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キツネノヨメ×イリ  作者: eyebox
第二話 マジモノ
8/9

3 キツネ、熱を計る

「よーうこ。もうホームルーム終わったわよ」

「わああ⁉」

 不意に、後ろから肩を叩かれて瑤子は驚き悲鳴を上げた。

「どうしたの?珍しいじゃない、居眠りなんて」

 広海だった。呆れたような、心配しているような複雑な表情。

 帰り支度にざわめく生徒達は、もう半数近くが部活や委員会のために教室を出ているようだった。

「ね、寝てた?」

「重症ね、自覚がないなんて。私は今日部活だから、一緒に帰れないわよ」

「大丈夫だよ。ただの寝不足だから」

 それならいいけど、と広海は溜息を吐いた。

 広海が所属しているのは、宗教研究会という得体のしれない団体だった。

 規定では五人以上いないと部活動として成立しないはずなのに、部員は広海を含めて三人だけ。それなのに顧問付きだ。しかも顧問は社会科ではなく国語科の教師。以前、瑤子がなにをやっているのかと聞いた時は何故かタロットとキリスト教の関係についてとうとうと語られて閉口したものである。


「んじゃね。気をつけて帰んなさい」

「ん〜…」

 瑤子は眼をこすって立ち上がった。

 はっきりと眼を覚ました頃には、教室はすっかり空である。

「姫」

「わああああ⁈」

 誰もいないと思っていた時にすぐ後ろから声をかけられ、瑤子はまた悲鳴を上げた。振り返ると、やはり立っていたのは塔野だった。

「具合が悪いんですか?」

 眉根を寄せて、分かりやすく心配そうな顔をする。

 塔野は気配が全くなく、現れるのはいつも突然で瑤子を驚かせる。クラスメイトなのだから、ここにいるのは不自然ではないのだが。 


 また眠気がぶり返してきて、瑤子は目をこすった。それを見て塔野は腰を軽くかがめて瑤子に目線を合わせる。

「…ん。ただの寝不そ」

 塔野は不意に瑤子の前髪をかきあげ、こつんと額をくっつけた。

 それは躊躇なく行われた為に、避けるような余裕もなく。鼻に僅かに塔野の眼鏡があたる。


「…ちょっと熱いですね。風邪でしょうか」

 一気に眠気が飛んだ。

「とっ…塔野っ!」

「はい?今日は帰ったら早く寝てくださいね」

「寝るよ!寝るけれど!…いきなり…その」

「なんですか?」

 塔野はきょとんとして小首を傾げる。

 既に額は離れていたが、いつもより近い距離で話していることには変わりなく、瑤子は急に体温が上がってくるのを感じた。

 塔野は今の行為に対して何の不思議も感じていないようである。

(なんとも思っていないのか…?こっちばかり意識して、馬鹿みたいじゃないか…)

 絶対塔野は天然だ、と思いつつ、瑤子は一歩距離を置いた。こっちが意識するだけ無駄である。それならば、こちらから言うのはただ恥をかくだけだった。


「帰りましょう。送りますから」

「…いいよ。一人で帰れる」

「駄目ですよ?弱っている時というのは、霊に付け込まれやすいんですから」

 塔野は笑顔であるものの、半ば強引に瑤子の手をとった。

 ばくん、と心臓の音が不規則に大きくなる。先程赤面したばかりなのも手伝ってか、瑤子は塔野の行動に過剰に反応してしまう。

「ととととと塔野っ!」


「お取り込み中失礼」

 その時、神経質な鋭い声音が教室に響いた。

 教室の入り口に、厚ぼったい、胸まであるゆるい天然パーマの上級生が立っている。

 遠慮のない視線にさらされ、瑤子は真っ赤になって乱暴に塔野の手を振り払った。


(どこから見ていたのか…さっきのも見られてたらどうしよう?)


