまのぬいぐるみくらいだったが、ストライプと落ち着いた色でまとめられ、上手く和洋折衷していて雰囲気はいい。

「姫。最近、ここ二三日に新しく部屋に置いたものはありますか?」

「ん…本は買ったけど。その辺にある」

 瑤子は畳の上におかれた本の山の一角を指差した。塔野は見てみたものの、特に変なものは見つからなかった。

 呪物(まじもの)は瑤子がそうとは知らずに部屋に入れたわけではないということだ。ならば、誰かが瑤子を呪うためにこの部屋に入った可能性がある。


 塔野はブレザーの内側から紺の万年筆を取り出した。

「地道に探してもいいんですけど、それだと時間がかかってしまうので、術を使わせてください」

 瑤子はこくりと肯いた。部屋にいるだけで体力を消耗し、返事をする元気もないようだった。

 塔野は右手で左の掌に万年筆を垂直に立てる。右手を離しても万年筆は直立したまま――――どころか、わずかに浮いて停止した。


「――――呪物(マジモノ)ウラみ。ケガれた存在(ソンザイ)しき(モノ)よ、いざ姿(スガタ)(アラワ)さん」


 塔野の黒瞳が金色に閃く。力を宿した黒髪がわずかに浮き上がり、輝いて。


スベては()(モト)(サラ)されるべし――――急急如律令いそぎさだめのようにせよ


 塔野が文言を唱え終えると、手の上の万年筆に光が集束した。光の棒となってくるくると回り始める。

 

「瑤子ー。帰っとるじゃろー?」

 その時、階下から瑤子を呼ぶ声がした。嗄れているものの、よく通る。瑤子の祖父だった。

「今日は卵の特売じゃなかったかの。はよ行かんと売り切れるぞい」

 ぎしぎしと階段を上ってくる足音がする。


 瑤子はぎょっとして思わず塔野をみたが、塔野は術に集中しているようで気が付いてさえおらず、瑤子はこの状況をどうすればいいのかわからずに動けずにいた。考え方の古い祖父のことだから、隠れて(と、祖父は思うだろう)瑤子が男の子を部屋に入れたのを知れば過剰に反応して激怒するかもしれない。祖父はノックもせずに開けるのだ。普段の瑤子なら勝手に開けるなと怒るところだが、今のこの状況、開けられてからでは遅い。それに怒るような元気もない。

 瑤子の祖父は毎日六時まで道場で小学生の相手をしているが、たまにぽっかりと休みがあるのだ。今日に限ってその日に当たってしまったらしかった。


(…もう、仕方がない―――――!)


 瑤子は焦って塔野の華奢な腕を引っ張った。


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