 上級生に見られていただなんて。知り合いに見られなかっただけ良かったか――――

 そこまで考えて、瑤子は思い直す。

(なにを焦っているんだ。…別にやましいことは何も、)


「まだ帰っていなくて良かったわ。宗田瑤子さん、貴方に用があるの」

 上級生の女子生徒が首に締めているのは、青いネクタイだった。つまり二年生。

 その無表情と天然パーマは、何処かで見覚えがある。

「えっと…?」

「…二年、在原(ありわら)英里(えり)。一応、生徒会執行部の副会長をやっているんだけどね」

 副会長、在原英里は氷のような視線で瑤子と塔野を眺めまわした。瑤子たちに恨みでも持っているような――――というのは言いすぎだが、少なくとも感じの好い視線ではなかった。

「…ふうん。そんな風に、男の子を誑かしてるわけ」

 誑かす。

 タブラカス。

 上手いことを言って相手をごまかすこと。欺く。騙す。惑わす。

 

 在原の使った言葉に、瑤子は少なからず衝撃を受けた。

 自分のことをよく思わない人がいることも、もちろん知ってはいたが――――


 それではまるで、悪女のようではないか!


「誑かしてなんかいません!何を見ていたんですかっ!」

 今のこの状況、瑤子の主観ではどちらかというと誑かされていた方だ。ずっと受け身だったし、第一塔野は瑤子のことを露ほども意識してはいないし。

「誘い受けとはなかなか高等テクニックを使うじゃない」

「何ですかそれは。そんなものは断じて使っていませんし、使えるほど経験はありません!」

「あら。使えたら使いたいのね」

「それはまあ…って何を言わすんですかっ!」

 瑤子は精神的に疲弊してぜいぜいと肩で息をした。

 在原はどことなく広海に感じが似ていた。話し方や―――――あげてもいない足を取ってくることとか。

「…こんなくだらない会話をしに来たわけではないの。さっさと本題に入らせてもらえるかしら」

 入らせてもらえるかしら、もなにも。

 始めたのは在原の方だ。

「…ご用件はなんですか。在原先輩」

「これ」

 在原は数枚のプリントを突き出した。見て理解しろ、ということなのだろう。

「〝宗田瑤子に関する陳情書″…?」

「そう。あなたに関する陳情書が、こーんなに。生徒会としても困っているのよ、一個人に対してここまで生徒の不満が集中するのは――――あまりないことだから」

 プリントの題は瑤子が読み上げた通り。三枚ほど、右上をホッチキスで留めてある。

 内容は、瑤子の追っかけが毎日うるさいだの、安眠の妨害だとか集団に行き会って自由に廊下を歩けなかっただとか、――――他愛のないといっては失礼だが、瑤子の苦労に比べれば可愛い内容だった。瑤子にというより、瑤子の追っかけに対しての不平不満。


「…―――――たかがこんなことで…こんなことで、陳情書が出せるんですか?それだったら私だって、何枚でも書いてやりますよ。あいつらに一番迷惑してるのは私なんですから!」


 陳情書というのは、生徒が日常の困りごとや生徒会にしてほしい要望などを書いたものだ。体育館の前に目安箱があり、それに入れると必要性、実現性があるものであればできる限り希望を叶えてもらえる。

 塔野は瑤子の肩越しに陳述書を覗き込んだ。

「…これ、全部宗田さんのせいじゃないじゃないですか。どうしてこんなことをわざわざ」

 名字にさん付けで呼ぶんだなあ、と瑤子は思った。まさか人前で姫呼ばわりすることはできないだろうから、当たり前である。

「あなた、一年ね。五組?名前は?」

「一年五組の塔野です。生徒会がこんなくだらないことにつきあうなんて、ちょっとおかしいんじゃないですか」

 塔野が珍しく積極的に話している。塔野がただおどおどして大人しいだけではないことは知っていたものの、学校で、生徒会の先輩に突っかかっていくなんて、と瑤子は少し意外だったのである。

「言ってくれるわね。これも生徒会の大事な仕事よ?宗田さんにいいとこ見せたいのも分かるけど、ちょっと黙っててくれない。私が話しているのは君じゃないの」

「宗田さんのことなら僕にも関係があります」

 取りつく島もなくぴしゃりと在原が答えると、塔野も負けじと言い返す。

 確かに関係があるかもしれないが、その言い方では誤解を招くのではと瑤子は内心ひやひやした。在原は最初から誤解していたのかもしれなかったが。


 瑤子は二人が何故険悪な雰囲気で話しているのか理解できなかったが、分からないからこそ口を挟めなかった。


「別に私たちだって、このすべてをまともに取りあってるわけではないわ。目立つ生徒が不満のはけ口になっているのは了解済み。あ、でも器物損害とかの訴えもあるからそこはこちらで適当な処置を取らせていただくけど、あなたに請求するつもりはないから。安心して」

 瑶子は言われた通り安心するとともに、かなり心苦しく思った。自分が直接の原因ではないとはいえ、知らない所で人様に迷惑をかけている。

「ここに来たのは、一応耳にいれておこうと思っただけ。何も知らないじゃ済まされないでしょう」

「…お手数かけます」

「本当にね。当事者になんとかして欲しいわ」

 在原は瑤子に気を使うつもりはないようだった。はっきりと面倒だと口にする。

「生徒会の人間として警告します。このままの状態で改善が見られないのであれば、生徒会も動かざるをえないでしょう。自分の周りのことくらい自分で処理しなさい」

 一応これが生徒会の仕事とはいえ、他人にまかせっきりにするのはよくないと思うわよ、と在原は言った。瑤子もファンクラブのようなものがあることは知っていたものの、これまで逃げてばかりで放っておいていた。確かに在原の言うとおりだったので、素直に頭が下がる。

「すいません。本当に」

「礼儀をわきまえている子は嫌いじゃないわ」

 在原は明らかに塔野を見て言っていた。塔野はそっぽを向いている。


「ただ、ね。おかしいじゃない?確かに」

 在原は無感情に目を細めた。


「調べてみたけど、あなたは積極的になにかをしているようでもない。…それなのにいつも注目されているわ。会長だってあなたにご執心よ。ねえ、何故?今話してみても、そこまでの魅力は感じなかったんだけど。何故あなたはそこまで、人を惹きつけるのかしら?」


 一体、在原はそれを聞いてどうしようと言うのだろう。微妙に失礼なことを言われたような気がするが、なんと答えればいいのか考える方が今は先だった。

 原因は瑤子の体質にあるのだったが、それを正直に打ち明けたとして在原は信じるだろうか。


「…それも"生徒会の仕事"ですか?」


 口を開いたのは塔野だった。在原は、一瞬驚いたように眼を瞬かせたものの、すぐに通常営業のポーカーフェイスに戻る。今度は黙れとは言わなかった。


「いいえ。私の個人的な興味。でも、近いうちに生徒会の人間として来ることになるかもしれない」

「では答える義理はありませんね。さようなら、在原先輩」

 塔野は最後ににっこりと微笑み、瑤子の手を掴んで在原の隣をすり抜けた。

 足早に廊下を進む。

「え?ちょっ…」

 引っ張られながら首だけで振り返ると、在原はじっと瑤子達を見つめていた。

 目が合うとそらされる。引き止めるそぶりはなかった。在原はもう興味は失せたとばかりに、素知らぬ顔で反対側に歩いて行く。

「い、いいのか?先輩を置いてきて」

「いいですよ。たかが年が一つ上なだけなんですから、何もかも言うことを聞く必要はないじゃないですか」

 "先輩"は塔野の中では尊敬に値しないらしい。窮地を救ってもらったのは単純にありがたいが、塔野の傲岸不遜な気質が見え隠れして瑤子はちょっと複雑な気分になった。

 瑤子を仕えるとか言っている割には、瑤子をいつでも助けてくれるわけではないことからも何となくそう感じる。

 とはいえ、瑤子もいつもいつでも手助けしてもらうのを望んでいるわけではないのだ。塔野の主人だと思って接したことはない。だから塔野の腰の低すぎない所は都合がよくもあった。塔野とは、なんというか、もっと――――

「塔野。もう手放して」

「え?あ、す、すみません!つい手を!」

 ぱっと手を放され、塔野はぺこぺこと何度も謝った。

 いや、やっぱり塔野は腰が低いかもしれない、と瑤子は思い直した。


××


 山道を下り、住宅街の舗装された道路を歩きながら、塔野は瑤子に質問した。


「寝不足って、どうしたんですか?夜遅くまで勉強でも?」

「いや…寝たは寝たんだけど。嫌な夢ばっかり見て…でも大したことないから。…だから、気にするな」

「夢…?どんな内容だったんですか」

「教えない。秘密」

「……」

 夢の内容をいうほどには、瑤子はまだ塔野に心を許してはいなかった。夢、と言うよりも、瑤子にとって大事な記憶だった。おいそれと人に話せるような内容ではないし、話したところで受け入れてもらえるかも分からない。


「…姫。今日、家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「は?」

 隣の塔野を振り仰ぐ。

「なんで」


 塔野はにっこりと微笑み、口を開かなかった。


新キャラが…!

出てきてしまいましたよ…!

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